京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

トラブルの種ほどよく芽吹く (旧ウェブサイトコラム 『イタリアの小噺バルゼッレッテ』)

 先日厚揚げを買おうと思い、千林商店街を歩いていると、たまたまカギ屋さんの前を通りがかり、ちょっと中をのぞいてみると、とても豪華でエレガントな南京錠を売っていた。こりゃいいな、ちょっと欲しいなと思ったが、わりといい値段がしたし、わざわざ南京錠を買ってまで守るものなんて別にないと気づく。まったく、冷静になってよかったよ。財布だけ立派で中身が貧弱というのは実にみじめなものだからね。誰か僕の通帳を見てくれればわかるが、ほんとうに貧弱な通帳なんだ。昔、島田伸介がもてたいと嘆く山田花子に「自分の貯金通帳の残高を顔に書いておけ。そうすればもてる」とアドバイスしていたが、僕の貧弱な残高ではそれもままならない。
 こりゃいかんなあと思いながら、豆腐屋で厚揚げを購入した帰り道、古本屋に立ち寄ったところ、山崎えり子著『節約生活のススメ』(飛鳥新社、1998年)を発見。いっとき話題になった書籍なので僕もその名前に聞き覚えはあったが、ちゃんと手にとってみるのははじめてだ。興味をひかれてぱらぱらと読んでみると、「35年住宅ローンを7年で完済!」と、帯のあおり文句からキャッチーだ。中身に目を通すと、「シンプルな生活は、暮らしをダイエットすることから」「無駄な買い物はいっさいしない」「物を上手に捨てるコツ」と、いちいち納得させられる。
 シンプルな生活―つまり、「自分や家族にとって必要なものだけを買い、それをとても大切にし、見栄を張らずに生活を豊かに充実させる」こと。
 交際3年目の彼女のメンスや、30歳を過ぎた頃の頭髪や、本来あるべきもの(あってほしいもの)の不在はとかく問題視されがちだが、「余計なものがある」ことの罪は、逆に見落とされる傾向にある。山崎えり子は、実にいいことを再確認させてくれた。
 まったく、さっき南京錠なんて衝動買いしなくてよかったと心から思ったもんだよ。
 そういえば、我が家にもたくさんのいらないものがあるよなあ。
 よく経済学でも言われるように、在庫は敵なのだ。僕の貧弱な通帳を少しでもマッチョにするためにも、我が家の「いらないもの」をちょっと見なおしてみる必要がありそうだ。
 安いからとダイソーで買ったあまり趣味ではないネクタイ。以前職場の先輩に旅行のお土産としてもらった「ベトナムコーヒーセット」。そして、なによりもいらないのは、西村雅彦のデビューCD『DECO(デコ)』(1996年)だ。この『DECO』はアール・デコのデコなどではけっしてなく、もちろん彼の薄くなった額を揶揄してのもので、シングル盤ではなくアルバムであるところに、三谷幸喜やその他制作陣のなみなみならぬプッシュぶりが感じられる。僕が高校生の頃、当時西村雅彦は「古畑任三郎」の今泉役でブレイクしており、その勢いをかって発売された伝説のCD―これがなぜ我が家にあるのかというと、もちろん買ったからだ。当時僕は三谷幸喜に傾倒していたので、なにか感じ入るものがあったんだろう。買った。そして後悔した。
 よけいなものを所有することで、なにが困るかといえば、それは「誤解を生む」ということだ。   ものはその所有者をあらわす。
 たとえば友達の家に遊びに行って、壁にギターがかけてあれば、「へえ、ギター、好きなんだね」ということになるだろう。
 高級なゴルフセットがあれば、「ゴルフ、好きなんだね」という話になるし、BGMにいつもエンヤが流れていれば、「癒し系、好きなんだね」となるだろう。
 ふつう人は好きなものを家に飾る。
 では、西村雅彦のさっぱり売れなかったCDを後生大事に抱えている僕は、いったい人にどういう印象を与えるだろう?
 気がつくと、古本屋でかなりの時間が経過していた。手に提げた厚揚げもすっかりぬるくなってしまっている。
 持っているだけでマイナスなもの、トラブルの種になるものって、考えてみれば世の中にたくさんあるものだ。
 たとえば、イタリアの小噺(barzellette)に、こういう話がある。

 In vacanza col marito che ama la pesca, la moglie esce in barca sul lago.
 A breve distanza dalla riva, spegne il motore, butta l'ancora e si mette a leggere un libro.
 Si avvicina una Guardia Forestale in barca e le dice:
 "Lei si trova in Zona di Pesca Vietata."
 "Mi dispiace, agente, ma non sto pescando. Sto leggendo".
 "Sì, ma ha tutta l'attrezzatura per pescare. Per quanto ne so potrebbe cominciare in qualsiasi momento. Devo portarla con me e fare rapporto".
 "Se lo fa agente, dovrò denunciarla per molestia sessuale" dice la donna.
 "Ma se non l'ho nemmeno toccata!" dice la Guardia Forestale.
 "Questo è vero, ma possiede tutta l'attrezzatura. Per quanto ne so potrebbe cominciare in qualsiasi momento."
 "Le auguro buona giornata " e la guardia se ne va.

 釣り好きの夫と一緒にバカンスに来た妻は、夫が釣りをしている間、湖にボートで漕ぎだすことにした。
 岸から少し離れたところで、モーターを止め、錨を降ろして本を読み始める彼女。
 すると、ボートに乗った森林監視員がやってきて、彼女に警告した。
 「奥さん、ここは釣り禁止区域ですよ」
 「まいったわね、監視員さん、私釣りをしてたんじゃありませんの。読書してただけなのよ」
 「ええ、しかしこの船には釣りのための装備がついている。これではいつあなたが釣りを始めないとも限りません。とにかく来てください、調書をとりますから」
 「そんな。監視員さん、もしあなたが無理やりにそんなことなさるんなら、私あなたをセクハラで訴えますよ」
 「セクハラですって。私がいつそんなことをしたというんです。私はあなたに指一本触れていませんよ」
 「今のところはね」。彼女は監視員の毛深い腕と股間に目をやった。「でもあなたにはそのための装備がついてらっしゃるわ。これではいつあなたがセクハラを始めないとも限らないでしょ」
 「やれやれ、奥さん、よい休日を」監視員は去って行った。

 家に帰った僕は、早速『DECO』をしまいこむことにした。台所の流しの上に棚があるのだけど、その奥にそっと西村雅彦を安置する。
 ふう、これで僕もシンプルライフ・デビューだとほっとしたのも束の間、今度はパソコンデスクに置いていた、実家からおかんが毎月送ってくる毛はえ薬「薬用グローリン・ギガ」が目に留まる。
 僕の家を訪れる連中は、これを見てどう思うだろうか?
「有北君、育毛、好きなんだね」
 僕は「薬用グローリン・ギガ」を手に取り、そっと、台所の棚の奥にしまいこんだ。
 結果的に、額の禿げあがった男のアルバムジャケットと、毛はえ薬が3本、仲良く肩を並べる空間が出来上がった。なんだこのインテリアは。実に異様な光景だ。これを見られたら、それこそ僕はどういう人間だと思われるだろうか? 僕は決意を込めてその棚を閉めた。けっしてこの扉は僕以外の人間に開けられてはならない。開かずの扉として厳重に封印しなければなるまい。
 さっき見かけた南京錠を買いに行こうかどうか、僕は本気で悩み始めた。