京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2016年12月23日放送分

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遠い昔、遥か彼方の銀河系で…
 
1978年に日本公開された「スター・ウォーズ」第1作、エピソード4のちょい前、40年間、あのオープニングの文字情報だけで簡潔にまとめられていた物語。
ディズニーが関与するようになって2作目。いわゆるスピンオフとしては初めての作品となります。
 
エピソード4で、レイア姫R2-D2に託した帝国軍の兵器デス・スターの設計図。それがどうやって帝国軍から反乱軍の手に渡ったのかが明らかになります。主人公は一匹狼のヒロイン、ジン・アーソ。彼女が反乱軍の仲間とともにミッションに挑みます。
 
ジン・アーソを演じたのは、このコーナーで最近扱った『インフェルノ』のヒロイン、フェリシティ・ジョーンズ。監督は2014年ハリウッド版『GODZILLAゴジラ』のギャレス・エドワーズです。
 
109シネマズ大阪エキスポシティ。火曜日朝イチにもかかわらず、IMAX 3Dは結構盛況。ローグ・ワン専用のグッズ売り場もできていて、盛り上がりが感じられました。IMAXで観る価値大アリ! 特に広い絵面のショットは極力大きなスクリーンで。
 
それでは、いつものように3分間の短評、いってみよう。

僕は熱心な「スター・ウォーズ」ファンではないので、『ローグ・ワン』の公開は楽しみにはしていましたけど、自分から事前に情報を取りに行くようなことはしてなかったんですね。で、先週、「映画の女神様からのお告げ」が下った時に、初めて副題が「スター・ウォーズ・ストーリー」だってことに気づいたくらい。その時の僕の心の声を再現すると、「芸がないなぁ」でした。でもね、作品を観て「なるほど」と思ったのは、本当は“A Star Wars Story”なんです。この『ローグ・ワン』が直結するエピソード4の副題は、”A New Hope”。邦題は『新たなる希望』です。それに即して訳せば、『ローグ・ワン/新たなるスター・ウォーズの物語』となります。細かいところに着目して申し訳ないけど、タイトルって大事でね。このAが大事なの。
 
ふたつの意味があると思います。ひとつは、みんなが知ってるスター・ウォーズとは違う、あるいはその裏側の、スカイウォーカー家とはまた別の、もうひとつのスター・ウォーズですよという、スピンオフ1作目としての宣言。
 
ふたつ目は、定冠詞になる前の、まだ不定冠詞の、つまり、まだ知られていない、名前のない物語であるという意味。
 
それを踏まえ、僕は『ローグ・ワン』は基本的にバッチリだったと思います。主人公、ジン・アーソの幼い頃のいきなり劇的なエピソード。彼女のお父さんゲイレン・アーソがあのデス・スターの設計に噛んでいる科学者だったという開始数分でわかる設定。アーソ家の物語を軸に据えたところがもうスター・ウォーズらしいし、そっから異形の仲間が集っていってチームを作るのも「らしい」。ミッションそのものも建物の構造も『スター・ウォーズ』そのもの。
 
そこに、これまでのどのエピソードをも超えるような迫力の戦闘シーン(基本的にゲリラ戦争の映画ですから、今回は)とデス・スターの想像を絶する威力をまざまざと見せつける映像を実現した。かねてから批判されてきたアジア人キャストの不在も、座頭市を彷彿とさせる強烈なキャラクター、チアルートで一気に挽回しました。あと、比較的、善悪のはっきりしがちなスター・ウォーズ物語世界において、反乱軍の闇もある程度見せていたのは新鮮でした。
 
で、ですよ。観終わったら、エピソード4が観たくなるようにできてるし、まんまと観たら感慨が増すという。最強の兵器デス・スターの弱点がなんであんなに簡単にわかったんだっていうエピソード4の謎も解明される。どころか、その謎が解明したおかげで、また感動が増すという。ここまでできただけでも、もうそれだけでバッチリですよ。
 
確かに、多くの人が指摘するように、クライマックスまでの話運びが決して「うまくない」し、セリフと映像の関係もうまく機能していないところもあるでしょう。ジン・アーソを含め、キャラクターが弱いとか、反乱軍がひとつにまとまる動機が見えにくいとか、難点はあります。でもね、まだ1回観ただけだからってのもあるし、僕がマニアじゃないからってのもあると思います。普通に面白かったんですよ、これが。期待値とハードルが高すぎるシリーズゆえにツッコミが鋭くなりすぎる人がいるってだけの話で、基本的にハイレベルの映画作りなんで、酷評とかけなし系のレビューに触れて観に行かないという選択はアホらしい。
 
ジェダイはいません。地味な人たちです。最初っからストーリーの結末はわかってます。引き立て役の隠し味的ストーリーです。でも、彼らがいなければ、スター・ウォーズは始まらなかったと思える、いや、映画を観たら確信してしまう。スピンオフ第1作、十分に合格以上と評価していいと僕は思います。
 
日本では今軍事研究に政府が税金をじゃぶじゃぶ投入してますけど、関係者は『ローグ・ワン』を観てほしいね。ゲイレンの想いを知ってほしいね、なんてことは放送では言わなかったですけど。

バイオハザードI~V Blu-rayスーパーバリューパック 『バイオハザード:ザ・ファイナル』公開記念スペシャル・パッケージ

さ〜て、次回、12月30日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様から授かったお告げ」は、『バイオハザード:ザ・ファイナル』です。4DXチェリーボーイの僕なんですが、その初体験の模様もお話します。あなたも鑑賞したら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!

