京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 2月11日放送分

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ニューヨーク郊外の林の中にゴシック様式の屋敷を構えるミステリー作家、ハーラン・スロンビー。世界的な成功を収め、莫大な資産を形成してきた彼は、85歳の誕生日を一族みんなに祝ってもらった翌朝、寝室で遺体となって発見されます。喉がナイフで切り裂かれていたのですが、そこは密室。家族やハーラン専属の看護師など、前夜邸宅にいた全員が、どこか怪しい。1週間後、警察と一緒に現れたのは、名探偵のブノワ・ブラン。彼は匿名の人物から捜査依頼を受けたという。誰が、どんな目的で…

スター・ウォーズ/最後のジェダイ (字幕版) LOOPER/ルーパー (字幕版)

 監督は『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』『LOOPER/ルーパー』のライアン・ジョンソン。脚本も自分で担当したこの物語は、完全オリジナルです。探偵のブノワ・ブランを演じるのは、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』の公開を4月10日に控えるダニエル・クレイグ。作家ハーラン役のクリストファー・プラマーや、『キャプテン・アメリカ』のクリス・エヴァンス、『ブレードランナー 2049』のアナ・デ・アルマス、ジェイミー・リー・カーティスマイケル・シャノンなど、一癖も二癖もある個性豊かな顔ぶれがキャストに揃いました。

 
昨日発表されたアカデミー賞では、脚本賞にノミネートしていましたが、獲得はならずでした。
 
僕は先週木曜夜にTOHOシネマズ梅田で観てきましたよ。それでは、今週の映画短評いってみよう!

スター・ウォーズ/最後のジェダイ』では、総スカンを食らってしまった感のあるライアン・ジョンソンですが、彼は長編デビュー作『BRICK ブリック』がそうだったように、ミステリー好きで、なおかつ脚本も一から好きにさせたほうが良いタイプなんですよ。その意味で、今作は製作も自分で手掛けたオリジナル作品ということで、まぁイキイキとしています。こういうのを待っていました。
 
なんですか、この館はアカデミー賞の授賞式でも開かれるんですかっていうくらいに豪華なキャストが揃っているにも関わらず、この映画は無闇に派手な見せ場・ハイライトを作らない、大人が落ち着いて楽しめるエンターテイメントです。印象として抽象的な言葉を使えば、品が良いんです。久しぶりにミステリーらしいミステリーだなと思います。それもそのはずで、監督は大胆にも「アガサ・クリスティ推理小説を思わせるようなミステリーを撮ってみたい」と表明しているわけですよ。言うのは簡単だけど、ポアロミス・マープルみたいなキャラクターを生み出すのがどれほど大変か。他にも、ホームズ、金田一耕助、この人は刑事だけどコロンボに匹敵するような探偵に… 少なくともなっているような気がする魅力を放っているのが、このブノワ・ブランです。これだけですごいです。

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Motion Picture Artwork © 2019 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved. Photo Credit: Claire Folger

スーツやコートをビシッと着こなして、冷静沈着、ダンディーではあるけれど、南部の訛りがあって、ユーモアを忘れない。だいたい最初のくだり、ピアノの横に陣取って、容疑者の家族たちの供述の合間に不意にピアノを鳴らすとか、コインをことあるごとにトスするところとか、なんなんですかっていうケレン味もしっかり。だけど、ちょいと抜けてるところもあるっていう魅力はただごとではありません。この事件の構造をドーナツにたとえるなど、表現力も独自のものがあるんですけど、彼自身については語られないことも多くて、謎めいているのもまた良し。そこにダニエル・クレイグを抜擢したのがまた慧眼です。どうしたってボンドのシャープな肉体派のイメージがあるんで、意外性があるんですよ。それは、アナ・デ・アルマスにしても、クリス・エヴァンスについても言えますね。
 
と言いつつ、これはその紳士探偵ブノワ・ブラン大活躍の映画ではないんです。存在感はばっちりなのに、控えめ。そこが全体の品の良さを下支えしています。

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Motion Picture Artwork © 2019 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved. Photo Credit: Claire Folger

では、なぜそこまで惹きつけられるのか。『パラサイト 半地下の家族』に賞は譲りましたが、アカデミー脚本賞にノミネートってのも納得なシナリオがやはりすごい。始まってからしばらく、わりと早い段階で事件当夜のあらましが明らかになるので、てっきり、コロンボ古畑任三郎型の倒叙ミステリーかと思うんですが、叙述トリックの要素もバッチリあるっていうあわせ技、ブノワがドーナツだとユーモラスな表現をした人間関係と関係者の供述のあり方が最後まで明らかにならないお話の構造が練られまくっていました。トリックそのものは度肝を抜かれるようなものではないんだけど、語りが複雑で楽しめるんですよ。彼らって、嘘はついてないけど、本当のことも言わないんですよね。それは、輪の中心人物である、死んだハーランの作家的やり口でもあるわけです。このあたり、国会の予算委員会でやられると腹が立つんだけど、スクリーンの中での謎解きなら面白いんです。

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Motion Picture Artwork © 2019 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved. Photo Credit: Claire Folger

無数のナイフを背もたれに配置した風変わりな椅子から、食器や衣装のひとつひとつにいたるまで、振り返れば細かく配慮された道具類は、すべてこの語りを強固にすることに貢献しています。ブノワが言うところのお粗末なカーチェイスはあっても、見せ場のためのアクションシーンもありません。伏せられていた出来事と隠されていた本音が段階的に明るみに出てくる様子を、じっくり楽しむんです。アメリカ人が移民をどう捉えているのか、そして家族でもリベラルと保守で分断されている様子など、このご時世だからこそっていう背景も描くことで、レトロな探偵ものながら、十分にアクチュアル。トータルに隙きのあまりない良作でした。
 
