京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

やっぱりシネマテークにしねまっていこ Lasciami stare!(前編) 〜ほっといてくれ、今は思い出に浸っていたいんだ〜 

 前回、いわゆるボローニャの旧市街地(旧城壁の内側)には、われらがチネテカ・ボローニャを含め、11の映画館があることを書きました。どうせ映画館が家から遠いのならば、そして、遠すぎて本物のスクリーンと対面できないのであれば、あくまで徹底的に遠い、記憶の中の映画館について、今日は振り返ってみようと思います。思い出というフィルムを、WORDソフトの銀幕に映写してみるのもたまには良いでしょう。

 遠いボローニャのものであるとはいえ、映画館を記憶の中の存在にしてしまうのは不本意ですが、「映画を保存するのは人々の記憶だ」などという、脳内ハードディスクに若干の不具合を抱える僕にとっては冷や汗ものの言葉も叫ばれることですし、記憶という名のシネマテーク、記憶という形を採った映画の保存倉庫へ、今回は旅してみましょう。ボローニャの記憶にしねまっていこ!

 街の東側、マッジョーレ門の程近い「ローマ・デッセー」(Roma d’essai)は、僕の家から一番近く、近所に友人も住んでいたことから何度か足を運んだ映画館です。ここで見たエルマンノ・オルミ(Ermanno Olmi)の「100本のくぎ(訳は筆者)」(Centochiodi、 2007年)はとても気に入って、日本での公開が待たれるばかりです(有楽町のイタリア映画祭で見たい気もしますが、あそこで見るということは、あそこでしか見れないという可能性を内包していることも考えなければなりません)。チネテカの図書館にばかり通っていた僕は、この作品に映された図書館がボローニャ大学のそれであることに気づかず、鑑賞後に日本人の友人に教えられたという苦い経験もあります。当時、チネテカでもオルミ特集をやっていたんですけれど、どうやらオルミ監督と僕は女の子の好みが近いらしい。「就職(訳は筆者)」(Il posto、1961年)や『婚約者たち』(I fidanzati、1963年)の女優陣には、かなり個人的にではありますがベストキャスティング賞をあげたくらいです。

 「リアルト」(Rialto studio、画像左)は、街の南部、この映画館に行くこと以外には特に用事がない地区にあります。宮崎吾朗監督の『ゲド戦記』(2006年)を見ました。衝撃的だったのは、上映室に僕が入ったとき、客はひとりもなく、それは灯りが消えた後も続き、本編がとっくに始まりしばらくした後で、年配の男性が入ってきたことでした。しかもこの男、上映中もしょっちゅう席を替え、うろついています。こっちは日本のアニメーションをイタリア語の吹き替えで見るという得がたい経験をしている最中なので、腹が立つ。出て行かないかなあと思っていたら、作品が気に入らなかったのか、僕が気に入らなかったのか(!)、男はエンディングを待たず退場し、晴れて再び上映室が明るくなるまで、客は僕はひとりでした。僕のための上映。ひとりのシネフィルの、悲しみを含んだ喜びの経験でした。ここでイッセー尾形の『太陽』(Solntse、アレクサンドル・ソクーロフ監督、2005年)を見たかったのに、渡伊直後は恐ろしくお金がなくて断念したことも、今となっては忘れがたい思い出です(その反動か、その後、チネテカで2回見ました)。

 第2の我が家であったチネテカを除けば、ボローニャで初めて訪れた映画館は、大学地区に程近いオデオン(Cinema Odeon、画像右)です。あれは2005年のクリスマスイブ、ボローニャでの暮らしを始めて1ヶ月が過ぎた頃でした。作品は、イタリアでの公開後間もなかった『ブロークン・フラワーズ』(Broken Flowers、ジム・ジャームッシュ監督、2005年)。エンドロールまでを見終えて、上映室が明るくなったとき、残った客は僕ひとりだったことを覚えています。キャストやクレジットが画面に現れる瞬間を終幕と思っている人がイタリアには多いのだということをこの先何度も実感する、その最初のできごとでした。このオデオンがおもしろいのは、入り口を入って右に、ガラス張りの映写室を見れることです。しかもここの映写機は、リールが2個ついた普段よく見るタイプではなく、映写機の背後に巨大な円盤が回っていて、そのお皿のような円盤の上で軸もリールもなくフィルムがこれまた巨大な同心円を描いている、そういうタイプです(名前は知りません)。トリノの映画博物館でもこのシステムは見ることができますが、よりお手軽に紋切り型の映写機のイメージを覆すことができる点で、僕はこのオデオンを気に入っています。どうやらこのオデオンの上の階には一般人が住んでるらしく、鑑賞後にはそこでの生活を想像したりして帰途についたものです。興味深いのはそれだけにとどまらず、4つもスクリーンを持ちながら、よくあるアメリカ資本のシネコンとは一線を画しているという点です。ナンニ・モレッティ(Nanni Moretti)の長編デビュー作『青春のくずや〜おはらい』(Ecce bombo、1978年)のリバイバルもここで見ましたし、僕の帰国後には、宮崎駿の『ルパン三世カリオストロの城』(1979年)なんかやってました。今も、モレッティ出演・脚本の『穏やかなカオス(訳は筆者)』(Caos calmo、アントネッロ・グリマルディ監督、2008年)が上映されています。

 「チャップリン」(Chaplin)は、その名が示すとおり内装にチャールズ・チャップリンがフィーチャーされた素敵な映画館です(画像左下)。窓口の女の子は、館内の写真撮影にも気持ちよく応じてくれました。この映画館で特筆すべきは、これまでに経験したことのないタイプの上映室の構造です。スクリーンに対して後ろの席の方が、前より低い映画館というのは、これまで少なからぬ映画館に旅しましたが、今のところチャップリンが唯一です(画像右下)。館名が示すのは、その不世出の上映室構造なのでしょうか。ここで見たのは今敏監督の『東京ゴッドファーザー』(2003年)で、ちょうどヴェネツィア国際映画祭では同監督の『パプリカ』(2006)がコンペティションを騒がせていた頃だったと思います。チネテカであまり日本の映画を上映しなかったので、ほとんど必然的に一般館での邦画上映には駆けつけました。日本の映画をイタリア語で見る経験もおもしろいですが、ふだんイタリア映画の100%の理解が不可能性に甘んじている分、日本を舞台にした日本の映画ではその日本性を独占した気になって喜んでおりました。イタリア人が笑わないところで笑ったりしてね。上映には参加できませんでしたが、別の映画館では大友克洋監督の『スチームボーイ』(2003年)も上映されていました。イタリアでも日本のアニメーションは大人気なのです。  (つづく)