 

『海賊とよばれた男』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2016年12月16日放送分
『海賊とよばれた男』ひらパーのポスター広告的には『結局やらされた男』)短評のDJ's カット版です。
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出光興産の創業者、出光佐三をモデルにしたと言われる主人公国岡鐵造が、様々な困難を打ち破り、いかに会社を大きくしていったのか、故郷北九州門司で石油業に乗り出した1900年代から戦後までの変遷を辿りながら描く一代記です。
 
2013年に本屋大賞で第1位を獲得した百田尚樹の同名ベストセラー小説が原作で、監督は山崎貴、主演は岡田准一。今回はポスターや公式サイトで驚くほど百田尚樹の名前が小さくなっていますが、それはともかくとして、この座組、そう、『永遠の0』ですね。この番組でも僕がわりと酷評しまして、忘れもしない、一番賛否が分かれた、僕にとっては結構キツかった記憶がある作品と同じ顔合わせ。そこに、今回は山崎貴作品常連の吉岡秀隆染谷将太綾瀬はるか堤真一などなど、日本を代表するキャストがスクリーンを彩っています。
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それでは、なんだかんだ言っても『結局短評する男』マチャオはどう観たのか。『海賊とよばれた男』いつものように3分間の短評、いってみよう。

世界を動かすエネルギーが石炭から石油へと変わるのを見越した若き国岡鐵造。門司の小さな燃料販売店だった国岡商店の舵取りをしていた彼は、その後、店の規模を大きくしていくにあたって、持ち前の知恵と勇気を振り絞り、いつも既得権益に立ち向かっていきます。時に同業者間の紳士協定を破り、時に大胆な営業戦略と商品開発を実行し、時に産業スパイを活用し、時に国際紛争の間隙を縫っていく。
 
正直なところ、僕はもっと「日本人のココがスゴい」みたいな匂いがプンプンする作品かなと予想していたんですが、蓋を開けてみると、そうではなくて、国岡という男は、社員を守る大家族主義的な経営で、国家というよりも、消費者の利益が自分たちの利益に繋がり、それはやがて社会や世界を利することにもなるだろうという理念を持った自由主義経済を良しとする企業家でした。経営の出発点に取ったある手法を周囲からやっかまれて「海賊」と呼ばれた男ですから、彼は基本的に博打を打つようなワンマンカリスマ経営者なので、その都度、次はどうやってこの苦境を脱するんだろうという興味が湧いてきて、戦争映画と比べて地味なドラマながら、脚本の構成を練ることで王道の大河ドラマ的な展開になっていたと思います。これだけでも、十分に観る価値はあるんでしょうが、物足りなさを覚えたのも実は事実。
 
理由は、大きくふたつ。
 
ひとつは、映像的なリアリティの問題。今回は山崎貴監督の強みであるVFXをあくまで限定的にしか使わずにセットやロケを中心に撮影しているんですが、それぞれの時代の匂いとか息遣いが伝わってこなかったんです。限定的だからこそなのか、少し浮いて見えたVFXと同じように、国岡達のドラマがその背景の市井の人々とつながっているようにはあまり見えませんでした。これは細部の積み重ねだと思うんですけど、たとえば衣装や屋内のセットがキレイすぎるんです。わかりやすいところで言うと、社員が戦争から帰ってくるところがありますけど、戻る方も迎える方も、2・3日前に新調してきましたみたいな服装なんですよね。だから、再現ドラマ感が出ちゃう。こういう例はあちこちに見受けられました。結果として、そこに確かに人が生きているという感覚が漂白されていたように思います。
 
もうひとつは、視点が単一である問題。ひとりの革命的な企業家が時代の荒波をくぐり抜けた感動は伝わるんですけど、あまりにも視点が国岡側に寄りすぎていて、たとえば国内外の石油会社の目論見がわからないので、國村隼演じるライバルとのやり取りも、互いにいい演技してるのに、どうにも奥行きが乏しくてあっさりしちゃってます。GHQの場合は、相手方が国岡をどう観ていたのかわかって良かったんですけどね。
 
あと、ひとつ補足すると、マッチョなこの物語で唯一出てきた女性、国岡の妻、ゆき。国岡はなんでゆきに対してあの時アクションを起こさなかったのか描写しないのは、後半の展開を考えるともったいない。あそこはもう一歩感情に踏み込んでほしかった。そうじゃないと、ゆきはキツすぎます。
 
大きくふたつ弱点を指摘しましたが、特に原作を読んでない人、この物語を知らない人は、素朴に好奇心が満たされるはずです。何を隠そう、僕も胸が熱くなる場面がありました。ラストの切なさ、成功したはずなのに虚しさも漂う着地も良かったと思います。
 
僕にとっては『永遠の0』や『STAND BY MEドラえもん』よりも、よっぽど見応えのある作品となりました。

さ〜て、次回、12月23日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様から授かったお告げ」は、『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』です。ちなみに、23日のCiao! MUSICAは祝日編成で3時間の短縮バージョンとなるため、映画短評は14時に開始します。あなたも鑑賞したら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!
 

