京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

特別寄稿 「チネチッタにちねちったった」 〜オールドファッション幹太のチネチッタ訪問記?〜  

「ちねちったる」
【ちねちったる/チネチッタる/CINECITTÀる】 動詞 ラ行五段活用
*地域によって、稀に「きねちったる」 
*しばしば以下の①〜⑤のみが言葉の持つ意味と捉えられがちだが、近年「チネチッタに関する全ての行為」を示す動詞として用いられる傾向にある
①[チネチッタに]行く
②[チネチッタで]門前払いを喰らう 
③[チネチッタの]外周道路をうろつく 
④[チネチッタの]近所のバールでビールを飲む
⑤(稀)[チネチッタの]近所で映画的体験をする
(キンスキーナター社出版『映和大辞典』*1より)

 先月、大阪ドーナッツクラブローマ支部で、在イタリアメンバーによるODC会議がありましたので、ボローニャ支部を代表して参加して参りました。ローマ支部在住のポンデとファンシー、同支部のエースハムエッグ、ヴェネツィアからやってきたシナモンと一堂に介す機会はこれからもそう多くはないように思われ、充実した会議を持つことができました。

 さて、ローマ支部が、映画の都チネチッタ(Cinecittà)の極めて近所、地下鉄にして隣駅にあることは、メンバーが折に触れ記してきたとおりです。駅名としても知られる「チネチッタ」。ローマを訪れることは今回の留学期間を通じてこれが最後になる予感がしましたので、チネチッタ見学を敢行した次第です。

 愚コラム『シネマテークにしねまっていこ』の賢明なる読者の皆様であれば、すでに今回の寄稿のタイトルが同コラムの物真似でしかないことは、ここで改めて申し上げるまでもないことでしょう。映画の都を語らずして、なにが「しねまっていこ」なのだと自らに拍車をかけ、今これをしたためております。

 なぜ、拍車を必要とするか。結論から申しまして、見学はしておりません。チネチッタには行ってきました、その門前まで。ご存知のように、チネチッタは現在も稼動しているれっきとした撮影スタジオで、許可のない一般人は入場できません。東映太秦映画村のようなテーマパークではないのです。堅牢な門の前、その内部を映像として見ることのできる3本の映画、『ベリッシマ』(Bellissima、Luchino Visconti、1951年)と『われら女性』(Siamo donne、Roberto Rossellini他、1953年)、『フェリーニのローマ』(Roma、Federico Fellini、1972年)に想いを馳せました。入ってもいないのに、たくましい想像力と頭上のCINECITTAの文字で、普段以上に具体的なイメージを大いに楽しみました。

入れないと判った以上(もちろん来る前から知っていましたが)、長居は無用です。記念撮影(写真上)をして、散歩も兼ねて外周を回ってみることにしました。散歩するには暑過ぎる真昼のローマ。*2しかし、歩き始めて程なくして、僕の心はそれ以上に熱くなっていました。「おいおい、なんだよ、あれは間違いなくスタジオだろ!」(写真下左)、「うおっ、あの銅像! うそ臭いのに本物に見える!」(写真下真ん中)、「なんだよ、壁かと思ったら書割じゃないか!」(写真下右)。入ってもいないのに十分楽しませてくれるチネチッタです。


 これでフィルム缶やせめてフィルムの切れっ端でも落ちてたら最高なのだけれどなあ、などと欲を出してみましたが、もちろん、そんなはずはありません。厳重に管理され警備されている証でしょう、所々途切れているとは言え、洋服にも見える布地がひっかかったりした鉄条網が威嚇します。映画好きでなければお薦めできない散歩の、その所要時間(約1時間)が明らかにするのはその敷地面積の広さです。本当に僕は、先の門前まで帰れるのか心配になりました。

