今回はイタリアの政治思想家ニコロ・マキアヴェッリ(Niccolò Machiavelli)の『君主論』(Il principe)を読んで、思うところを書いてみたいと思います。マキアヴェッリの『君主論』。あなたがもし、将来、どこかの国の大統領になろうと考えているなら、彼のアイデアは参考になるかもしれません。
『君主論』は1532年(マキアヴェッリの死後)に出版されたもので、15〜16世紀のイタリア混乱期において、いかにして君主はその支配を維持すべきか、について現実主義的立場から書かれたものです。政治からキリスト教倫理を分離した点で、近代政治の父とする見方もあります。
しかしながら、その内容があまりに不道徳なものであるため、一般的に「悪徳の書」という烙印を押され、彼の思想を支持する人たち、つまり「マキャベリスト」という用語は、否定的な含意で用いられています。目的のためには手段を選ばない権謀術数の書であると。なるほど、マキアヴェッリとはなんとも評判が悪いやつらしい…。
ただ、その一方で、当事のイタリアの混乱状態(構造的要因)を考えれば、合理的で納得のいく考え方だという見方もあります。というのは、当事のイタリア半島には、マキャベリが生まれたフィレンツェ共和国をはじめ、ヴェネツィア共和国、ミラノ公国、ナポリ王国、そしてローマ教皇領がそれぞれ互いの領土を窺っていました。まさに群雄割拠の時代であり、語弊があるかもしれませんが、日本の戦国時代のような状態だったのです。そうした状況において、自国の安全を確保するにはモラルの制約も止むを得ない、という態度が求められたのも確かかもしれません。マキアヴェッリは言います。「生々しい真実を追え、理想を追い、現実を見逃す者は破滅する」と。
まぁ、とりあえず彼の評価は置いといて、『君主論』の内容を見てみましょう。全部は書けないので、(個人的な解釈かもしれませんが)「重要」なところを抜粋してみます。
まず、「傭兵軍や外国支援軍は危険だ」ということ。彼によると、傭兵軍は単なる給料目当てであり、無統制で野心的、忠誠心がなく、すぐ怖気づくとし、イタリアの没落は傭兵に頼ってきたからだと指摘します。また外国支援軍は、傭兵軍とは逆に結束力があり勇敢であるため、君主を脅かす力をもつ危険があるといいます。つまり、傭兵軍も外国支援軍もどちらも危険だと。で、一番いいのは、自国の強力な軍隊をもって自分の安全は自分で守ることだといいます。「他人の武器は役に立たない」のです。
つぎに、対外政策に関しては、「戦争は避けられない。尻ごみしていれば、敵方を利する」とし、「時を待てば、良いことも悪いことも運んでくる」と説明。つまり、外に危険があれば、その芽を早目に摘み取っておくことが求められます。さらに、「軍事的関心を主任務とせよ」、「旗幟を鮮明にせよ」、「仮想の敵をつくり、それを克服して勢力を拡げよ」、「加害行為は一気にやってしまえ」とも述べています。怖いですね。
つづいて、君主の民衆への態度について。君主は民衆から「憐れみ深い」と思われるよりも「冷酷だ」と思われた方がよいといいます。なぜなら、冷酷さが自国領民を結束させ、忠誠を誓わせ、秩序を生むからです。さらに、君主は「愛される」よりも「恐れられる」方がいい。これは、恩義の絆で結ばれた愛情などは、自分の利害がからむ機会がやってくると、たちまち断ち切ってしまうが、一方、恐れられている場合は、処刑の恐怖がつきまとうため、見放されることはないからです。「人間は恐れている人より、愛情をかけてくれる人を傷つける」とも指摘します。要するに、「あの君主に逆らわない方がいいぜ」、と民衆が思ってくれれば大成功なわけで、それが「秩序」と呼ばれます。したがって、民衆は君主に逆らわない方がいいでしょう。マキアヴェッリによれば、「民衆は頭を撫でるか、消してしまうか、どちらかにすべきだ」というのですから。君主には逆らわず、娯楽に興じている方が身のためです。君主はそれなりの娯楽を提供してくれるでしょう。なぜなら、君主は「祭りや催し物を適時開き、民衆の心をそれに夢中にさせよ」というのですから。君主(指導者)っていい人ですね。
こうした一連のマキアヴェッリ思想の根底にあるのは、人間の性質へのペシミスティックな見方です。彼はつぎのように言います。「人間は恩知らずで、むら気で、偽善者で、厚かましく、危険を恐れ、欲得には目がない」、「人間は父親の死は忘れても、自分の財産の喪失は忘れがたい」、「領土欲はきわめて自然な欲望」、「人間は邪悪なもの、信義を守る必要はない」と。
以上、マキアヴェッリ思想の断片を簡単に並べてみました。
在りもしないユートピアだけを想い描くのは問題でしょう。しかしながら、マキアヴェッリが描く人間の世界では、戦争は常に必然となります。みなが知っているあの戦争もこの戦争も、起こるべくして起こったのです。
もしかしたら、現代の国の指導者たちは未だに、外交政策を練るとき、彼らの本棚から16世紀に書かれた『君主論』を取り出しては参考にしているのかもしれません。そして、彼らは心に刻みます。
「生々しい真実を追え、理想を追い、現実を見逃す者は破滅する」