京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

シネマテークに潜入 その2 〜レンツォ・レンツィ図書館前編〜

 「すみません、この雑誌を探してるんですけど」
 「はいはい、何々? 『チネマ・ヌオーヴォ(Cinema nuovo)』の1952年12月15日号だね。ん、創刊号じゃないか。ちょっと待っててね」
 「……」

 今日はボローニャ市立シネマテーク、チネテカ・ボローニャ付属であるレンツォ・レンツィ図書館(Biblioteca Renzo Renzi)に来ています。このコラム『シネマテークにしねまっていこ』を世界に向けて執筆するシネマテークの語り部、あるいはあくまで私的で個人的で非公式なチネテカのスポークスマンであるところの僕は、それと同時に、映画研究が現在の本職でありまして、本職というと働いているみたいですけど、実のところ映画について学ぶ一学生の身にあります。

 「はいはい、お待たせ。あったよ。年毎にまとめられているんだ。表紙には1953年とあるけど、一番最初に1952年の創刊号が入っていたはず…、ほら、あった。間違いないね」
 「あ、はい。ありがとうございます」


 そんなこんなでここ数日、前回と前々回にまたがって紹介したチネテカの上映室チネマ・リュミエールに隣接するこの図書館に通い、いわゆる本職の研究に急遽必要になった資料を集めています。チネテカ付属図書館はシネマテークの付属図書館(あるいはシネマテークを構成する要素のひとつ)であるだけあって、映画と写真関連の書籍、雑誌を専門に扱っています。1階が映画、2階が写真関係の開架になっており、2階にはビデオ・ブースもあります。収蔵数は 20,000冊の書籍と1,000タイトルの雑誌、とチネテカのホームページには記されています。

 「どうだい、勉強ははかどっているかい?」
 「ええ、まあ、少しずつですけど(本当に少しです)」
 「どんどん色んな本を読んだらいいよ。これだけ揃っている図書館はそうないからね」
 「そうですよね。それは本当にそう思います」

 映画専門の図書館なのですから当然と言えば当然かも知れませんが、司書である彼の言葉を借りるまでもなく、僕くらいの研究者が探している本/雑誌ならほとんど間違いなくこの図書館に来れば見つけることができます。すでに今日も、探していた(というか探すならここしかないのですけど)50年以上前の映画雑誌の記事がいとも簡単に見つかりました。これで研究がはかどらないというのであれば、問題は間違いなく僕にあることは明らかです。

 少し開架を見てみましょう。映画史関連、映画人関連、批評、脚本、古今東西を問わぬその目録は圧倒的で、背表紙を眺めるだけで幾らでも時間がつぶせます。手に取りだしたら時間はいよいよ足りません。ネオレアリズモ(Neorealismo)、ザヴァッティーニ(Zavattini)、保存修復、無声映画などといった僕の興味ごともそれぞれ棚が設けられています。日本映画についてのイタリア語の書籍や日本語で書かれた研究本なども見えます。パゾリーニ(Pasolini)のセクションは小部屋丸ごとひとつが充てられ、右手に書籍、左手に論文が並べられています。チネテカにはパゾリーニアーカイブがあるからでしょう、収集にさらに力が入っています。

 2階のビデオ・セクションでは映画を小型モニターで見ることができます。屋根裏部屋のような雰囲気のある個人用ブースで、日本では観ることのできないような希少な作品を無料で鑑賞することができるのです。これは一部の、水に乾いた海綿の如く映画を求めるシネフィルやチネテカの上映だけでは満足できない映画狂、さらには研究素材として突発的に映像を必要とする映画研究家やその卵たちにとってはかなりありがたいです。資料を探しに来た映画専門図書館で、その資料で言及される作品を個人ブースで観れてしまうのですから。しかし実際には、2003年に設けられた比較的新しい施設だからでしょうか、現在のところその鑑賞用ソフトのリストを眺める限り、思いがけない発見がある時もあれば、その一方で日本でも観れるようなものが含まれていなかったり、「本国イタリアだから…」と期待していたものが見つからないという具合にまだバラツキというかリストの未完の部分があるようで、さらなるカタログの充実を期待しております(ので、実際にここで映画を観たことはありません)。

 1階の中央部分には机が並び、映画についての何かしらを学ばんとする学生、研究者たちが角を突き合わせるかのようにしてそれぞれの関心事に没頭しています。お、隣の女の子はラース・フォン・トリアーについての論文を持参のパソコンに向かって執筆中のようです。向かいの男の子は雑誌『ビアンコ・エ・ネーロ(Bianco e nero)』の30年代後半から40年代前半にかけての分をどっさり机に積んでいるにもかかわらず、今手にしている本は8mm映画の撮影についての本ですね。夕方の時間帯には映画館での上映の待ち時間をここで過ごす老紳士なんかも見かけます。テスト期間の混雑を別にすれば、日頃は適度な緊張感と明るさ、稀にみる清潔感と静けさのある図書館なので、映画研究者にとってはそのキャリア如何に関わらずほとんど「聖地」のようなところに思えます。「聖人」のように奇跡的な仕事をする優秀な司書もいます。聖人のいる聖地ではありますが、僕のような外国人留学生や、若手の研究者、大学の教授、ただの映画好きのおじさんなどが一堂に介するという点では、上映施設同様全ての人に開かれた場所であるため、シネマテークの施設の中では私たち一般人に最も近い存在のひとつ、上映施設に比肩するシネマテークの花形と言えます。二枚看板のちょっと玄人好みする方、とでも位置づけましょうか。

 18時の閉館と同時に図書館から隣の映画館に移動するというのがボローニャにおける映画愛好家の理想の一日ですが、今日の注目すべき上映は22時15分からのエリオ・ペトリ(Elio Petri)監督作品『労働者階級は天国に入る』(La classe operaia va in paradiso、1971年)です。こういう一日はボローニャ中心から見たチネテカの真反対側に住む映画愛好家を苦しめます。切り売りのピッツァでも齧りながらどうしようか考えましょう。

 少し先になりそうですが、またいつか、図書館の名前にもなっているレンツォ・レンツィ(Renzo Renzi)とチネテカの誕生について書く予定です。

 写真は2006年の修復復元映画祭(Cinema Ritrovato)の時の図書館の様子です。普段僕たちが利用している机が撤去され、古本市が開催されました。もちろん映画の本の販売で、一緒に並べられている古い映画のポスターなどが、貧しき映画愛好家の両の目を良くも悪くも涙で一杯にしました。

※オールドファッション幹太のブログ  KANTA CANTA LA VITA