もう、僕はブノワ大好き。好評につき続編も決まったことですし、クレイグもいよいよMI6を引退したら、あとは探偵稼業に勤しんでほしいと願っています。
 途中で何度かありものの挿入歌も流れてくるんです。何とは言いませんが、わりと聞けばすぐわかるもの。それらもサッと入れて、バシッと切り替えちゃうので、曲に頼ってなくて、好感が持てます。好感が持てると言えば、黒人警部補の助手的立ち位置のワグナー巡査が僕は好きでしたよ。ミステリー好きで、ミーハーなんだけど、それも話を脱線させるほどではなく、押し付けがましくない。そんな中、しっかり流れる曲が、てっきりRadioheadのKnives Outかと思ったら、違ってこの曲でした。これがまた雰囲気にぴったりで、シーンをやさしく包んでいましたよ。


さ〜て、次回、2020年2月18日(火)に扱う作品は、スタジオの映画神社でおみくじを引いた結果、『グッドライアー 偽りのゲーム』となりました。今週は嘘はつかないが、みなまで言わずに逃れおおせようとする人たちの話でしたが、来週は稀代の詐欺師が登場ってわけですね。ヘレン・ミレンイアン・マッケランの共演。演技合戦は相当な火花を散らせそうです。鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

小説『靴ひも』レビュー

イタリアの小説で日本語訳が出たものは、その存在を知りうる限り、理解の及ぶ限り、漏らさず読みたい。ずっとそう思って本屋パトロールはしつつも、なかなか読書にあてる時間が確保しきれず、書斎デスク脇の積ん読タワーはうず高くなるばかり。ただ、僕の誕生日に合わせるような日取りで出版されたとなると、プライオリティがグンと上がるというもの。しかも、ミステリー仕立ての家族もの。好物だ。矢も盾もたまらず、リュックに入れてどこへ行くにも持ち歩き、かなり早いペースで「結び」にたどり着いたのが、『靴ひも』だ。ニューヨーク・タイムズが選ぶベストブック2017で注目の本とされ、30カ国以上での翻訳が決まっている作品だ。

Lacci  靴ひも (新潮クレスト・ブックス)

構成はかなり変わっている。一応、現代に軸をおいて、ある4人家族の物語が紡がれるのだが、大きく3つのパートに別れていて、それぞれに時代、性別、空間、何より語り手も文体も違うのだ。

 

たとえば、最初は1974年の妻。彼女は、女を作ってナポリの自宅を出てローマに行ったきりの夫に宛てて、立て続けに手紙を送っている。ふたりの子どもはどうするのか。感情はかなり波打ち、言葉も要求も目まぐるしく変化する。僕たち読者は、家族の変化を妻の言葉からしか知ることはできない。夫からの返事(たとえあったとして)を読むことはかなわないのだ。ただただ一方通行の書簡文学としてこのパートは成立する。

 

続いては、2014年の夫。場所はローマの自宅で、前のパートの騒動から40年を経て、ふたりの関係がどうなっているのか、ここは感情的な妻の言葉とは違い、インテリ老年男性の努めて知的かつ冷静な文体で、妻になじられた過去の弁明を交え、現在の状況が描写される。70代になった夫婦ふたりが、ささやかなバカンスから戻ると、どういうわけか家が荒らされていて、飼い猫が忽然と姿を消している。誰の仕業なのか。目的は何なのか。その謎が読者の好奇心を喚起しながら、語り手は娘へとバトンタッチする。

 

こちらも2014年なのだが、40代半ばになった彼女のパートは、兄との会話を交えながら、たった数時間のできごとを時系列に進めていく。およそ半世紀にわたる家族の話が、最後にはわずかな時間でダイナミックに大きく弧を描くのだ。謎は明かされ、ドスンと来る結末が用意されているのだが、作家の角田光代が本書に寄せた短い文章にあるように、「読み手を絶望させない。人生というものを、嫌悪させない」絶妙なバランスの余韻をもたらす。 

靴ひも (新潮クレスト・ブックス)

靴ひも (新潮クレスト・ブックス)

 

先述したように、どのパートも語り手が違うので、センテンスの長さも語彙も違う。原文をチェックしたわけではないが、関口英子さんの訳はさすがにこなれているのが、すごい。読み進むにつれてわかってくるのは、この家族全員と夫が関係をもった女性がそれぞれのパートで言及されること。章によって(この本では章ではなく第一の書、第二の書と、あたかも独立した書物であるかのように扱われるのも興味深い)一人称が異なるが故に、彼ら/彼女らの生き方や価値観がどんどん立体的に浮かび上がってくるのが印象的だ。

 

タイトルの「靴ひも」は、大方の予想通り、家族の関係性の比喩として機能する。結んでは緩み、気を抜くとほどける。下手をすれば、切れることもあるだろう。ほどけたら、また結ぶのか。もうやめだと別の靴に履き替えるのか。そして、僕たちの「読むという行為」が、それぞれの「書」を結わえていく。

 

ところが、比喩でも何でもなく、靴ひもがダイレクトに大事な役割を果たす場面が不意にやって来る。一風変わった癖のある靴ひもの結び方をする息子。それを彼に教えたのは誰か。意外なところから、物語はさらに一歩深いところへと進んでいくのだ。人間関係の緒(いとぐち)がそんなところに、という作劇のうまさには舌を巻いた。

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それにしても、作者のドメニコ・スタルノーネというカナ表記は、これまで見かけなかったなと思ったら、やはりこれが初邦訳。1943年にナポリ近郊で生まれ、高校教師を経てから、新聞記者として、主に左派系の紙面に文章を寄せた後、作家に転じた。映画業界にも積極的に関わっていて、原案や脚本でクレジットされている作品は、優に20本を越える。中にはイタリア映画祭で日本でも上映されたものもある。アレッサンドロ・ダラートリ監督の『マリオの生きる道』(La febbre、2005年)がそうだ。

La Febbre by Valeria Solarino

なるほど、本書も言葉に重きを置いた文学らしい文学だと言えなくもないが、他方、空間を強く意識させる描写が多く、登場人物が発するセリフとそのトーンが肝になるという意味では、映画的、あるいは演劇的とも言えるかもしれない。いずれにしても、これだけの筆力だ。他の作品の訳が待たれる。たとえば、「教壇から」(Ex cattedra e altre storie di scuola、2006年)なんてどうだろうか。この本については、京都ドーナッツクラブの元メンバーで、翻訳家として活躍している二宮大輔がかつて僕らのフェイスブックに寄せた文章で言及されているので、最後にそのリンクを貼っておく。興味のある方は参照されたい。 

