京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

シネマテークに潜入 その1 〜チネマ・リュミエール前編〜

 昨年末の前回予告したとおり、今回から随時、数回に渡ってシネマテークという施設そのものを紹介しましょう。もちろん世界にはたくさんのシネマテークがある訳で、さらにその全てを知っている訳ではありませんので、ボローニャシネマテーク(以下チネテカ)を例に検証し、皆さんの中に、シネマテークがどのようなものなのかというぼんやりとした基準ができればうれしいです。また、施設に入り込むと同時に、シネマテークという概念、あるいは定義にも少なからず近づければ益々うれしいです。もちろん、と言うか哀しいかな、僕はチネテカとはまったく関係のない一個人ですので、視点は飽く迄「行き過ぎた映画好き」、良く言って「シネフィル」のそれです。何とか脱したいとは思っているその立場に今のところ甘んじている「一シネマテーク関係希望者」の視点とご理解ください。

 実際的な潜入の初回となる今回は、シネマテークの顔役であり、僕たちにとって最も身近なその機能のひとつである、上映施設をのぞいてみましょう。上映施設ですので、入場にはお金がかかります。皆さんは、映画の主観ショットのごとくひとつの視点となって僕にくっついてきてください。

 ボローニャに暮らす人々の内どれくらいの数の人が映画好きなのか、正確な数字は把握できませんが、相当数の映画ファンが一度は足を踏み入れたことがある、そこで何かしらの作品を鑑賞したことがある、それくらい代表的な映画館、それが『チネマ・リュミエール』(Cinema Lumiere)です。チネテカと言っても通じない人でもリュミエールと言えばほとんどの人が、「ああ、あれね」という具合にその存在は知られています。事実、僕がボローニャに来て間もない頃、詳しい事情も知らずに「昨夜はチネテカに行ったよ」などと言ってすぐに理解してくれる人は少なかったの覚えています。言い換えて初めて、「ああ、なんだリュミエールか」、と。確かに、チネテカの名ではあまり知られていないということもある意味事実ですが、正確を期すれば、僕自身がチネテカを良く理解していなかった、つまり本来は「昨夜はチネテカの中にあるリュミエールに行ったよ」と言うべきだったのです。

 チネテカのそれぞれの施設は、前回触れたように、本部とフィルムの保管庫を別にすれば、上映室、図書館、複数の資料室が、ボローニャ大学の授業が行われるような教室棟やホールなどと共にひとつの敷地内で肩を寄せ合っています。それらへと僕たちを誘うのが、冒頭掲載している最初の門です。上映室のプログラムや年間行事の一覧などを張るスペースがあります(写真の左側、黒い部分がそうです)。その門をくぐると第2回コラムで掲載した広場とその奥の正面玄関が見えます。

 僕なんかは、初めてその場に立ったとき、独りでやって来たにもかかわらずキャッキャと童心に帰ってはしゃいでしまうほどに美しいです。学生たちがベンチで映画談義に花を咲かせたりしていて。「ついにやってきた・・・」などとそのレンガ色のエントランスに視線を奪われていると、広場中央の地面に埋め込まれたガラス張りのパゾリーニ(Pasolini)とラウラ・ベッティ(Laura Betti)のオブジェが、聖地巡礼に感極まる映画好きの足元を掬います。「建物などに見とれて、私たちを無視する奴があるか!!」とでも言わんばかりに。ローマにあったパゾリーニアーカイブは主宰のラウラ・ベッティの熱意で、彼の生まれたこの街に移されました。
 
 正面玄関から入ってみましょう。円筒形の吹き抜けになった空間で、正面の棚にはチネテカの無料配布物、上映予定表、映画会の宣伝チラシ、ボローニャの情報誌、学生映画のスタッフ募集の張り紙などが置かれ、情報発信の場にもなっています。飲み物・軽食の自動販売機も配され、図書館や教室で疲れた脳みそを、ここで何かしらを購入し、前記の広場のベンチで癒すのが映画学生の(局地的な)おしゃれです。ガラスをはめ込んだ天井まで続く壁では、ちょっとした写真展なども企画されます。

 そのホールの右手に図書館と資料館の入り口、正面の棚と自動販売機の奥には関係者が鍵を用いて入る施設、そして左手に今日、我々が目指す上映室があります。

 二重のドアを通って、いよいよリュミエールの内部へ入ってみましょう。おっと、この季節、うっかりドアを閉め忘れると、イタリアのポピュラーな挨拶「チャオ!」の前に、「ドアはきちんと閉めてください!」と一喝されます。気持ちよく「チャオ」で始まりたいものです。Ciao!!

