チネチッタ・スタジオの敷地内に映画を学ぶ学校がある。
ポンデ雅夫はどこからかそんな情報を仕入れてきた。
2005年春のことである。
私はてっきり彼が入学するもんだと思っていたので、
焼き芋をほおばりながら適当に相槌を打っていた。
するとポンデは突如私に怒声を浴びせ、
態度がなっとらんと頬を紅潮させた。
何のことやらさっぱりわからないが、
しぶしぶ私は焼き芋をいったん口から離すことにした。
話を聞いてやれば、彼の腹の虫もおさまるだろう。
そうすれば、私も落ち着いて焼き芋に専念できる。
ところが、事態はそう簡単ではなかった。
まるで宣伝マンであるかのように学校の意義を強調したポンデは、こう言い放ったのである。
「いいかい、こんなチャンスは君にとって二度と訪れないぞ。映画の聖地で映画を学べるんだ」
おののいた。
どうやら彼は私に通わせるつもりらしい。
意味がわからない。
映画を撮っているのは、むしろ彼ではないか。
私は一介の旅行会社員である。
ローマでも適当に旅行関係の職を得ようと目論んでいたのだし、
何よりポンデもその方向で納得していたはずだ。
その彼が何の前触れもなく意見を翻していたのだ。
私は彼に説明を求めようとしたのだけれど、
こんなときに限って焼き芋が喉につっかえている。
声が出ない私を尻目に、彼はこう続けた。
「君には編集コースがいいんじゃないかな…うん、そうしよう。手続きは僕がやっとくよ」
ポンデは一人満足して、部屋を出て行った。
私は声が出なかった。
今度は焼き芋のせいではない。
唖然としたからだ。
人の人生を何だと思っているのだ、彼は。
私も私なりにローマでの2年間について思いをめぐらせていたのだ。
青写真はできていたのだ。
それを…
次第に腹が立ってくる私。
言うべきことは言っておかねば。
決然と立ち上がり後を追おうとしたところへ、彼の方からやってきた。
「いやぁ、インターネットってすごいね。もう仮登録できちゃったよ。まぁ、がんばっていこうよ。僕もバックアップするからさ…もぐもぐ」
私はまたもや声が出なかった。
あろうことか、彼は私の焼き芋を電光石火で平らげてしまったのである。
何が、もぐもぐだ。
やっとのことで声を発した私は、ポンデに向かってこう叫んだ。
「こらぁ、私の焼き芋と青写真を返せ〜!!」
ポンデはぽかんとしていた。