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『リチャード・ジュエル』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 2月4日放送分
映画『リチャード・ジュエル』短評のDJ'sカット版です。

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1996年、オリンピック開催中のアトランタ。音楽イベントの行われていた公園で、警備員のリチャード・ジュエルは不審なリュックサックを発見します。警察へ連絡をし、中身を確認してもらうと、それは時限パイプ爆弾でした。やがて爆発するのですが、訓練通りに事前に行動したジュエルのおかげもあり、被害は最小限にとどまったことで、彼は一夜にしてメディアから英雄視されます。ところが、FBIは第一発見者であるジュエルを容疑者として捜査を開始。メディアも手のひらを返しだしたため、彼はあれよあれよという間に度重なる人格攻撃を受けます。助けを求められた弁護士のワトソンとジュエルの母ボビは、息子の無実を訴えるのですが…

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© 2019 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
御年89歳の巨匠クリント・イーストウッドが実際のアトランタ爆破テロ事件を基にメガホンを取ったこの作品。脚本は、『ハンガー・ゲーム』や『ジェミニマン』のビリー・レイ。共同製作には、監督のほか、レオナルド・ディカプリオの名前もあります。主演は『アイ, トーニャ 史上最大のスキャンダル』のポール・ウォルター・ハウザー、母親のボビは今作でアカデミー賞助演女優賞にノミネートしている『ミザリー』のキャシー・ベイツ。弁護士のワトソンは『スリー・ビルボード』のサム・ロックウェルがそれぞれ演じています。
 
僕は先週木曜日にTOHOシネマズ梅田へ観に行ってきました。話題作が次々と公開される中で、1月17日公開の本作は上映回数がもう既に少なくなってきていましたが、平日昼間にも関わらず、結構入っている印象でした。それでは、今週の映画短評いってみよう!

80代に入ってからのイーストウッドは、特にここ5本ほど、実話ベースの映画ばかりです。前作『運び屋』もそうでしたよね。さらに、主人公の勇気ある行動が当初は讃えられ、やがて一転して疑惑の眼差しで見られるというのは『ハドソン川の奇跡』もそうでした。
 
SNSによって誰もが小さなメディアと化している一方で、互いが互いを監視し合うような格好になっているとも言われる昨今だけに、以前にも増してアクチュアルなテーマです。ステレオタイプやイメージを含めて、それがいかにメッキの施されたものであるか、脆いものかがいつしか露呈して、見方が変わっていく。登場人物たちがその渦中で何をどう見ているのか、そんなところにイーストウッドは関心があると考えられます。

ハドソン川の奇跡(字幕版)

たとえば『ハドソン川の奇跡』だったら、あれはパイロットの話でした。憧れられる職業だろうし、実際にその職業に就いている人が主人公だったんですけど、今回のジュエルさんは違います。人一倍正義感の強い男なんだけど、どうもちょいちょいそれが空回りしていて、憧れの法の執行者である警察やFBIになり損ねている末端の警備員なんですね。要は、憧れ倒しているが故にちと倒錯している部分もあって、その職業につけておらず、くすぶっている。
 
だからこそ、犯人が見つからないことに焦ったFBIにもばっちりつけこまれるわけです。なんで君は奴らに協力しちゃうんだっていう言動に僕らはもうハラハラしっぱなしです。その様子がコミカルですらあるんですよ。たとえば、弁護士のワトソンから「FBIが家宅捜索に来るから家の銃器は隠さずに素直に出しとけ」って言われて実際に出してきたあのおびただしい数ね。持ち過ぎだろうっていう。火薬は入っていないものの、手榴弾までコレクションしてんだもの。笑っちゃいます。お母さんも呆れ顔ですよ。それから、予告でも使われていた場面ですけど、録音機材を持ち込んだFBI相手に、言われるがままに「それ言っちゃダメだろ。不利だろ」って発言を半ば進んで口にしちゃったり。バカなのかって思っちゃいます。だから、つけこまれて罠にかけられるんだろうが! 僕らはハラハラを通り越して、ヤキモキする。

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ⓒ2019 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
あの一連のFBIの罠ってのは、実際のやり口だったそうで、本当に腹が立ちます。法治国家推定無罪の原則はないのか、と。それはFBIからリークを引き出した地元新聞を始めとするメディアも同じ。この映画で大事なのは、こうと決めてかかった時の人の眼の曇り方なんですよ。まだよく分からないグレーゾーンにいるはずの人を、白ではなく安易に黒に染め上げてしまう。キャシー・ベイツ演じる母親ボビの好きなテレビ司会者が、息子リチャードのことを決めつけて悪く言う場面なんていたたまれないですよ。僕が思い出したのは『ジョーカー』ですよ。あの主人公だって、あらゆる人からなめられちゃって、テレビ司会者に愚弄されるわけです。人を蔑む、小バカにする、愚弄するという下劣な行為がどれほどの不幸せを招くのか。最近はそういう映画が多いなぁ。

ジョーカー(字幕版) 

その意味で、この作品で議論を呼んでいるのは、あの野心たっぷりな地元女性記者の行動です。とくダネを獲るタメなら、色仕掛けだけでなく、弁護士への距離の詰め方ではくノ一かってくらいの大胆不敵なことをするんだけど、そこは事実というよりはフィクション・ファンタジー・推測のようでして、やはりどうも浮いちゃうなぁと思います。彼女もジュエルも既に亡くなっているだけに、名誉毀損だと思う人がいても仕方のないことかなと。

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© 2019 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
とまぁ、そんな、ありそうっちゃありそうだけど、イーストウッドにしてはやりすぎな展開も控えてはいるものの、淡々としている語り口にもしっかりカタルシスがあります。それは、ジュエルがバカにされているだけではなかったというか、俺にだって尊厳があるんだとばかりにきっちり反撃する場面です。それまで積み上げてきたハラハラが反転するあの堂々とした語り口にスカッとすること! 
 