『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2016年12月9日放送分

『マダム・フローレンス!夢見るふたり』短評のDJ's カット版です。

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ニューヨークに実在した驚くほど音痴なソプラノ歌手、フローレンス・フォスター・ジェンキンス。彼女がいかにして殿堂カーネギー・ホールでコンサートを実現するに至ったのか、音楽への情熱と夫や伴奏者の手厚いサポートを通して描き出す。
 
同じくフローレンスを題材にして昨年日本でも公開されたフランス映画『偉大なるマルグリット』とは違うアプローチで彼女を映画化した監督は、『クィーン』のスティーブン・フリアーズ。フローレンス役は、本当は歌がずば抜けて上手いのに音痴を演じきったメリル・ストリープ。夫のシンクレアをヒュー・グラント。伴奏ピアニストのコズメをサイモン・ヘルバークが担当しています。
 
それでは、いつものように3分間の短評、いってみよう。

これ、映画化の仕方、つまり、脚本や演出の持っていき方によって、たとえばフローレンスがただの困った金持ちに見えたり、芸術の評価も結局のところは金で何とかなってしまうという権威主義批判になるモチーフなんです。そして、実際のところ、さっき言った『偉大なるマルグリット』ではそうなってます。ところが、今回はですね、ちょっと大げさに言いますけど、「無償の愛と情熱の尊さを描いた、ゲラゲラ笑えて、胸が熱くなる物語」ってな打ち出し方になってるし、そう解釈している人も多いと思います。その事実を踏まえて、絶妙なバランス感覚で描いたある意味したたかな映画だと僕は思っています。

偉大なるマルグリット(字幕版)

フリアーズ監督のしたかったことは、夫や伴奏者のように彼女を持ち上げることでも、ニューヨーク・ポストのあの評論家のように彼女の歌唱力を糾弾することでもなく、音痴なのに今でもレコードが売れてしまう、彼女の多義的な魅力を多義的なまま見せるということだと僕は思います。レビューに目を通してみると、この作品が結局彼女をどう描きたいのかわからないという意見もあります。彼女は自分が音痴であることを本当に自覚していなかったのか否か。元俳優の夫の献身的な振る舞いは本物か打算か。などなど。彼女を理解する上で本質的だろう問いに決着をつけていないじゃないかと。似たような理由で食い足りなさを覚えた人もリスナーにいるかもしれません。でも、僕に言わせれば、それこそ落とし所だったんですよ。
 
歌が下手だとあざ笑うコメディーでもないわけです。だって、次第に分かってくる彼女の音楽界への貢献、少女時代からの音楽との関わり方の移り変わりを目の当たりにすると、どうしたって素朴には笑えないですから。
 
無償の愛に支えられた美しき夫婦愛というわけでもないです。あのふたりには、野心と打算と夢と諦めと情熱と割り切りと、やはり愛もあったでしょう、単純ではない心のレイヤーを共有したり隠したり、複雑な関係です。
 
そして、開始10分も経たないくらいだったと思いますが、不意に明かされるフローレンスのある事情。ある苦しみ。
 
世の中には予告を観るだけでもうだいたい分かってしまう、下手をすると、予告のほうが面白い映画ってのがありますけど、この映画は予告からは想像がつかなかった複雑な事情があったんだと引き込まれるんです。みんなそれぞれに「そりゃダメでしょ」っていう事をする一方で、愛おしくなるようなまっすぐさが眩しく見えることもあって、憎めない。
 
登場人物のあるひとつの性格をデフォルメしてわかりやすくキャラ付けするのではなしに、いくつものキャラをメインの登場人物にきっちり入れ込むことによって、フローレンスという人間の意味付け、その着地を逃げてるんじゃなくて、解釈の余地を周到に残しているんです。
 
白も黒もグレーも、人間の強さも弱さも優しさも愚かさも、清濁併せ呑んで迎えるあのラストシーンも、直接的でないからこそロマンティック。綺麗に割り切れない人間ってやつの深みに少しタッチできたような気がするんですよね。そして、フローレンスの歌が当時実は人気を博した理由が、きっと面白半分だけじゃないんだってわかる。それこそこの映画の方針であり、十分に達成していると思います。
 
☆☆☆
 
メリル・ストリープの歌声は、確かに外していて音痴なんだけど、不快に感じる瞬間はほとんど無くて、その意味で実在のフローレンスを体現できていると言えるんじゃないでしょうか。サントラを買うかどうかと言われると、それはまた別の話ですけどね。

さ〜て、次回、12月16日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様から授かったお告げ」は、『海賊とよばれた男』です。百田尚樹原作、山崎貴監督・脚本、岡田准一主演。おっと、この座組はそのまんま『永遠の0』ですね。あの時は厳しい評となりましたが、果たして今作はいかに!? できる限り予断を排してスクリーンと向き合うことにします。あなたも鑑賞したら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!

