どうも、僕です。野村雅夫です。ここ20年ほど、日本で公開されているイタリア映画は、主にゴールデンウィークのイタリア映画祭でまずお披露目され、その中のいくつかが劇場公開、そしてソフト化という流れがありました。ただし、数年経って廃盤になったDVDは入手しづらくなったり、そもそも公開から漏れている作品もあったりというのが実情でした。
Netflixなどの動画配信サービスは、そうしたイタリア映画をめぐる状況をこれから変えていくことになるやもしれない。オリジナル・コンテンツもありますしね。ま、これは別にイタリア映画に限ったことではないわけですが、とにかくそう思っています。
そこで今回は、5年前のイタリア映画祭で上映され、今のところはNetflixで独占的に観ることができる映画『ようこそ、大統領!』について、クルーラーこと有北雅彦くんが文章をしたためてくれました。どうぞ!
いきなりだけど、イタリアにこんなバルゼッレッタ(笑い話)がある。
ピエリーノがお父さんに聞いた。
「パパ、政治って何?」
「よし、例を挙げて説明してやろう。お金を稼いでいるパパは資本家というものだ。お金を管理しているお母さんは政府だな。メイドさんは労働者。やがて社会人になるお前は国民だ。生まれたばかりのお前の妹は国の将来だ。わかったかい?」
その日の夜中、妹が泣き出した。ピエリーノはお母さんを起こしに行ったが目が覚めない。そこでメイドの部屋に行くと、お父さんがメイドとベッドインしていた。ピエリーノは言った。
「政治というものがよくわかったよ。国の将来が困ってるというのに政府はバカみたいに寝てる。資本家と労働者は義務を果たさないで遊んでいて、国民が助けを求めても誰も相手にしてくれない。だからイタリアはこんなにメチャクチャなんだ」
こんなふうに、しばしばイタリアの政治は笑い話のネタになる。イタリア映画『ようこそ、大統領!』(Benvenuto Presidente!)は、そんなイタリアの政界を舞台にしたコメディー映画。2014年のイタリア映画祭で日本で公開され、現在はNetflix (ネットフリックス)で観ることができる。監督は『これが私の人生設計』などでも有名なリッカルド・ミラーニだ。
ピエモンテ州のとある田舎の村で図書館職員として働く中年男、ジュゼッペ・ガリバルディ(愛称ペッピーノ)。各政党の政治的駆け引きで大統領の選出が困難を極める中、運命のいたずらで彼が大統領に選出されてしまう。法令や様式にも疎く、いかにもな田舎の陽気なオッサンである彼だけど、持ち前の誠実さと人柄で、さまざまな政治的課題に取り組んでいく。
多数の政党が入り乱れる現実やマフィアの暗躍といった、イタリアの政治における問題点を提示しつつ、彼が活躍するさまが痛快だ。裏社会の刺客にもひるむことなく、ブラジル大統領や中国の首席などとも個人的な人間関係を築いて、壊滅的な債務処理問題を次々と成功させていく。人と向き合って深く関わるからこそ、問題を解決できるというメッセージにはとても共感できる。
日本ではいま、「凪のお暇」が人気。空気読んでばかりで思うように振る舞えないOL大島凪が、空気を読みすぎたストレスが爆発し、仕事も恋もすべての人間関係を断ち切って人生をリスタートさせる……というストーリーだ。第22回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞など受賞、黒木華主演で現在、ドラマ化もし絶好調のようだ。
「凪のお暇」では、ヒロインの凪と、その元カレ・慎二、このふたりの視点をメインに物語が進行する。現在進行形の状況に加えて、過去にふたりがつきあっていた時、ひとつの物事に関して二人がどうとらえたか、どう感じていたか、というのがとても緻密に描かれる。恋愛ドラマにすれ違いは必須の要素だけど、この物語では特に、「空気読みすぎ」「他人と深く関われずに表面的なつきあいをしてしまう」という現代の病が、徹底的にふたりを遠ざけてしまう展開になっている。「ごめんね」「誤解なんだ」の一言を言えれば、あの物語は次回にでも完結するんじゃないかな。
現代は常にSNSに監視されてる。他者の視点、他者の評価をダイレクトに感じられる環境が整ってるんだね。その弊害で、空気を読みすぎる、道を外れるのを怖がる、といった病が特に若い世代に蔓延してると感じる。
その空気は、『ようこそ、大統領!』で描かれる、多数の政党の思惑と裏社会が入り乱れ、閉塞感が蔓延するイタリアの政治に通じるところがある気がする。ペッピーノは人と真っ正面から向き合うことでその状況を打開した。その心のあり方は、日本の社会でも今、必要とされてるような気がするね。
そういえば、かつて女性スキャンダルに事欠かないイタリアの元首相、シルヴィオ・ベルルスコーニについて、こんなニュースが報じられたことがあった。
【美人議員をナンパして妻にキレられ、全国紙に謝罪文を発表】
「世界で最も美しい閣僚」とも評されたマーラ・カルファーニャ(写真)を「わたしが未婚なら、すぐにでもきみと結婚する」などと口説き続けていたことに、夫人の堪忍袋の緒が切れ、夫人への公開謝罪文を発表する騒ぎになった。バルゼッレッタを超えた醜聞を提供してくれるところが、さすがベルルスコーニだ。
親愛なるヴェロニカへ。許して欲しい。こうやってみんなの前で謝っていることが、きみへの愛の証だ。仕事、政治、様々な問題、出張…プレッシャーの毎日だった。クレイジーな日々だったんだ。きみにもわかるだろう。きみの尊厳は、そのこととは一切関係がない。私の口が軽はずみなジョークをまくしたてる間にも、私はきみの尊厳を第一に考えている。でもこれだけは信じてほしい。プロポーズはけっしてしていないということを。シルヴィオより。
ここまでスケールのでかい「ごめんね」になると、話が終わるどころかふくらみすぎて大変だ。彼にはもうちょっと空気を読んでもらいたいね。
文:有北雅彦