自分の信じてきた価値に裏切られた男が、それでも自分のモットー・信条を盾に権威に立ち向かう様子は、一見の価値大アリです。この現代社会においてどうしたって曇ってしまいがちな眼をクリーニングして透明度を高めてくれる作品を、ぜひあなたも。
爆破テロ事件の起こる記念公園では、複数日にまたがって野外ライブが行われていて、まさにその瞬間には、ソウルバンドJack Mack and the Heart Attackのパフォーマンスの真っ最中で、ジュエルは何度かバックヤードへ行って、訓練で教えられた通り、PAやカメラスタッフに現場を放棄して逃げるよう諭します。そんなステージラインナップの中で、みんなが同じ(今見れば衝撃的にダサい)振り付けで踊っていたのがこの曲でした。


さ〜て、次回、2020年2月11日(火)に扱う作品は、スタジオの映画神社でおみくじを引いた結果、『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』となりました。『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』ではちとかわいそうな役回りになってしまったライアン・ジョンソン監督が満を持して手掛ける、アガサ・クリスティに捧げるミステリー。前評判は上々ですね。「007」最新作の前に、ダニエル・クレイグのひと味違った勇姿を楽しみましょう。鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

『フォード vs フェラーリ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 1月28日放送分
映画『フォード vs フェラーリ』短評のDJ'sカット版です。

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@2019 20th Century fox film corporation
フランスで行われる最高峰のモーターレース、ル・マン。この24時間耐久レースで60年代に圧倒的強さを誇っていたイタリアのフェラーリ。このレースでは完全に後発となるアメリカのフォードは、フェラーリを打ち負かすため、元レーサーにしてカーデザイナーのシェルビーに白羽の矢を立てます。シェルビーは付き合いのあったイギリス人レーサーのマイルズをチームに引き入れるのですが、レースでの経済的利益のみを追求するフォード上層部からの横やりも入る中、果たしてシェルビー、そしてマイルズはフェラーリに勝てるのか。史実に基づいた物語です。

LOGAN/ローガン (字幕版) 

監督は『LOGAN ローガン』で知られる職人肌のジェームズ・マンゴールドマット・デイモンクリスチャン・ベールが、それぞれシェルビーとマイルズ役で初共演にしてW主演を務めています。マイルズの妻を演じたのは、『SUPER8/スーパーエイト』のカトリーナ・バルフ。マイルズのかわいいひとり息子は、『ワンダー 君は太陽』『サバービコン 仮面を被った街』のノア・ジュプくんが担当しています。
 
先週に引き続き、アカデミー作品賞にノミネート作だし、マニアではないけれど車好きである僕はワクワクしながら、木曜日にTジョイ京都で鑑賞してまいりました。イタリアの血が入っている僕としては、フェラーリに少し肩入れしてしまってもいましたが、それはともかく、今週の映画短評もアクセル全開でいってみよう!

まぁ、よくできた映画でした。これが嫌いって人はあまりいないんじゃないかなぁってくらいに、エンターテイメントの要素がキチッと詰め合わされています。パッと思いつくものをまず挙げて、それを解説しましょう。
 
1、話が単純明快にまっすぐに走っていく。
2、映画館の大画面に映える画面作りと音の設計がなされている。
3、友情・努力・勝利のジャンプ的なカタルシスがある。
4、実話ベースだからこその感動・感慨が押し寄せてくる。
 
では、その1からいきますよ。話が単純明快にまっすぐに走っていく。モータースポーツの物語ではあるんですけど、ル・マンという、名前くらいは誰でも知っている世界三大レースが舞台で、とにかくフォードが王者フェラーリより速く走ればいいってことなんですよ。勝てばいいんです。多少の回想とか、横道にそれたりってのはあっても、レース本番に向けて、話はずんずん進んでいくので、わかりやすいですね。で、少し詳しい人なら、これは史実なんで結果を知っているわけですけど、それでも退屈にならないように、いや、もうこうなったら結果はどうでもいいんだ、そのプロセスが大事なんだってドラマになっているので、知識の有無は映画を楽しむ上で関係ないレベルに到達しています。

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©2019 Twentieth Century Fox Film Corporation

その2。映画館の大画面に映える画面づくりと音の設計がなされている。映画を観る喜びっていうのはいくつもある中で、そのうちの大きなものに、普通に生きてたんじゃ味わえないことを擬似体験できるってのがあると思うんです。これは、完全にそれです。直線コースでは300キロを超えるスピードを出すスポーツカーの、しかもコンピュータ制御される前の手作り感あふれる運転席からの眺めと、まるで助手席に同乗しているかのようなマイルズの表情をつぶさに見ることができるんです。そのために、クロースアップが実に効果的に使われていて、画面が引き締まっています。なおかつ、地面スレスレのところにカメラを設置したりするから、もう映画の半ばでそれこそ助手席に乗ったあのおっさんよろしく、僕ら観客もしょっちゅうのけぞりそうになるほど興奮します。音も同様。家では味わえません。あと、工場見学の興味深さもありますよね。フェラーリの手仕事っぷり。フォードの量産体制と、シェルビーやマイルズたちの試行錯誤の様子。そして、車好きでなくとも惚れ惚れするような名車の数々の美しさ。

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©2019 Twentieth Century Fox Film Corporation

その3。友情・努力・勝利のジャンプ的なカタルシスがある。冒頭で出てきますが、シェルビーは心臓に持病を抱えていて、もう自分ではレースはできないんです。だからこそ、マイルズに勝利を託す。ふたりのバディーが形成されていくプロセスがまず楽しい。いずれも、レースの世界でははっきり言って落伍者になりかかってるんですよね。人生の起死回生、一発逆転を狙ってる。でも、王者フェラーリが相手じゃ、どだい無理だろうっていうところを、フォードの資金力+知恵と工夫と技術で挑み、その苦労が実を結んでいく。じゃあ、フォードは一枚岩かっていうと、そうでもなくて、古今東西どこの組織にもあるスーツ組と現場の齟齬、軋轢があって、ふたりはそこでも戦わないといけないから、小さなドラマが積み上がるんです。さらに、マイルズ一家のハートウォーミングな話まで付いてきます。肝っ玉の座った美しいパートナー、モリーに僕はぞっこんです。彼女がハンドルを握るシーンの迫力ときたら! そして、父に憧れ倒している息子のかわいさたるや! マイルズというあばれ馬が、彼らとぶつかったり調和したりしながらフェラーリという跳ね馬に挑む様子は、誰でも興奮するはずです。

