京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

まどフィン

おススメの本 『遠い水平線』 アントニオ・タブッキ著

「何故あの人が死に、私は生きているのか」 数年前、幼い日を共に過ごした友人が亡くなったと聞いて、すぐさま実感など湧かず、しかし、遺影とお骨になった姿を見てはじめて、言いようのない動揺が襲ってきました。死という現前とした事実を前にしてそんな想…

おススメの本 『アルトゥーロの島』 エルサ・モランテ著 2010/09/20

ナポリの海に浮かぶ、火山活動によってできた観光客もほとんど訪れない小さな島。島を出て放浪する父の帰りを待ちながら、自らを産み落としたときに亡くなった母を星座のなかの女王のように憧れ、ひとり気ままに、美しい自然のなか、少年時代の王国を小さな…

おススメの本 『モンテ・フェルモの丘』 ナタリア・ギンズブルグ著

最近の楽しみの一つに、河出書房新社からここ数年来をかけて刊行されている世界文学全集があります。作家の池澤夏樹さんが個人編集で選んだ20世紀後半の作品群が、ポップなカラーの背表紙で本屋に並んでいます。従来の古典作品を排したこの新しい世界文学全…

おススメの本 『月とかがり火』 チェーザレ・パヴェーゼ著 

私生児として育った主人公が、貧しい養い親の元を離れ青年となり、海を渡り、世界中を次々と逃げ出すように放浪した後、財をなして育った村に帰ってきたところからこの小説は始まります。夏の休暇が終ればやがて都会の喧騒に帰っていかなければならない主人…

おススメの本 『思いではそれだけで愛おしい』 ダーチャ・マライーニ著

この作品は、劇作家である五十代の女性ヴェーラが、歳の離れた若い恋人の六歳の姪である少女フラヴィアに書き続けた十六通の手紙からなっています。読み始め、まるで他人の恋文か秘密の交換日記を読んでいるような気恥ずかしい気持ちが溢れてきます。それほ…

おススメの本 『なぜ古典を読むのか』 イタロ・カルヴィーノ著 

――― 今日比較研究をやっていく場合に一番重要な課題は何かというと、文化は普通そうは考えられていないけれども、危機、クライシスに直面する技術であるということね。――― 文化人類学者の山口昌男氏のこの言葉は、作家の大江健三郎さんが、定期的に朝日新聞…

おススメの本 『木のぼり男爵』 イタロ・カルヴィーノ著

多彩な作風で知られるイタリアの国民的作家であるイタロ・カルヴィーノの作品は日本でも多数翻訳されているが、今回紹介するのはこれ。 「われわれの祖先」と題された三部作のうちの一つである。 1767年、12歳のある日、家族に反逆して樹上生活を始める男爵…

おススメの本『タタール人の砂漠』 ティーノ・ブッツァーティ著

北の砂漠からいつ来るとも知れぬタタール人の襲来に備えて存在し続ける辺境の砦。 すべての色彩を失ってしまったかのようなその要塞で、三十余年を過ごし、やがて死を迎える男の物語。 軍人として栄光を望むこころと、何も起こらないまま一生が終るのではな…

YAが気になる 2008/10/02

まず、はじめに。 いらっしゃるはずはないと思いながらも、もしも私のコラムを楽しみにしてくださっていた方がいらっしゃるなら、再開にあたり、須賀敦子について書くことは一旦お休みし、コラムのタイトルどおり興味のおもむくままに飛びまわることをどうか…

須賀敦子とナタリア・ギンズブルグ 〜『ある家族の会話』を読んで〜 その7  2008/02/25

ナタリア・ギンズブルグの『ある家族の会話』には、家族の共通の記憶としていくつかの詩が出てくる。それは、偉大な詩人の詩ではなく、家族の誰かしらが面白半分でつくった言葉遊びのようなものから、幼い頃にどこかで聞きかじった詩、それも途中からは忘れ…

須賀敦子とナタリア・ギンズブルグ 〜『ある家族の会話』を読んで〜 その3 

男のように書くということ、女のように書くということ。 これは男性的な文章だ、女性的な文章だという議論も、批判も、口先に上ることさえ今はなくなっている。私は女だけれど私のこういう部分は男性的だといった会話は時々聞かれることだし、男らしさ女らし…

須賀敦子とナタリア・ギンズブルグ 〜『ある家族の会話』を読んで〜その2

ナタリア・ギンズブルグ(Natalia Ginzburg)は1916年に、トリエステ出身のユダヤ系イタリア人で大学教授である父と、ミラノ出身の母の間に五人兄妹の末っ子として、トリノで生まれている。ブルジョワ家庭のしきたりで、小学校課程を母の個人教授で済ませて…

須賀敦子とナタリア・ギンズブルグ 〜『ある家族の会話』を読んで〜その1

きっちり足にあった靴さえあれば、自分はどこまでも歩いていけるはずだ。そう心のどこかで思いつづけ、完璧な靴に出会わなかった不幸をかこちながら、私はこれまで生きてきたような気がする。行きたいところ、行くべきところぜんぶにじぶんが行っていないの…

須賀 擬音語・擬態語? 〜自然の音を言葉として聞く?〜

蛍が飛び始めると、夜気の匂いもぐっと濃さを増し出す。 私の生まれた町には、黒川という小さな川がある。両岸が青々とした川草に覆われ、山手から町を南へ下るように流れている。毎年この時期になると、何千という自然のかわいらしい光が瞬きながら、川底を…