 書割の骨組みばかり見て飽き始めた頃にそれさえも見えなくなり、壁の隙間から覗き込んでしかスタジオの外観が見えなくなった頃、ようやくもと居た場所に戻ることができました。しかし、散歩という名のチネチッタ(周辺)散策は続きます。チネチッタの前を走る道を挟んだ斜め向かいには、世界に名だたる映画学校「映画実験センター(国立映画学校)」(Centro sperimantale del cinematografia、別名Scuola nazionale di cinema)があります。ローマのシネマテーク「国立シネマテーク」(Cineteca nazionale)のアーカイヴなどもここにあるはずです。国立シネマテークは本来、映画学校の学生用の上映施設だったと聞いたことがありますが、その上映施設は遠く離れたローマ市の中心トレヴィの泉の側にあることは、この学校の立地を考えれば仕方ないことでしょうか。*3

 もちろん、映画にエンドマークがあるように、散歩にも終点があります。今回の僕の場合は、チネチッタの名を冠したバールでした(写真下)。映画スターの写真で飾られた店内で飲むビールは抜群で、熱気で火照った身体を冷やしはしますが、むしろ心は燃え盛るばかりです。それとともに襲われる若干の後悔。なぜ僕は、ビールなんか飲んでる。準備さえしていればアーカイヴ見学くらいはできたものを! まあこれは、次回ローマを訪れるための目的として、取って置きましょう。ローマ訪問の目的が観光ではなく、アーカイヴ見学であれば、いくらか映画関係者みたいじゃないですか。

 おばさんにご馳走様を言い、店を後にします。相変わらずの日差し、煙の臭い。煙の臭い? 撮影のために何か燃やしているのでしょうか。違いました。バールの前のゴミ箱が炎を上げて燃え盛っていたのです(写真下)。おじさんが叫びます、「俺は知らねえぞ!」。撮影スタジオが目の前にあるのに、奇特な監督がロケ撮影でもしているのかと思ってしまうほど、映画的にドラマチックな一幕でした。

 気が付けば隣駅まで歩いていました。映画製作会社イスティトゥート・ルーチェ(Istituto Luce)の昔の建物*4のあるスバウグスタ(Subaugusta)駅です。この駅周辺は、イタリア映画とチネチッタとローマの映画人を解説してくれる看板(写真下左から3枚)が目を楽しませます。歩道やベンチはフィルムのデザインで仕上げられています(写真下右)。取ってつけたような印象はありますが、間違いなく「映画の都」のすぐ近所にいる実感はありました。


 しまった。チネチッタ駅の写真を撮っていない。しかし、体力が限界に近づき、燃え盛る心は、先の火事と同様に鎮火したようです。時を同じくして、デジタル・カメラの充電も切れてしまいました。まあ、良しとしましょう。駅の写真は、僕がこのまま、否、今以上に映画に関わって生きていけば、いつかは間違いなく撮りに来ることができるはずです。コロッセオの写真ではなく、地下鉄のチネチッタ駅の写真を撮りたがるのは、未来の映画関係者らしいでしょう? 

 地下鉄に乗り込み、テルミニ駅を目指しました。僕にとってのもうひとつの映画の街ボローニャ行きのチケットを買い、パンを齧りながら出発を待ちます。外周を回っただけとは言え、チネチッタの面白さを垣間見た気がして納得していました。ひとまず満足です。 

 さらばローマ、映画の都。また来るよ。うん、もうひとつの映画の街ボローニャには、僕からよろしく伝えておくからね。

=後記=
 非常に表面的で情けない報告です。ところが今回のこれは、これで良いと思っております。なぜならチネチッタ内部に関しては、ODCメンバーで唯一チネチッタ内部への潜入に成功したファンシーゆずが、僕とは違った内側からの視点でチネチッタについて書いているからです。相互補完として、よろしければそちらも参照ください。僕がチネチッタ内部から記すにはもう少し時間がかかりそうですから。

※オールドファッション幹太のブログ  KANTA CANTA LA VITA

*1:いつもの悪意のない冗談です。

*2:ローマの日差しについては、ファンシーゆずの6月15日付けのコラムでも触れています。

*3:この地域における、チネチッタ以外の殺伐とした風景は、ポンデ雅夫が記しております。チネチッタの向かい側にも、撮影用かと見紛うばかりの草原が広がります。「ちょっと映画でも」、などという軽い気持ちでは訪れることのできない地区に僕には思われました。チネチッタの門までたどり着くのにも、決意や覚悟、その類のものが必要です。

*4:現在は、ローマ市第10区区役所が使用しています。