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©2019 Twentieth Century Fox Film Corporation

その4。実話ベースだからこその感動・感慨が押し寄せてくる。よくある演出で、当時の記録映像を挟むってのがあるじゃないですか。僕がうまいなと思ったのは、特にマイルズ一家が海の向こうのレースを追う時に出てくる、テレビじゃなくて、ラジオの音声なんですよ。ある理由から、レースに参加できなかったマイルズが、ガレージでラジオに耳をそばだてている様子がすごくいいです。こういう見せる、見せないの選択も監督はうまくやってるなと思いました。そして、エピローグでの実在したふたりの様子も、すべて映像化せずに、文字で済ませるところは端折ることで、より感慨深くなる。
 
全体を通して、マンゴールド監督は、現実を信頼して、素材の味で勝負している印象です。フライパンと、いくつかの鍋、あとは塩コショウと、少しのハーブ、そして火加減だけでおいしい料理を作り上げる名料理人の様相を呈していますね。職人たちの話を、職人肌の監督が、腕に覚えのある役者たちの味のある演技を引き出して作り上げた1本です。実に手堅いし、面白いし、かっこいいし、グッと来る。僕は、いや、僕も大好きな作品となりました。未見の方は、早く乗り込んでください。

ニーナ・シモンのこの曲はですね、マイルズがフォード・チームのガレージでひとり作業をしているシーンです。そこに、妻が様子を見に来る。つけてたカーレース実況のラジオ番組、そのチャンネルを変えると… 流れてくるんです。当時の流行歌なんだけど、映画の中でも最もロマンティックな場面の一つでしょう。ああいうことがあるから、マイルズはがんばれる。たまらんです。

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©2019 Twentieth Century Fox Film Corporation
放送では言いませんでしたけど、フェラーリ側がちとバカっぽすぎないかという問題は僕もそりゃ感じます。でも、そこはエンタメとしての物語のまとまりを考えると致し方無いと思ったし、実際、みんなイタリア語で喋ってましたよね。あの「何言ってるかわかんねぇ」っていう外国人感とイタリア人へのステレオタイプも、結局はリアルなんじゃないかと思いました。そして、僕としては、フェラーリの社長を演じた名優レーモ・ジローネの勇姿を拝むことができて嬉しかったです。最後なんてかっこよかったぁ。

さ〜て、次回、2020年2月4日(火)に扱う作品は、スタジオの映画神社でおみくじを引いた結果、クリント・イーストウッド最新作『リチャード・ジュエル』となりました。アカデミー作品賞の流れは途絶えましたが、イーストウッド新作とあらば映画ファン必見ですよね。観る前から彼がしのびなくてしょうがない僕です。最近扱った『テッド・バンディ』と比較してみるのもテーマ的に面白いかも。鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

『パラサイト 半地下の家族』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 1月21日放送分
映画『パラサイト 半地下の家族』短評のDJ'sカット版です。

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家族全員が失業中で、半地下の格安物件で糊口をしのぐキム一家。各自スマホは持っているものの、電話契約はできておらず、パスワードのかかっていない近所のWi-Fiに接続できるか否かが生命線という状態です。ある日、浪人生活を送る長男のギウが、大学生の友人から英語の家庭教師のアルバイトを紹介されます。私立の名門、延世大学の学生証を偽造し、身分を偽って乗り込んだ先は、巨大IT企業のCEO、パク氏の豪邸。「ヤング&シンプルな」妻にうまく取り入ったギウは、美術の家庭教師として妹のギジョンを、もちろん兄妹であることを隠して紹介。豪邸と半地下。正反対の環境で暮らすふたつの家族が、奇妙な関係を構築するのですが…

スノーピアサー(字幕版) タクシー運転手 ~約束は海を越えて~(字幕版)

 監督・脚本は『スノーピアサー』などで知られるポン・ジュノ。キャストは… 半地下家族の父を『タクシー運転手 約束は海を越えて』のソン・ガンホ。息子のギウは、『新感染 ファイナル・エクスプレス』のチェ・ウシク。あとは、僕もすっかりぞっこんになってしまったこの方に触れておかねば。あの豪邸に住むIT社長の妻を、チョ・ヨジョンがそれぞれ演じています。

 
去年のカンヌ国際映画祭で韓国初のパルム・ドールを獲得。韓国では観客動員が1000万人という、ちょっと考えられない数字を叩き出しました。そして、アカデミー賞で、作品賞と監督賞を含む6部門にノミネートという快挙。アメリカの映画賞で、これは本当にすごいです。日本での観客動員も、初登場5位と健闘していて、今後ロングランが予想されます。
 
僕は先週木曜昼にMOVIX京都で観ました。やはりかなり入ってましたし、TOHOシネマズ梅田に観に行ったスタッフは、その回がほぼ満員だったそうです。絶賛が相次ぐ中、かつてローマに留学していた頃に半地下物件で腐っていた僕はどう観たのか、今週の映画短評いってみよう!

