京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

A級散歩都市フラスカーティ(前振り)    (旧ウェブサイトコラム『ローマで夜だった』 )

 連日フラスカーティ(Frascati)である。どういうわけだか知らないが、今年に入ってローマのどの繁華街よりも行政区域の異なる隣町フラスカーティのほうが車で行くと近いという事実に一驚を喫して以来、どうやら僕は精神的には住民票をかの町に移してしまったようなのだ。

 無論、ローマは魅力のある町である。いくら遠いとは言え、当然ながら僕は頻繁に足を運んでいる。ただ、こうして古都の新しい僻地(つまりは郊外の新興住宅地)に居を構えて一年半が過ぎると、さすがに所謂観光地は踏破しているし、僕がチェントロ(centro)と呼ばれる雑踏に足を踏み入れるのはローマでしかできない用事があるときに限られるようになってきた。例えば国立シネマテークに行くとか、市立映画の家に行くとか、ODCのお宝アーティストであるシルヴァーノ・アゴスティ(Silvano Agosti)氏の経営する映画館に行くとか、あるいは品揃えが抜群に良くて新たなるお宝アーティスト発掘には持って来いの本屋に行くとか、そういうことである。用事は映画と本しかないのかと言われると、悔しいので何か他のことを付け加えたくなるのだけれど、差し当たって他に思いつかないところを見ると、僕をしていそいそとダウンタウンへと駆り立てる用事というのは基本的にアセテートパルプに関するエトセトラに終始しているらしい。これはこれで我ながら「これでいいのか、一介の若者として」と一考に値する重要なテーマとなるのだろうが、そういう問いはひとまず先送りすることにして、逸れすぎた話題を軌道修正することにしよう。
 
 ともかく、ローマの街中へ向かうのは特別な用事があるときなわけだ。では、もっと日常的な用事で外出する際に、僕は一体どこへ向かうのか。例えば食料品や日用雑貨の買出し。これは我が住まいの位置する都市周縁部の得意分野とするところで、何しろ旧市街には収まりきらない郊外型ショッピングモールがそこかしこに点在しているので、車をちょいと走らせればそれで事足りる。ローマ中心部にもフラスカーティにも赴く必要がない。しかし、これではほとんどどこへも出かけていないに等しい。「じゃぁ、なんなんだ、君はいつフラスカーティへ行くんだ。連日フラスカーティだと書いたところじゃないか」と遅々と進まない話題のせいで読者に業を煮やされては身も蓋もないので、さすがに本題に入らなければなるまい。僕が何をしにフラスカーティに足繁く通いつめるのか? 日用雑貨の買出し以外の日常的な用事とは何か? かいつまめば以下の三つに分類されるので、とりあえず列挙しておこう。

 ・散歩
 ・現在封切り中の映画鑑賞
 ・本屋での軽い立ち読み

 こうして書き出してみると、用事の三分の二がまたしてもアセテートパルプに依存していることに我ながらハッとしてしまいはするが、とりあえずそれはそれとしてまた問題を先送りすることにして、やはり概して多くの方が気になるのは散歩という項目ではなかろうか。散歩というのはてくてくぶらぶらするものであって、わざわざ車に乗って移動してまですることではないだろうと。反論の余地は皆無である。まったくもってその通り。それは僕だってできることならのらりくらりと自宅を兼ねるこのローマ支部周辺をそぞろ歩きたいものである。そう願ってやまない。ただ、その一方で、爽やかな風が頬を撫でる透き通った朝や、穏やかな陽光に包まれたうららかな午後や、夏も近いのにからっとした愛すべき地中海性気候の夜を、B級の散歩コースで台無しにしたくはないという思いが僕を支配するわけだ。そうやって僕は飽かずくたびれた愛車に鞭打ってフラスカーティへと続く急勾配を鼻歌交じりに上っていくことになる。

 では、どういった了見でフラスカーティがA級散歩地区に指定され、ローマ支部界隈がB級に甘んじることになるのか? 果たしてその分水嶺はどこにあるのか? その辺の事情については次回のコラムで開陳する予定である。フラスカーティの魅力を紹介すると前回書いておきながら、結局今回も足を踏み入れることなく脱稿の運びとなってしまった。尽きたのは紙面ではなく気力である。今回は反省の念を抱きつつ読者諸兄とお別れすることにしよう。英気を養うために、僕は兎にも角にも散歩に出ることにす