 右手にチケット・カウンターがあります。カウンターを飾るフィルムのリールが目を惹きます。

 お、今日の担当はモニカ(仮名)ですか。僕のチネテカ初日に券を売ってくれたのも、初めて自己紹介し合ったのも彼女です。何もしてませんが、黒髪で毎日黒い服を着ているルイーサ(仮名)も椅子に座ってます。通常はチケットの窓口にひとり、チケットをモギるために上映室の前にひとり、という具合に仕事をしていますが、非常に流動的で、カウンター内で女の子同士おしゃべりしていたり、仕事は休みなのにうろついていたり、モギリ担当でも映写に回されたりしています。人気作品の上映日には普段閉められているもうひとつのカウンターも使って2人がかりになることもあります。今日はこの後、ベルナルド・ベルトルッチ(Bernardo Bertolucci)監督の大作『1900年』(Novecento、1976年)の上映があるので、忙しくなると見越してシフトが組まれているのでしょうか、通常は今日のルイーサのように何もせずにニコニコして、笑顔と油だけを売るということはありません。あら、チケット売り場の正面にあるスタッフの控え室兼映写室への入り口から、普段はチケット係をしているジョヴァンナ(仮名)が顔を出しました。今日は映写を担当するようです。

 学生割引で3ユーロのチケットを購入します(通常は6ユーロで、ここには書き切れないくらいの割引対象があります、たとえば生協COOPの会員証とかです)。5.50ユーロで登録するチネテカの会員証があり、これがないと観れないプログラムもあります。1年以上通い続けてますので、僕は毎回提示せずとも顔がそのパスとなっています。学生特典のスタンプをチケットに押してもらいましょう。スタンプ付きの半券を6枚集めると1本無料で鑑賞することができます。

 主にモギリと上映室の開閉を担当する長身のダヴィデ(仮名)がチケットを切ってくれます。スタンプを押してもらった半券は大切に取って置いてください。チネテカの魅力を知れば、映画6本などあっという間ですから、次いであっという間に7本目も観れますよ。

 左がマストロヤンニという上映室、右が同スコセッシです。前者はイタリア映画を、後者はそれ以外を上映するのが基本になっています(企画によってはもちろん例外もある)。正面突き当たりには、右に男性用のトイレ、左に女性用があります。

 2つのドアのその間には、再度、リールで作った装飾が見えるはずです。映画館っぽいでしょ。

 上映までにはまだ時間がありますので、僕の自慢の、イタリアでは稀に見る清潔なトイレに案内しましょう。ここだけでなく、図書館の方のトイレも素晴らしくきれいです。チネテカの魅力は尽きないのです。うわっ、今日はオフだと思っていたチケット販売担当の長髪のおじさんコード(仮名、でも友人がつけた本当のニックネームです)に会ってしまいました。せっかくの美しいトイレが台無しです。というのも、彼は、一部で有名な、「お金を払っても、タダではチケットを売ってくれない」販売係だからです。時にその手を止めて皮肉や小言を口にしながら発券するので、彼がカウンターにいると購入待ちの客の行列ができることもしばしばです。ん? なに? 今日もずいぶん早いな、他にすること無いんだろう、って? うるさいです。あなたも休みなのに職場に来てるじゃないですか。彼の皮肉に即答するのはチネテカの楽しみのひとつでもあります、そう思えるようになるまで1年以上かかりましたが。でも、彼が言うのも最もで、僕は上映開始よりもずいぶん前にここに来ることが常になっています。上映前の誰もいない客席で、映画館を独り占めにしている(ような気になる)雰囲気がとても好きなのです。むむむ、そんなことを言っていたら、それを察してくれたかのように先のダヴィデが30分も前なのにドアを開けてくれました。さっそく入って前から3列目、真ん中のひとつ右の席につきます。至福です。

INTERMEZZO(休憩)=
 申し訳ないですが、しばしの恍惚《画像》とベルナルド・ベルトルッチ監督『1900年』の長い上映(159分の前半と休憩を挟んだ159分の後半)が終わってから、チネテカ内部をもう少し案内します。次回は1月22日の更新予定です。

※オールドファッション幹太のブログ  KANTA CANTA LA VITA