観客の反応も、評論家たちのリアクションも、総じて良いですね。結論としては、文句なしの傑作です。韓国の家族たちの比較的小さな交流を描いているのに、外国の僕らがそこに自分たちの社会のあり様を見出す。高度資本主義社会の成れの果てとしての分断、切り立った崖を思わせるような強烈な格差という問題は、先進国のどこにも見受けられるもの。それを誰もが理解できる普遍的な寓話として語るポン・ジュノの着眼点がまず卓越しています。しかも、サスペンスフルかつ先の読めない話として成立させながら、ユーモアを散りばめ、ゾッとさせる。金持ちと貧乏人の対立のように見えて、誰かを安易に悪者にしないことで、事態の深刻さをより浮き彫りにして、鑑賞後の余韻で僕らを考えさせる。

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感心させられるポイントはいくつもありますが、ふたつの家族を象徴する建築物とその空間の見せ方がすばらしいです。半地下物件のせせこましさ、トイレの位置など間取りのいびつさ、そして当然窓からの目線の低さ。昼間でも電気は必須のじめじめした空気までを画面に映していました。一方、庶民を見下ろす山の手にある金持ち一家の大豪邸。広々。洗練。リビングからは広大な庭。窓も大きく光はたっぷり。そう、光と言えば、照明もすごい。ガレージ、リビング、キッチン、子供部屋、倉庫、そして後半大事になるあの場所と、光の当て方が一様じゃない。闇と薄明かりも効果的でした。「だるまさんが転んだ」みたいなシーンがありましたけど、あそこの照明なんて繊細ですよ。ブラックユーモアが過ぎますけどね(笑)

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それにしても、実に寄生しがいのある家ですよね。序盤、半地下家族が続々とまんまと乗り込んでいくのが痛快ではあります。彼らって、それぞれに実は高い能力を持っているんですよね。だのに、社会からは弾かれてしまっていて、その能力を発揮できない。すごい設定だけど、あのお母さんなんて、ハンマー投げの元韓国代表、オリンピック選手なんですよ。今や近所のガラスを割るくらいにしか活かせてませんけど。でも、料理も家事もやればきっちりできちゃう。にも関わらず、経済的な余裕の無さが彼らの粗雑さ、がめつさを増幅しているのも伝わります。
 
一方、寄生される金持ち側は、あの豪邸の中で、まともに肩を寄せ合っているようには見えません。だいたい触れ合うことも少ないし。特に良かったのは、家事も教育もアウトソーシングで、調度品と化しているような妻です。あの空虚なプチ・ブルジョワっぷりはたまりません。悪い人じゃないし、抜群に美しいんだけど、あの英語コンプレックスも含めた、人生の核となる価値基準の希薄さ。でも、繰り返しますが、超美しい。あの空いた口の塞がらないラブシーンも良かったなぁ。

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それから、匂いと水の表現。ここにも格差が出ていましたね。当然、金持ちは無臭です。半地下家族は食べているものやジメッとしたあの地下の匂いをまとっている。物語の潮目が変わる強い雨が出てきます。社長一家の被害と、半地下家族の受ける被害の差。水は高いところから低いところへ流れる。金もそうかも知れません。そっからの、映画の逆噴射っぷりよ! 水をきっかけにうまく可視化してみせていました。あの撮影は大変ですよ。セットなんですってね。ちょっとしたハリウッド作品ばりの予算力にも恐れ入りました。

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詳しくは言えませんが、これは単純な二項対立に終わらないのがすごいんですよね。ブルジョワの家に部外者が入り込むことで、ファミリーに決定的な変化がもたらされるという設定は、僕ならパゾリーニの『テオレマ』を思い浮かべましたけど、古今東西、結構あります。でも、それに終わらない驚愕の展開と、あの比較的わかりやすくも切ない光の明滅を見せるエンディングの切れ味… 半地下家族の息子の思い描く「希望の未来図」の輝きのあせていること。クライマックスを迎えた後の豪邸の光の乏しさ、斜陽感が僕らの未来予想図を突きつけられているようで、息がつまりました。
 
いや、ほんと、観ないという選択肢はないほどの圧倒的怪作です。どうぞ、お近くの劇場で。
 
僕、あとで調べてびっくりしたんですが、半地下家族の息子を演じたチェ・ウシクさん、彼はなんとエンディングのこの歌も歌っています。多才だなぁ。これはなんとアカデミー賞歌曲賞にノミネートです。物語のその後を匂わせるような内容になっていて、僕も字幕を見ながら感心しました。焼酎一杯という意味です。

さ〜て、次回、2020年1月28日(火)に扱う作品は、スタジオの映画神社でおみくじを引いた結果、『フォードvsフェラーリ』となりました。またしても、僕の観たかった作品を観よ、とのご託宣。マチャオの引きが大変強いここしばらくであります。くじ運のアクセル全開です。アカデミー賞では、作品賞や編集賞など4部門にノミネートの話題作。鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

『男はつらいよ お帰り 寅さん』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 1月14日放送分
映画『男はつらいよ お帰り 寅さん』短評のDJ'sカット版です。

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(C)2019松竹株式会社
車寅次郎の甥っ子、満男は妻を病気で亡くし、今は中学生の娘と二人暮らし。脱サラして作家となり、まずまずのヒットを飛ばしている様子。妻の七回忌で集まった親戚の中には、そんな満男に再婚の可能性も考えてはどうかと水を向ける人もいます。ある日、新作のサイン会を大型書店で行っていると、初恋の相手、ヨーロッパで暮らしているはずの泉が列に並んでいたのです。
 
山田洋次が原作とほぼすべての監督や脚本を務めてきた「男はつらいよ」シリーズ。作品数としては世界最長のシリーズとしてギネス登録されていますが、1969年の映画1本目から、これで50作目にして50周年。渥美清は96年に亡くなっていますから、デジタル修復された過去作の映像やCGを使いながら、現在の満男たちのドラマに、過去の場面や寅さんのCGが挟まれる格好で新作が構成されました。

男はつらいよ HDリマスター版(第1作) 男はつらいよ 寅次郎紅の花 HDリマスター版(第48作)

 

キャストは… 吉岡秀隆倍賞千恵子前田吟、そして泉役の後藤久美子佐藤蛾次郎小林稔侍、笹野高史に加え、泉の母として夏木マリ、さらにはマドンナで人気の高いリリーの浅丘ルリ子、他に、満男の担当編集者役で、池脇千鶴も出演しています。さらに、オープニングシーンで、主題歌『男はつらいよ』を桑田佳祐が歌う様子が映し出されます。
 
僕は先週木曜夜、MOVIX京都で観てまいりましたよ。イタリア・トリノで産湯を使い、姓は野村、名は雅夫、人呼んで忘れん坊の雅と発します。そんな僕がどう感じたのか、今週の映画短評いってみよう!

