京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

DVDに学ぶ その2

 ボローニャシネマテーク「チネテカ・ボローニャ」にある映画館チネマ・リュミエールはクリスマスも年末年始も営業しています。唯一の休業は、ボローニャの夏を飾る野外上映が終わったあとの約3週間ほどの夏休みだけといった具合に、なにかにつけ休みたがっているようにしか思えないイタリアという国にあっては、あるいはその存在自体がひとつの奇跡であると言っても過言ではないように思われます。とは言っても、学ぶべきことの多い学生の身にあっては年間340日以上毎日通い続けるわけにはいきませんし、実のところそうしたいけれども叶わないのが現状なのです。体調の問題もありますし、お金の問題もありますし、机に座って勉強しなければならないこともあるのです。プログラムが既見の場合もあります。さらに期間は短いとは言えチネテカが閉まっていることだってあるのです。そういう時はどうするか。便利な世の中です。家に居ながら映画を観ることができるのです。結局チネテカに行かなくても映画を観てシネマテークについて考えていることにそう違いはなく、そんなわけで「シネマテークにしねまっていこ」と銘打ちながら前回に引き続き、とあるDVDセットについてのお話。

 さて、前回紹介したDVDセット『ポンペイ最後の日』を最初にみつけたのは、ボローニャの中心マッジョーレ広場に隣接する市立図書館の陳列棚内でした。この図書館では、書籍のみならず、音楽ソフト(CD)や映画ソフト(VHSとDVD)も無料で借りることができ、しかもその所蔵作品の充実振りは、日本の某レンタルショップで働いていた身には無料であることを疑ってしまうほどです。図書館biblioteca(「本biblio-の所蔵庫-teca」の意、転じて「本を貸し出すところ」)であると同時に「(作品としての)映画filmの所蔵庫」、転じて映画作品を貸し出すところとしての映画館 filmo-tecaでもあるわけです(用語に関してはコラム第2回を参照ください)。無料で様々な作品を借りることができるとあって、開架式の陳列スペースは日頃からなかなかの賑わいを見せ、1週間という貸し出し期間があるにもかかわらず、観たい作品がいつもレンタル中であったり、人気作品はほとんど争奪戦の様相を呈しますし、反面、思いがけないところで思いがけない作品に出会ったりすることもあるわけで、それがまた楽しかったりもして、実のところ今回取り上げている2枚組みDVD『ポンペイ最後の日』はそうした期待していなかった発見のひとつだったのです。
ポンペイ最後の日』は、監督名アルファベット順に配置されている棚の「セルジョ・レオーネ(Sergio Leone、写真上)監督」コーナーで発見しました。おや、ちょっと待ってください。イタリア映画やマカロニ・ウェスタンを好んで鑑賞する方でしたらお気づきでしょう、『続・夕陽のガンマン/荒野の決闘』(Il buono, il brutto, il cattivo/Sergio Leone/1966)や『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(Once upon a time in America/Sergio Leone/1984)などの作品で巨匠の仲間入りをしているセルジョ・レオーネの監督作品フィルモグラフィに『ポンペイ最後の日』は含まれていなかったはずです。ボブ・ロバートソンBob Robertsonという偽名を使ったこともある監督ですが、いずれにせよ一般に知られているその監督処女作は『ロード島の要塞』(Il colosso di Rodi/Sergio Leone/1961)のはずですし、それ以前の関連作品としてはヴィットリオ・デ・シーカ監督作品『自転車泥棒』(Ladri di biciclette/Vittorio De Sica/1948)へ端役として出演したこと、ウィリアム・ワイラー監督作品『ベン・ハー』(Ben-Hur/William Wyler/1959)に助監督として参加したことが知られるくらいだった記憶しております。可能性としてはセルジョ・レオーネが何らかの形で制作に関わったがゆえの「レオーネ関連作品」であること、またその意味で「後の巨匠レオーネが参加した作品」であることとその知名度を利用して売り出された商品としてのDVDであることが考えられます。

 DVDを手に取ると(上の写真がパッケージ表面。クリックすると大きくなります)、表面上部の「セルジョ・レオーネの最初の作品(IL PRIMO FILM DI SERGIO LEONE)」という言葉が何よりもまず目に入り驚きました。完全に「レオーネの作品」と言ってしまっています。少なくとも商品のキャッチ・コピーとしては「レオーネの作品」なのです。知る限りにおいて役者デビューでもなければ制作(製作)デビューでもない、まして初監督でもない映画作品への「初めて」の関わり方とは一体なんなのでしょう。とにかく公然と「最初の作品」を謳えるほどの関わり方なのでしょう。

 パッケージで次に目を引くのは、ヴェスーヴィオ火山の噴火を思わせる星型を背景に記された「オリジナル・ネガからのディジタルによるリマスタリングと修復(REMASTERIZZATO e RESTAURATO in DIGITALE dal NEGATIVO ORIGINALE)」という文字列。日本ではどちらかと言えば音楽関連でよく耳にし、目にするこの「リマスタリング」という言葉、「リ(再)・マスタリング」と言うからには「マスター」があるはずなのにそれが何なのかわからないことが多くて、やや不信感を抱く言葉ですが、このDVDでは、「オリジナル・ネガ」という風に、いまいち良く判らないながら、少なくともオリジナルであるはずの「マスター」の存在が明記されています。いずれにせよ、元があって、それを修復なり復元なりすることによって、新しいマスター、新しいオリジナルを作ったということは示されています。