『疾風ロンド』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2016年12月2日放送分

『疾風ロンド』短評のDJ's カット版です。

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大学の研究所から盗み出された違法な生物兵器K-55。犯人は研究員で、国民を危険に晒したくなければ3億円を用意しろという要求を所長にするものの、あえなく交通事故死。K-55の存在を世間に知られたくない所長は、研究主任の栗林に秘密裏の回収を指示するのだが、犯人がK-55を隠したのは、日本最大級のスキー場だった。

白銀ジャック (実業之日本社文庫) 雪煙チェイス (実業之日本社文庫)

スキー場を舞台にした東野圭吾のシリーズ2作目を単発の作品としてコミカルに映画化。監督・脚本は、あまちゃんサラリーマンNEOの演出で知られる吉田照幸。栗林研究主任を阿部寛、パトロール隊員には関ジャニ∞大倉忠義スノーボードの選手で捜索に協力する女性を大島優子。他に、ムロツヨシ柄本明生瀬勝久など個性派俳優が参加しています。
 
それでは、いつものように3分間の短評、いってみよう。

最近、似たような設定の映画をこのコーナーで扱いましたね。生物兵器がどこかに隠される。犯人は映画の冒頭で死亡する。主人公は降って湧いた災難に巻き込まれる形で必死に兵器を捜索する。そう、『インフェルノ』です。そういう骨格は似ているけれど、アプローチはまったく違う。『インフェルノ』が、シリアスなムードで緊迫感を持って演出していたのに対して(人類がどっさり死んじゃうっていうんだから当たり前ですけど)、この作品はコミカル時々人情噺。『インフェルノ』が予算をふんだんに使って世界遺産ロケを敢行する観光映画で、ラングドン教授が切れ者だったのに対し、こちらは場所はほぼ野沢温泉です。ほぼ動きません。そして、主人公栗林はもともとしがないという枕詞を付けたくなるような中間管理職の研究者だから、推理も何もなくて行き当たりばったりの素人探偵。こういう違いを踏まえて、吉田監督がテレビで培った演出術をベースに脚本も手がけて笑いを取りにいったということはわかるんです。コメディーに思いっきり振るっていうこと自体は、僕も悪くないと思うんです。

インフェルノ(上) (角川文庫)

ただですね、今回ばかりは吉田さんの手腕がうまく機能しているとはとても言えないんです。まず原作からの改変で恐らく最も大きなものは主人公をすげ替えたということですね。原作ではパトロール隊員の大倉忠義スノーボーダー大島優子のバディーものシリーズであって、東野圭吾作品によく登場する「うだつの上がらない男、栗林」が主役ではない。ところが今回は単発での映画化だから、思い切って、目指すコメディー要素の強い栗林を格上げして、あくまで彼を軸にお話を再構成した。これも、実は悪くないと思うんです。
 
僕が問題として指摘しておきたいのは、「だったら、それに合わせて、全体をもっと剪定しなきゃ」ってこと。今振り返ると、K-55の騒動を幹にして、色んな話が同時進行するんですね。栗林と息子、シングルファーザーと反抗期の息子のぎくしゃく。スキー場地元中学校のインフルエンザに端を発する噂と娘を亡くしたヒュッテのおかみさん。パトロール隊員とボーダー、オリンピックという夢と恋の行方。もうね、要素が多すぎる! 要素が多いと映像だけで説明しきれなくなって、登場人物はみんな思ってることを全部言葉にして説明してしまう。つまり、映画的な喜びが大きく減退してしまう。
 
もう、みんな、とりあえず炭疽菌をちゃんと探して! この辺りのエピソードを整理してスリム化しておかないから、話が脱線ばかりしてしまう。ちゃんとゲレンデにいて! お話のシュプールをきれいに描いて!
 
お話がツギハギでシーン同士がスムーズに有機的につながって見えないのは、もうひとつ演出的な理由があります。それは、笑いです。吉田監督の得意分野なんだけど、作りがコントなんですよね。シーンごとに笑いを構成しているから、通してみると、テレビみたくコント集みたいになっちゃう。せっかくこれだけの役者を呼んできてるのに、そこはもったいない。キャスティングもね、もちろん悪くないんだけど、あえて言うと、阿部寛ムロツヨシを筆頭に、みんなそれっぽいことをスクリーンでする。はまり役すぎると突き抜けないんだなってことを再確認する結果となりました。
 
もう、ひとつひとつのエピソードのほころびは言うまい。なんで偽造パスポートなんだよ! とか、これは『インフェルノ』もそうだったけど、犯人の動機づけが弱くないか? とか、言うまい。
 
とまあ、なんだかんだ厳しく分析してしまいましたが、観終わった後にはしっかりスキーがしたくなってスキー板をスマホで調べて選び始めるぐらいにはテンションが上がったことは付け加えておきます。
 
☆☆☆
 
あの中学生の行動はギョッとしてしまいました。思っただけでもダメだろって僕は審判を下してしまいましたよ。

疾風ロンド (実業之日本社文庫)

栗林は確かにうだつが上がらないけど、いい父親なんじゃないでしょうか。ていうか、人情噺を作るために原作から改変してシングルファーザーってことにしないで。お母さんを殺さないで!


さ〜て、次回、12月9日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様から授かったお告げ」は、『マダム・フローレンス! 夢みるふたり』です。あなたも鑑賞したら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!

