どうも、僕です。
今日、京阪電車に乗ろうと改札に向かっているときに、
頭を綺麗に剃り上げた老人男性とすれ違いました。
僕と彼はちらっと眼があったのですが、その瞬間です。
彼は声も高らかに、中学校の音楽の教科書でもお馴染みのあの民謡を歌いだすではありませんか。
「さんたぁ・る〜ち〜あっ、さんた〜・るち〜〜あぁぁ」
なかなかの歌いっぷりです。
すれ違いざまにこんな熱唱を聞かされれば、誰でもそうすると思いますが、僕は思わず振り返りました。
するとどうでしょう。
彼もこちらを振り向いて、不敵な笑みを浮かべているではありませんか。
「どうだい、なかなかのもんだろう、兄さん」
細めた眼は、間違いなくそう語っていました。
僕はこの風貌から、小学生などによく「はろ〜」などと声をかけられるのですが、お年寄りに母親の祖国の民謡を吟じられたのは生れて初めてのことでした。
淀屋橋へ向かう車中、僕の網膜には、妖しく光る彼のまなこと頭が焼きつき、そして鼓膜の奥には「サンタ・ルチーア」が通奏低音のようにいつまでも鳴り響いていたことは言うまでもありません。
しかし、謎だ。
彼はどうして僕がイタリア人の母親を持つことを瞬時に見抜いたのだろうか…。
この謎を解くには、あの翁と再会するしか方法はないと思われますが、大きな問題は僕がそれをあまり望んでいないことです。
それではみなさん、また非常に近い将来に。