 さらにこのDVDの3つめの目玉として、セルジョ・レオーネの最初の作品らしい本編『ポンペイ最後の日』に加え、特典ディスクとして「1913年のマリオ・カゼリーニ監督作品の完全バージョン(LA VERSIONE INTEGRALE DEL 1913 DIRETTA DA MARIO CASERINI)」まで封入されていることが記されています。同作品のワン・シーンと思しきフォトグラムも着色されてささやかながら添えられています。

 パッケージ上部の「セルジョ・レオーネの最初の作品」に対して、下部には「作家の映画Cinema d’Autore」とあります。作家主義が非常に意識されます。やはり作品の作者としてセルジョ・レオーネフィルモグラフィーに加えるべきなのでしょうか。

 いやいやどれだけ大盤振舞いしてくれるのかと半信半疑ながら、パッケージ裏面(写真上。クリックすると大きくなります)に目をやり、そこに記される商品仕様(写真下。クリックすると大きくなります)を見てほとんど興奮状態に陥ります。マリオ・ボナール(Mario Bonnard)監督作品でありながらセルジョ・レオーネの最初の作品である1959年版『ポンペイ最後の日』を収録するディスクその1では、依然不明ながら「オリジナル・ネガからディジタル化」された映像を公開当時の「画面比率2,35:1で収録」されているとあり、復元に際して「差し替えられたタイトル・クレジットとラスト・シーン」が特典映像として加えられています。出ました、「差し替え」。どういうことでしょう? 特典映像はさらに続き、主演の「スティーヴ・リーヴス(Steve Reeves)のスティル写真」、「オリジナルのポスター画像」、「オリジナルの宣伝映像」、「(誰か知らんの)略歴と関連作品」を見ることができるようです。マリオ・カゼリーニ監督作品を収録するディスクその2は「現存する最良の35mmプリントを新しくディジタル化」したものと記され、次いで「正しい映写速度」、「イタリア語によるインタータイトル」、「調色されたオリジナル・シークエンス」を含むとあります。伴奏は、「このエディションのためにクリスティアン・クトゥーリ(Christian Cutuli)によって作曲された音楽」が付くようです。画面サイズは「1,33:1のフル・フレーム」とあります。

 パッケージだけでどれだけ楽しませてくれるのですか、『ポンペイ最後の日』。
 詳しいことが良く判らないながらもこのDVDに巡り逢えたことを大喜びしている僕は、そうした作品情報を読みながら、すでに貸し出し用カウンターへと嬉々としてその歩みを進めていました。夕刻の混雑です、順番待ちをしながらさらに製品情報に目を走らせます。裏面では仕様の表記のみならず文章による解説も記されており、そこでは物語背景を説明した後で曰く、

 …この商品は、マリオ・ボナールによって撮影開始され、その後実際にはセルジョ・レオーネによって監督されることになる名作の特別エディションであり、イタリア大衆映画の代表作である本作品を古き良き輝きとオリジナルの完全な状態にもとに甦らせます。そこではすでに、スペクタクルの演出と圧倒的な群衆の監督術においてレオーネの独自のスタイルを目撃することができるのです。
 さらにこのDVDセットの完成度を高めるべく、特典ディスクでは、マリオ・カゼリーニ監督によるイタリア無声映画の試金石とも言うべき作品(1913年)を当時のバージョンで収録しております。多数の同名映画作品とテレビ作品が製作されているにもかかわらず、今日においても依然頂点を極める2つの代表作を収録したコレクターズ・アイテムであり、最新ディジタル技術によって完全に修復された作品の、イタリア国内初のソフト化です。

とあります。エディション、オリジナル、スペクタクル、スタイル、バージョン、コレクターズ・アイテムなどとやたらと片仮名の多い翻訳ですが、翻訳したのは僕であるとは言え、パッケージの説明を読むだけでは結局のところ良く判らないという雰囲気は出ているのではないでしょうか。セルジョ・レオーネが実際は監督した、と何かヒントを与えてくれていますが、説明書きというよりは意味不明ながらも魅力的な言葉の羅列で、少なからぬレンタル欲をそそりますし、その意味においてひとりの映画小僧の心を完全に「キャッチ」し、そのキャッチ具合はレンタルでは飽き足らず、インターネットでの商品購入を決意させるほどだったのです。
 さて、いまだDVDの再生前にもかかわらず、パッケージだけでひとしきり楽しんでしまった感はありますが、謎も多く残りましたので整理してみましょう。まず、セルジョ・レオーネの最初の作品なのかということ。監督交代劇があったとは想像できますが明らかにはなっていません。次いで、オリジナル・ネガからのリマスタリングについて。映画にとってオリジナル・ネガ、あるいはマスターとは何なのでしょうか。さらに、マリオ・カゼリーニ監督作品の完全版について。そもそも映画において完全版とは何を指すのでしょう。また、DVDの仕様や特典の説明についてもパッケージでは箇条書きされるのみで、その説明は不十分に思えますし、商品の魅力を伝えるキャッチ・コピー的解説は一人の消費者の獲得に成功しているとは言え、あくまでキャッチ・フレーズの域を超えません。やはり、映画について考える上で作品を観ずして語るということは如何せん無理があります。というわけで、次回はいよいよ、収録の2作品を楽しみ、特典映像に目を通した後で、このDVDセットが作られた背景のようなものを探ることによって映画というものについて考えてみようと思います。  (つづく)