『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2016年11月25日放送分

『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』短評のDJ's カット版です。

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あの「ハリー・ポッター」シリーズのおよそ70年前、ロンドンではなく、1920年代のニューヨークを舞台にした新シリーズ。ハリポタからファンタビへ。時代は遡り、物語も子ども向けというより大人向けになりました。そして、初めて原作が未発売のまま映画が公開されるという流れ、なおかつJ・K・ローリングが脚本にもがっつり参加しています。

幻の動物とその生息地(静山社ペガサス文庫) (ハリー・ポッター) ハリー・ポッターと賢者の石 (吹替版)

90年代にハリー・ポッターが使うことになるホグワーツ魔法魔術学校の教科書『幻の動物とその生息地』を編纂した魔法動物学者ニュート・スキャマンダーの冒険譚。この第一作を皮切りにした5部作になることが発表されています。監督はハリポタシリーズでもおなじみのデヴィッド・イェーツ。主役は、オスカー俳優エディ・レッドメイン
 
アメリカではもちろん公開初週から首位。日本でも上位に食い込むでしょう。一昨日の公開初日、初回を109シネマズ大阪エキスポシティIMAX3Dで鑑賞してきました。妙ちきりんな魔法動物がたくさん出てきますから、3D効果もプラスアルファとして楽しめましたよ。

ポケモンGOを思い出さずにはいられない魔法動物の数々。1920年代のニューヨークという舞台設定の妙。そして、役者たちの名演技。以上の3点を根拠に、僕はこのファンタビ1作目を高めに評価しています。正直なところ、期待を越えてきました。

 

まず、魔法動物たちの魅力。ポケモンGOしかり、ドラクエしかり、ジブリしかり、成功しているファンタジーに登場する生き物たちの共通点って、バランスがうまいってことだと思うんです。地球上にいそうでいない。「なんじゃこりゃ。見たことない」ではダメなんですよ。魔法使いたちも、魔法が使える以外はほとんど人間と一緒じゃないですか。動物たちも、奇想天外な能力が備わってるけど、それ以外は、「あ、こんなのいるかも〜」だけど、実際にはいないというバランスになってる。世界中の妖怪、もののけの類、そして実在する動植物のリサーチを徹底的にしたからこそ生まれる「ファンタジックなリアリティ」が上出来。

 

たとえば、最初にニュートのトランクから脱走するニフラー。あの、モグラとカモノハシを足して2で割ったみたいなやつ。手に負えないいたずらっ子だけど、かわいいじゃないですか。「そのちっぽけなお腹は4次元ポケットか!」ってくらいにお金やら光り物やら集めていく様子なんて思わず笑っちゃう。「こいつ、そんな虫を食べるんかい〜!」っていう意外性のあるビーストもいましたね。あの害虫をスローモーションでスクリーンにわざわざ映し出すっていうバカっぽさ、笑うわ〜。こうした愛着が観客ごとに湧いて、それぞれの推しキャラが生まれてくるという理想的な展開ですね。

 

これまでのハリポタと大きく違うのは、現実世界と魔法世界をはっきり分けるんではなくて、魔法動物も動物も魔法使いも普通の人間(ヨーロッパではマグル、アメリカではノーマジと呼ばれている)も、交錯してしまうというんです。表と裏でなく、表裏一体なんです。そこで、1920年代のニューヨークという設定が効いてくる。第一次大戦が終わって好景気。自由の女神がそびえる港には、世界のあちこちから移民がやって来る。今回のノーマジの重要な人物コワルスキーもそうですね。今につながる消費主義社会の幕開け。良くも悪くもです。アメリカンドリームと言えば聞こえはいいけれど、格差も生まれる。人種が入り混じって、極端なレイシズムファシズムが出てくる。禁酒法のような大衆の締め付けが闇社会を肥やした。
 
優れたファンタジーは、必ず現実のメタファーとして機能します。ファンタビが大人向けだと言われるのは、登場人物が大人だからってことじゃなくて、人間の現代史と魔法使いの物語をミックスさせることで、よりこのメタファー、置き換えがはっきりしているから、読み解きがいがあるからだと思います。
 
最後に、役者陣の演技。エディ・レッドメインのニュートははまり役ですね。20年代のファッションが似合うし、知性はずば抜けてるけど、うっかり屋さん。特にあの姿勢ね。傾いてるでしょ。伏し目がち。自信がないんだよね。コミュニケーションが下手。オタクっぽい。この性格はむしろ現代的なんですよ。ただ、僕がもっと気に入ったのは、コワルスキーです。コメディアンのダン・フォグラー、間違いなく出世作でしょう。基本的にどんくさい太っちょ。コメディ要素を彼が一手に引き受けていて、しかも、ラストなんてこの上なくチャーミング。苦くて甘い。彼だけがノンマジ、普通の人でしょ? 彼のリアクションがうまくないと、物語が締まらないんですよ。ダン・フォグラーは、その点、最高でした。
 
ハリポタ弱者でも入りやすく、この作品単体でも一応完結させ、なおかつ次作以降へのフリもしっかり入れる。こんな難解な方程式をよく解いたよ。さすがはJ.K.ローリング。
 
ただ、なんじゃそりゃ~っていうツッコミどころ、ほころびもあるっちゃある。まず、「ニュート、とにかくお前のせいだかんな〜!」ってくらいに、スキャマンダーのうっかり具合にも程がある。もうトランクから目を話すな! ブレンドしてる分、現実と魔法世界の区別が、わりとわかりにくい。クライマックスのあいつの不気味な姿がアメコミっぽい既視感。魔法世界の死刑システムが謎。この辺は、変に今っぽくて浮いちゃってる。そして、これが一番!
 
