京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

電球処理に光を!③  (旧ウェブサイトコラム『ローマで夜だった』)

 またしても、スーパーの電球売り場にやってきた。僕はコートのポケットに手を伸ばす。例によって、お古の電球を持参したのだ。いくらなんでも、もう間違わないだろうが、念には念を入れる必要があるのだ。自慢じゃないけど、僕の記憶力は本当に頼りないから。さすがにまだ若いから、すっかり忘れてしまうというわけではない。むしろ忘れないようにと考えすぎた挙句、いつの間にか記憶がすり替わるとでも言えば良いだろうか。例えば今回の例で言えば、僕は40Wの電球を買わなければならない。すると、僕はこんな風に考える。

 「僕が買うのは40Wだぞ」 (ここまでは、しごくまともである)

 「40Wであって、60Wではないぞ」 (この辺から余計な要素が闖入してくる)

 「ましてや100Wではないし、25Wでもないぞ」 (こうなってくると、既に40Wのことは忘れかけている)

 「そりゃそうだよな、25Wではいくらなんでも暗すぎるもの。それに100Wでは明るすぎるし」 (これが良くない。25Wと100Wを選択肢から除外しただけで、40Wという数字からはむしろ遠ざかっている)

 「よし、これだけ頭に定着させれば、もう大丈夫」 (この安堵感が脳の緊張をほぐし、記憶はリセットされる)

 そして、いざ売り場にやってくると、40Wと60Wの電球を手にして、どっちだっけと途方にくれることになる。この行き過ぎた思考の悪循環の結果、日本にいるときはそんなふうにして自宅に必要もない電球がどんどん溜まっていったものだ。

 しかし僕も27歳だ。人に自慢できるほどではないが、それなりの知恵も持ち合わせた大人なのだ。いつまでもそんな愚を繰り返しているようでは、ただの馬鹿である。そんなわけで、コートには前回捨てられなかった分も含めて4個の古電球を忍ばせてあるのだ。今回もしっかりとワット数を確認。幸いにも2個セットの電球は在庫が豊富にある。ほくほく顔でレジへ急行した。

 すぐさま帰宅したいところだったが、やらなければいけないことがあった。そう、もはやあらゆる意味でその役目を果たした電球の処理である。先ほどは無念にも捨てられなかったので、今回は帰宅ルートに若干の修正をほどこし、別のゴミ箱を経由することに決めた。これこそ、知恵である。いくら大人と言えども、避けられない失敗というものはある。それはそれで仕方がない。問題はそこから何を学ぶかである。そういった意味で、僕はまさに大人の中の大人、大人の鑑である。なんてことを考えながら鷹揚な足取りでローマ郊外を闊歩する僕の前に、イタリア特有の例のゴミ箱が姿を現した。これまた例によって3つのゴミ箱がセットになっている。緑が燃えるごみ。白が紙ごみ。青が燃えないごみ。前回と全く同じだ。電球に最後の別れを告げるべく、コートのポケットに手を突っ込む僕。何時間か前と全く同じだ…。

 ここまでくれば読者諸賢はもうおわかりだろうと思うが、僕は結局思いを果たすことができなかった。わざわざ遠回りして別のゴミ捨て場に赴いたにもかかわらず、ゴミ箱はまったく同じものだったのだ。青いゴミ箱にはきっちりと「電球は捨てるべからず」と書き記してあったのだ。もはや天使と悪魔に再度登場を願う余裕もなかった。有り体に言えば、僕はがっくりきていたのである。場末感がたっぷり漂うローマ外れの裏通りに、新旧あわせて6個の電球を抱えた男が立っていた。

 ローマはイタリアの首都である。大きな街である。おそらく毎日相当数の電球が切れているはずだ。ローマ市民はそれを一体全体どこに捨ててるんだろう。解けない疑問だった。情報がない以上、いくら考えても答えは出ない。
仕方がないので、とぼとぼと、いやしょぼしょぼと帰宅した。いつの間にか傾いた冬の太陽がアスファルトに長い影を作っていた。

 螺旋電灯に新しい電球をねじ込むと、パソコンルームは再びまばゆいばかりの光に包まれた。しかし今度ばかりは、どうもしっくりいかない。後味が悪い。ローマ支部の中枢には光が戻ったが、僕の心には影ができた。

 この調子で行くと、この家はそのうち古電球で溢れかえるのではないか。そんな危惧が僕を苛む。無数の電球の中で溺れ死ぬ映像が一瞬頭をかすめた。どうでもいいと言えば、どうでもいいことなのだけど、それがどうにも気になって、どうにもならないのだ。

 まぁ、いい。そのうち忘れるだろう。落ち着いて考えれば、電球なんてそうしょっちゅう切れるもんでもないし。何もそんなに恐れることはないさ。そう思った矢先の出来事だった。

 パチン、じゅ〜。聞きなれた音が僕の鼓膜を不穏に震わせた。5段目の電球が切れたのだ。

 確実にまたひとつ、古電球が増殖した。僕はいったいいくつこいつらを抱え込めばいいんだ。ここまで来たら、もう僕一人の力ではどうしようもない。誰か僕に知恵を貸してください。

 電球処理に光を!