まず触れておきたいのは、これまでのシリーズ49本がすべて修復されたということです。大作映画が1本撮れるほどの予算、そして1本あたり200から500時間とされる手間をかけての4K修復がなされずには、この作品は成立しなかったと断言できます。寅さんはヒットし続けただけあって、35ミリフィルムのネガがすべて残っているんですね。経年劣化の状態がまちまちなそれらを一コマずつスキャンして、傷や汚れを取り除くだけでなく、退色していた色を調整。音もそうです。ミックスされて焼き付けられた音しかないものからそうっとノイズをキャンセルししていく。しかも、デジタルは何でもできちゃうけど、無闇矢鱈にきれいにするんではなく、シリーズの統一感をもたせながら、それぞれの時代に映画館でかかっていたフィルム映写の良さを最大限に再現したのが、松竹映像センターです。これは美術品や歴史的文化財の修復と同じなんです。寅さんは儲かるからいいんですけど、他の作品も、国はもっと予算をつけてフィルムそのものの修復と保存にも力を入れてほしいところです。

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ともかく、そうやってスクリーンに文字通り「帰ってきた寅さん」の姿に眼を見張ります。ただ、これはあくまで新作ですから、寅さんの甥っ子である満男が回想するたびに、過去のシリーズからの引用が挟まれることで、過去作のダイジェストってな感じで、観客も寅さん体験を回想するわけですが、兎にも角にもシーンのチョイスと尺が過不足なくて、編集の技術のすばらしさにも眼を見張ることになります。セットの空間構成、ロケ地の時代の変遷、カメラの向き、役者の動きまで計算されてるから、パッとつないでも違和感なくスムーズに時代を行き来できるんです。しかも、今なお現役の役者陣は当たり前ですがそのまま歳を重ねているわけで、若作りも老けメイクも必要ないわけですよ。これはもう、他のシリーズではなかなかできません。いずれも僕が高く評価しているリチャード・リンクレイターの『6才のボクが、大人になるまで。』とか「ビフォア」シリーズを思い浮かべました。と同時に、フッと思い浮かべたのは、意外にも「スター・ウォーズ」です。エピソード7以降は、ジョージ・ルーカスというオリジネーターの手を離れたわけですけど、寅さんは山田洋次という生みの親が存命で、なおかつこうして監督しているわけです。そりゃ、こちらは統一感が出るわなと。

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山田洋次のこのシリーズにおける哲学は、社会の様々な立場の人間をきっちり描くってことです。地方の景色もそこに暮らす人々の様子も、少なくとも表面的にはどんどん均質化して均されていく高度成長期以降の日本を、「それでいいのかい?」と、人にも街にもいろいろあっていいじゃないか、いろいろいるから面白いんだろうと、社会の周縁の人々にあくまで娯楽としてスポットを当て続けました。今回もそうです。家族を描きながら、どの家族も決して標準的ではない。満男はシングルファーザーです。しかも、不安定な作家という職業。そこへ泉がヨーロッパから帰ってくる。泉の家も、両親は離婚していて、今は介護の問題に頭を抱えている。この泉を演じた後藤久美子がすばらしかったです。実際、彼女は96年にジャン・アレジと結ばれてヨーロッパへ行ったわけです。泉は国連難民高等弁務官事務所の職員という設定で、フランス語と英語を駆使しながら東京へ久しぶりに戻ってくる。これは実生活とも重なるわけです。僕たちも久しぶりに彼女の姿をスクリーンで観る。そして、美しいし、垢抜けている。本作の成功はゴクミの力が大きいです。VIVAゴクミです。

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あと、ぼんやりと満男をめぐる三角関係を形成する初参加の池脇千鶴もすばらしかったと声を大にして言っておきます。彼女の存在がなければ、ともすると旧ファンへの配慮ばかりに満ちた接待映画になりかねない企画なのに、そうはなっていないんですから。僕みたいにかなりライトな寅さん好きもグイグイ入っていけるのがその証拠です。旧作の復習や、世代によっては予習して観に行くのもいいけど、これは寅さん入門としても機能する堂々の新作です。まだ劇場へ行っていないという方は、今週必ず行くようにしてください。マドンナたちが走馬灯よろしく登場するシーンのみならず、クライマックスの演出など、これは山田洋次による『ニュー・シネマ・パラダイス』なんですから。僕は終始涙ぐんでいたことをここに告白しておきます。

ここで、桑田佳祐渥美清が歌う『男はつらいよ』をオンエアするのはセオリー通りなんですが、ひねくれ者の僕はあえてこうして別のものを。よく言われるように、つらいのは男ばかりというわけではなく(当たり前だ)。特に不器用な恋の言動から、後で人知れず後悔なんてのは性を問わず、みんなひとつやふたつあるわけです。女性の視点から、二階堂和美『女はつらいよ』をお送りしてみました。


さ〜て、次回、2020年1月21日(火)に扱う作品は、スタジオの映画神社でおみくじを引いた結果、『パラサイト 半地下の家族』となりました。アカデミー賞ノミネートが発表され、作品賞とポン・ジュノが監督賞にノミネートという快挙を果たした翌朝に、まちゃお、当てました! やりました! 鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

『テッド・バンディ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 1月7日放送分
映画『テッド・バンディ』短評のDJ'sカット版です。

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©2018 Wicked Nevada,LLC.
1969年、アメリカ、ワシントン州シアトルのバーで、容姿端麗な若者テッド・バンディと、大学の事務員として働く女性リズが知り合って恋に落ちます。リズはシングルマザーで赤ん坊を育てているのですが、テッドはそんなことはお構いなしにリズと娘のモリーに優しく接し、3人は家族同然の暮らしを始めます。ところが、ある日、信号無視をきっかけに警察から呼び止められた運転中のテッドは、後部座席の荷物が不審だとしてそのまま誘拐未遂の容疑で逮捕されます。新聞に大きく報じられたのですが、テッドはまったくの誤解で冤罪だとリズに話し、ふたりは共に戦おうとするのですが、テッドによるものとされる他の事件が次々と明るみに出てきます。
 
アメリカ犯罪史上、最も有名なシリアルキラーとして知られるテッド・バンディの伝記映画ということになるのですが、ちょっと変わった切り口で映像化してあります。監督は、ジョー・バリンジャー。Netflixが配信権を獲得したので、アメリカを始め、ほとんどの国では配信オンリーだったのですが、日本では劇場公開されました。
 
テッドを演じたのは、ザック・エフロン。恋人のリズ役として、フィル・コリンズの娘さんリリー・コリンズ、裁判長としてジョン・マルコヴィッチなど、が出演しています。
 
僕は先週放送中に宣言した通り、大晦日昼過ぎのTOHOシネマズなんば、満席の回に滑り込みました。2019年のシメに、殺人鬼。さぁ、僕がどう感じたのか、今年最初の映画短評いってみよう!
 