物語的に都合の良すぎる魔法がある。僕はね、人間の記憶をなかったことにする忘れ薬的なオブリビエイトはまだいいと思ってるんだけど、レパロっていう壊れたものを建物から車から何でも直す魔法については、何回か劇場でつぶやきましたね。「それがありだったらさ〜」。あと、どこまで直るのかよくわかんないんだよ。
 
でも、とにかく、早くも次作が楽しみなシリーズの始まり。トランプが大統領になり、世界各地で排他主義が幅を利かせる中、異なる者同士が共存する社会のメタファーとしてファンタビが展開されるのか、それともそんなのは理想だとハリポタ同様にダークな方向に流れていくのか、いずれにしても今から楽しみです。

さ〜て、次回、12月2日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様から授かったお告げ」は、『疾風ロンド』です。最近、邦画コメディーであまりちゃんと笑えてないんだけど、大丈夫か? スベっているのはゲレンデだけにしてくれと願いつつ、あなたも鑑賞したら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!

『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2016年11月18日放送分
『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK』短評のDJ's カット版です。

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作家リー・チャイルドが1997年からスタートさせた原作シリーズ。かつてアメリカ陸軍の憲兵隊(軍の警察です)捜査官だったが、今は軍を離れて一匹狼の流れ者となっている男、ジャック・リーチャーを主人公に、これまで19年間で21冊出版されてロングヒット。『ミッション・インポッシブル』という人気シリーズと並行して進める新シリーズとして、トム・クルーズが製作も務め、2012年に邦題『アウトロー』が映画化。今作はその2本目です。

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今回のリーチャーは、陸軍内部調査部という、自分の古巣の女性少佐ターナーが、見に覚えのない罪を着せられて逮捕されたことを知ります。彼女を救い出して真相を探ろうとするものの、リーチャーが過去に関係を持った女性が産んだという15歳の娘が加わり、3人は疑似家族状態で軍の闇を暴くために追いつ追われつ…
 
主演はもちろんトム・クルーズ、54歳。そして、監督・脚本は前回のクリストファー・マッカリーから、『ラスト・サムライ』のエドワード・ズウィックへと交代しています。
 
今週も109シネマズ大阪エキスポシティのIMAX次世代レーザーで鑑賞してきました。このシリーズは、とにかくトム・クルーズを鑑賞するためのものでもあるので、より大画面でトムの飾らない魅力、そして今作であれば全力疾走をIMAXで堪能ください。
 
それでは、いつものように3分間の短評、いってみよう。

観に行ったその日に802で何人かのスタッフから感想を聞かれたんです。「結構楽しめたよ。僕は『アウトロー』がかなり好きだったんで、満足満足。1本目との関係はほぼないし、今回はより一般受けする作りにしてるんじゃないかな」みたいなことを言ったんですね。ただ、そこから記憶をたどって、気になったことをメモして頭の中を整理していくと、あのフレッシュな状態での感想、トム・クルーズ堪能仕立てホヤホヤの僕の感想が、評価のピークでしたね。今となっては、製作の間違いと言わざるをえない点がそこそこ引っかかってくるということが判明いたしましたので、今日はその思考の流れも含めてご報告です。
 
アウトロー』の時は、トム・クルーズが「ミッション・インポッシブル」のイーサン・ハントとまったく違うアプローチで、同じく超人ではあるんだけど、年齢を重ねたスターならではの簡単に言えば渋みを強みとするようなシリーズにしたいんだなっていう方向性が極めてはっきりしてました。マッカリー監督は『ミッション・インポッシブル ローグ・ネーション』も手がけているがゆえに、違いはもう鮮明で、ジャック・リーチャーの場合は70年代アクション映画風の、もっと言うと様式としては西部劇風の、古式ゆかしい演出を蘇らせていました。ただ、それはつまりまったくもって2010年代の映画的流行とは相容れなかったがために、興行的にはそこまで奮わなかったですけど、「俺達はこれがやりたいんだよ。俺達はこれがかっこいいと思ってんだよ」っていうのが伝わってきたから、その気概も込みで好きな作品でした。

ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション [DVD] ラスト サムライ (字幕版)

それだけに、今回はマッカリーからエドワード・ズウィックへの交代が心配だったし、その心配通り、2作目にして路線変更しすぎだよな、となってます。
 
予告にも出てるオープニングは最高でした。テキサスのしけたダイナー。表には男たちがバタバタ倒れてる。そこに警察到着。リーチャーは逮捕されかけるんだけど、「90秒後にそこの電話が鳴る。そしてお前は逮捕される」っていう逆転劇が起こる。かっけー!!! よ、待ってました。
 
おかえリーチャー!!
 
となるんですが… そこから、リーチャーは今回のヒロイン、電話でしか話したことのないターナー少佐に会いにワシントンまでヒッチハイクでのこのこ出かけていくんですね。しかも、あろうことか、「恋」してるムードなんですよ。この違和感!
 
リーチャーは女にあっさり恋するタイプじゃないんですよ。お前はどの面下げてノコノコ会いに行ってんだ! そもそも、リーチャーは携帯電話を持たないから、何度も公衆電話から誘い文句のラブコール。前作からの彼らしい時代遅れ感と良いテンポ感にごまかされてたけど、リーチャーは一匹狼で女にすりよったりしないの!
 
しかも、行ってみたら、そのターナーが逮捕されたと。おかしいなってことで独自に調査を始めようとしたら、向こうの弁護士から「リーチャー、あんた、娘がいるぞ」みたいなことになって、隠し子疑惑にちょいとうろたえるっていう。うわ、ますますリーチャーっぽくない。

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アウトロー』の時のロザムンド・パイクみたいな(↑)、ヒロインと付かず離れずじゃなくて、今回はずっと一緒。しかも、小娘までひっついてくる。さらに、これ大事な要素ですよ。推理と捜査に基づく解決じゃなくて、何から何まで「たまたま、偶然」ばかり。
 
あれだけ嫌っていたスマホをあっさり手にしてしまっている。カット割りのせいか編集のせいか、何度かアクションシーンで「今何が起こったの?」ってな具合によくわからないことがある。敵もリーチャーも何度か迂闊すぎるミスをするのが解せない。
 
しかも、絵作りとか編集の演出アプローチもかなり変わっちゃった結果、この「ネバーゴーバック」は2000年代の普通の映画になってるんです。ネットカフェで検索したら組織から逆探知されたとか、ジェームズ・ボーンか! クライマックスのハロウィンパレードって、あれは「007 スペクター」のオープニングか! このシリーズにそんなの求めてないから。何を他のシリーズに似せに行ってるんだと。
 
インタビューを読んでたら、エドワード・ズウィックはリーチャーの意外性を出してみたかったみたいなこと言っていて、意図はわかるけど、それって、シリーズ5作目くらいですることじゃないんですかね? 確かに原作もそうなってるんだろうけど、原作シリーズでは、これが18冊目だから、映画の2本目としてこれを選ぶこと自体が、僕はどうだったのかなと思います。そして、さっきも言ったように、脚本にいくらなんでもアラがありすぎでした。最後の一騎打ちなんて、もはやただの場外乱闘にしか見えないですよ、あれじゃ。アメリカでも日本でも結構評判悪いです。
 
だが、しかし、僕は嫌いではない。むしろ、かばいたくもある。このシリーズ、30年にわたってハリウッドの第一線を走り続けている彼自身超人と言える男トム・クルーズのしわもむくみもむき出しの魅力を味わえるのが最大の魅力だと思うんです。それは達成してますから。
 
もちろん、いいところもあるし、普通の映画になってるけど、まあ、普通におもしろいです。なんなら、ツッコミながら見てください。60代のトムが演じるイーサン・ハントより、ジャック・リーチャーが見たいんです、僕は。僕はマッカリーで3作目が観たいんだ! シリーズを続けさせてくれ〜
 
☆追記☆
 
で、マッカリーは何をやってんだよと思って調べてみたら、宇宙戦艦ヤマトの実写版を作ってました。いいよ、ヤマトは。リーチャーの演出に次回はカムバック、いや、ゴーバックしてほしいところです。

さ〜て、次回、11月25日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「またまた新しい映画の女神あおいさんから授かったお告げ」は、『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』です。「ハリー・ポッター」に正直なところ疎い僕でもついていけるのか!? 23日(水)公開なので気をつけてくださいね。鑑賞したら、あなたも #ciao802を付けてのTweetをよろしく!
 

『ボクの妻と結婚してください。』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2016年11月11日放送分
『ボクの妻と結婚してください。』短評のDJ's カット版です。

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引きのあるタイトルで話題となった放送作家樋口卓治の同名小説が原作。ウッチャンナンチャン内村光良主演で舞台化、テレビドラマ化されていた物語を、今回は織田裕二を主演に迎えて映画化。監督は、関西テレビの社員にして2011年の『阪急電車 片道15分の奇跡』で初メガホンを取った三宅喜重

ボクの妻と結婚してください。 (講談社文庫) ボクの妻と結婚してください。DVD-BOX

末期のガンで余命半年と宣告されたバラエティー番組の放送作家、三村修治。世の中のできごと・現象を「楽しい」に変えてきた自分の職業経験を活かし、やがて残されることになる家族を想った結果、自分の代わりに愛する妻と息子を支えてくれる新しい夫・父を選ぶことはできないかと動き始めるのだが…
 
修治の妻を吉田羊、修治が見込んだ男を原田泰造が演じています。
 
109シネマズ大阪エキスポシティで月曜日の夜に観てきましたよ。清潔感のある劇場、スクリーンで気持ち良く鑑賞。若いカップルが多かった印象ですが、とにかく泣きっぱなしの人もいました。すすり泣きが漏れ聞こえる中、僕がどんな風に映画を観たのか、それでは、いつものように3分間の短評、いってみよう。

小説、芝居、テレビドラマとかえすがえす語られているわけなので当然ながら魅力があるわけだし、物語そのものを僕がとやかく言うつもりはないんですが、結論から言えば、少なくとも1本の映画としては僕は感心しなかったので、今回はその理由を脚本と演出に絞って説明しますね。
 
文庫で288ページあるし、ドラマでもNHKで6回やってるんで、エピソードには事欠かないはずですね。オリジナル要素を入れるというよりは削っているんでしょう。尺は114分。今思い返してみても、ストーリーは脇道にそれたりすることなく進むんです。無駄はないはずなのに、僕にはとても長く感じられました。事前に読んでいた粗筋から想像できることしか起こらないからです。
 