原題は、Extremely Wicked, Shockingly Evil and Vile。日本ではキャッチコピーとして使われています。「極めて邪悪、衝撃的に凶悪で卑劣」という言葉。これはテッド・バンディの目の前で、裁判長が実際に語ったものです。となると、映画もその表現通りと思うじゃないですか。だから、僕は先週おみくじが当たった時に、こりゃ参った、映画の神様は僕に大晦日に何を見せるつもりだとビビったわけです。実際、30人以上に彼は手をかけたわけですから、相当おぞましいことになるぞと。ところが、なんですよ。僕はものの見事にバリンジャー監督の手玉に取られた格好になりました。そこが、この映画のポイントにして、語りの妙に直結するんです。というのも、いくつかのカットのためにR-15に指定されてはいるものの、実はほぼ残酷な映像はないんですよ。
バリンジャー監督はこのテッド・バンディに相当ご執心のようで、Netflixオリジナルの全4話からなる「殺人鬼との対談:テッド・バンディの場合」というドキュメンタリーも撮っているんですよ。で、こちらの劇映画ではどうしたかというと、序盤なんかはまさかのラブ・ストーリーなんですね。連続殺人犯を愛してしまったリズを軸に、テッドがいかに魅力的な男なのかってところを見せます。これには面食らいました。だって、史実として、少なくとも彼が実在の人物で死刑を執行された男だということを観客は知っているわけですから、そのチャーミングさを見せられるとは思わないわけですよ。リズとテッドが娘のモリーと暮らしている冒頭の一連のシーンなんて、幸せそのものに感じられるようにしてある。その意味で、バリンジャー監督が極めて邪悪だって思いましたよ。あ、これは褒め言葉です。

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テッド・バンディはIQが160だったと言われています。要するに極度に頭の切れる男だったらしいですが、この映画も周到に観客の情報量を操作しています。ミステリー用語で言うところの叙述トリック的というか、テッドへの観客の先入観を最大限に利用して、僕らをミスリードするんです。僕らが知ることができるのは、新聞やテレビが出す情報と、テッド本人の巧みな言い逃れだけなんですね。しかも、彼は極めて嘘がうまい、演技がうまい、それをまた演技のうまいザック・エフロンがなりきるものだから、ますますでして、これはもしかしたら冤罪の話かもしれないって思ってしまうんですよ。なんなら、中盤以降くらいまで、下手すりゃテッドに同情すらしてしまいかねない勢いです。人も信じられなくなるし、映画も信じられなくなる。人を信じたい気持ちと猜疑心との間で、僕らをぐらぐらにさせる。そんな術中にはめるテクニックは、考えたら最初からありました。リズが朝起きると、隣にいたテッドがいない。娘の姿もない。僕らも焦るわけです。カメラがキッチンへ移動すると、テッドはおいしそうな朝ごはんを作ってくれていて、娘もミルクを飲んでる。おはよう、なんて、最高の朝じゃないですか。ホッとする。でも、テッドの手には包丁が… 台所だから不思議じゃないんだけど、怖い。

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中盤からはテッドの身柄が留置されるので法廷劇へと形を変えるんですが、ここでもクライマックス近くになるまで物証がほとんど出てこず、状況証拠ばかりが積み上がります。だから、僕らはテッドの話術に圧倒されるばかり。これは実際のことですが、裁判がテレビで生中継されると、全国から脳天気な女子大生なんかが「かっこいいわぁ」なんていって傍聴しに来てチヤホヤする始末。そして、もろもろあっての死刑判決… で、終わらないんですね。彼を信じたが故に、苦しみ続けたリズが、死刑囚であるテッドと久々に向かい合う場面の厳しさ、そこで初めて彼の口から、ではないんだけど、とある方法で明かされる事実の断片のキツさがまた結構ドラマティックで、語りの順序が卑劣です。褒めてます。
 
さらに僕がキツイなと思ったのは、死刑が執行されてのエピローグですけど、これも事実の通り、現場近くで一般人が集まっていて、歓喜の声を上げたというんですよ。合法的とはいえ国家による殺人が行われて、事実は色々藪の中だってのに、とりあえず復讐がなされたと喜ぶ人々がいる。これって、傍聴でキャッキャやってた女性たちと表裏一体だと思うんです。完全にテッド劇場の観客なんですよ。そして、もっと言えば、僕ら映画の観客もそこにひっくるめられている気がして、つまりはテッドの手玉に取られている。まったくもって後味が悪い。だから、考え込んじゃう。人を信じるってなんだろう。人を裁くってどういうことだろう。そんな映画を撮影したバリンジャー監督の卑劣なアッパレ具合に、僕はもう白旗を揚げてしまいました。
 
もう映画館で観られる日数も限られていますんで、未見の方は、ぜひ劇場へ急いでください。
既存の音楽の使い方も、選曲が鮮やかでした。皮肉が効いているものが多かったんですが、リズとテッドが出会ったバーのジュークボックスからは、こんな曲が… 時代背景もぴったりなんですけど、あまりにも切ない。あぁ、信じましたとも!っていうね…

さ〜て、次回、2020年1月14日(火)に扱う作品は、スタジオの映画神社でおみくじを引いた結果、『男はつらいよ お帰り寅さん』となりました。寅さんかぁ。正直なところ、何本かしか観ていないんですよ。大丈夫かな。でも、この区切りにしっかり勉強しておくのも良いのかなと、武者震いしております。鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!