スタートはこんなシーンでした。スイカの表面、緑の皮と白い部分が大工道具のカンナでみるみる削られて、赤い玉に様変わりしたスイカに女の子が「夢のようだ」とカブリつく。これ、修治の考えたおもしろ企画がバラエティー番組でオンエアされているのを妻と息子が家のテレビで見てるってことなんですけど、こういう放送作家ならではの発想の転換とかウィット、ユーモアをもっと見たかったんですよ、僕は。だって、最大の思いつきはタイトルで言っちゃってるし、未来の夫探しの方法も、まあ想定の範囲内だから、こちらの興味を引っ張っていってくれないんです。
 
特に前半はコメディータッチなんだけど、「タッチ」であるだけで、脚本上のヒネリ、つまりできる放送作家ならではのエピソードがひとつもなくて、むしろ、いい人、いや、人懐っこい人ってことが強調されてるんですね。その弊害として、彼がむしろ、ちょっとどん臭い人にすら見えてしまってるんです。ミス、多すぎませんか、一世一代の企画で。キャリア20年の凄みが見えてこないのは残念でした。
 
あと、エピソードの選択という意味で納得のいかなかったのは、恐らくは夫婦の絆を描きたかったからだろう、若き日のとある苦境ですね。極貧生活を経験していたようなんだけど、息子の年齢から逆算すると、10年経ってないんですよ。どうやって今のハイクオリティーな生活に至ったんですかね? あの後、一切示されないから、すごい気になりました。それ入れるんだったら、きっと面白いに違いない夫婦の苦労話を、ハイライト形式でもいいから見せて欲しかったなあ。
 
生活の話になりましたけど、修治が劇中で結婚生活のすばらしさを説くところがあります。結婚は理想じゃない。生活という現実なんだ、みたいな。ここから演出の問題点ですけど、修治の考えの真逆になってる気がするんです。はっきり言って、生活が描けてません。モデルルームみたいなマンション。ものないなぁ。家具少ないなあ。どう見ても作りものなんです。
 
夫婦が大げんかをする場面を思い出してください。あんなことになってるのに、息子はどこにいるんですか? 寝てても起きるでしょ? 僕なら、絶対に息子が自分の部屋で怯えながら布団にくるまるか、ドアに耳を当てているカットを挟みますけどね。
 
要は、リアリティを出そうという意図がないんです。修治もなんか痩せないし、やつれないし。これは寓話だからファンタジックに描いているって擁護することもできないと思うんです。それならそれで、もっと驚く映像的仕掛けを入れるでしょ。ないです。
 
むしろ、すべてを絵で説明してます。これは脚本演出双方の問題ですが、1から10を通り越して、15くらいまで全部口で喋る。そこに書いてあることすら、読み上げる。だから、映像が言葉に支配されちゃってるんですよ。ラジオドラマじゃないんだから。
 
そして、絵づくりもコメディー演出も、セットもロケ地選びも、そこはかとなくトレンディドラマとまではいかないけど、一昔前のドラマ風なんですよ。そういう意味ではファンタジックではありましたけどね。
 
その結果として、そもそもの夫婦愛のあり方そのものが、はっきり言って、今時どうなんだっていう、何だか古めかしいものにも見えてしまっているのが失点だと思います。
 
終盤でいかにも美談な脚本上のどんでん返しがあるんだけど、あれも「やさしい嘘」というより、「見ていてやるせなくなる嘘」でした。あれじゃ、どこまで行っても修治のひとりよがりに周りが付き合わされてるという解釈だって成り立っちゃうんですよ。
 
命は重いテーマですよね。笑いでくるむなら、『ライフ・イズ・ビューティフル』という傑作があるので勉強してほしいなあ。あと、リアリティー演出だと、日本にも『愛妻物語』とか、スゴいのがあります。

ライフ・イズ・ビューティフル(字幕版) 愛妻物語 [DVD]

かなり辛い評論になりましたが、ぜひご覧いただいて、真偽の程をあなたも確かめてください。同じ純愛テーマで『湯を沸かすほどの熱い愛』と見比べるのもいいでしょう。109シネマズへ観に行こう!
 
☆追記☆
 
これは僕の好みの問題ですけど、大声で誰かを呼び止めて振り返らせて大事なセリフを言う、みたいな演出が昔から見てられないんです。これまで主に日本のドラマで何度繰り返されてきたことか。今回だとビルを出てきた原田泰造織田裕二が呼び止めますね。そこでまさかのセリフでした。
 
「僕は死にます!!!」
 
いやいやいや、武田鉄矢じゃないんだから。しかも、そんなとんでもないことをオフィスビルで言ってる割には、後ろの方に映ってるエキストラの視線をこちらに向けることもしないんだよなぁ…
 
とまあ、とにかく今回は本当にキツめの評でした。ラジオでは話しませんでしたが、今年の春、身内に似たようなことが実はありまして、もちろんこういうのって千差万別だってことはわかるんだけど、とにかくこの映画みたいに甘いもんじゃないだろってまず感じたのが率直なところ。「これって美談じゃないですか?」っていう見せ方が辛かったです。

さ〜て、次回、11月18日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「新しい映画の女神メイミさんから授かったお告げ」は、『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK』です。4DXにするか、IMAXにするか、マジ迷い中。鑑賞したら、あなたも #ciao802を付けてのTweetをよろしく!