京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

はかりしれない距離問題 (旧ウェブサイトコラム 『イタリアの小噺バルゼッレッテ』)

 往々にして、近すぎる距離というものは、すべてを台無しにしてしまう可能性を秘めた、まさに魔物である。

 「ふるさとは遠きにありて思うもの」とはよく言ったものだ。親しい間柄だからこそ、逆にある程度の距離感覚が必要になってくる。遠いのはいけないが、近すぎてもいけない。人間関係の難しいところだ。しかも親子っていうのは、気に入らないからといって簡単に縁を切ることはできない。そんなに親不孝なつもりはない僕だが、いざ実際に親と顔を合わせてみると、つまらないことで口論をしてしまったり、あるいは単にうるさく感じてしまう。前回帰省したときも、おかんに「わざわざ買ってあげた育毛剤をなぜ使わないのか」と散々に愚痴られ、もめた覚えがある。彼女のあまりの勢いと熱意に根負けして、最近は風呂上がりに使っているのだけど、しかし頭髪のケアくらいは親に口を出されたくないのが人情というものである。
 とはいえ、まあお盆くらいは里帰りもしなければと思っていろいろと調整してみたが、あいにく仕事の都合やらなにやらでうまく時間がとれるかわからない。そこで、少しお盆には早いが少し時間に余裕がある今のうちに、帰省することにした。
 僕は紀州和歌山市の出身なので、帰省とはいっても大阪から電車で2時間もかからない。JR天王寺駅からたった830円の距離だし、そんなに大げさなものじゃないのだ。長崎や山形まで移動しなければならない人たちは気の毒だなあと思いながら、とある平日、ほぼ手ぶら状態で、大阪市内から地下鉄で天王寺駅へ。だけどひとつ誤算があって、せっかく帰省ラッシュの時期を外したのに、ちょうど勤めを終えたサラリーマンたちの帰宅ラッシュに巻き込まれ、たいへんな満員電車に揺られるはめになってしまったことだ。これはちょっとたいへんだった。季節柄、背広を着込んだ会社員たちはえもいわれぬ汗の匂いを放っている。さながら発酵食品だ。チーズか、あるいはよく言って豆腐ようだ。いずれにせよ珍味だ。距離の近さは魔物だという話をさっきしたけれど、満員電車の中でのこういう現実的な近い距離は、ほんとうにご勘弁願いたい。皮肉にも、そんな発酵食品たちはメールで遠距離通信に精を出したりしている。こんなにも近い距離に人々がいるのに、遠くにいる人とつながっていたいというのは、なんだかおかしな光景だ。
 いつものように、つまらないことを考えているうちに、電車は和歌山に到着した。
 距離っていうのは実に難しいものだ。近い距離だけが問題じゃない。距離が遠いことだって、もちろん十分に問題なのである。
 たとえば、イタリアのbarzelletta(小噺)に、こういう話がある。

Una donna manager in carriera, temporaneante per lavoro a Parigi, riceve una lettera dal suo fidanzato che vive in un altro Paese. La lettera diceva quanto segue:
  "Cara Claudia, non posso piu continuare la nostra relazione. La distanza che ci separa e troppo grande. Devo ammettere che ti sono stato infedele 10 volte da quando te ne sei andata e penso che ne tu ne io meritiamo questo. Mi dispiace. Per favore restituiscimi le foto che ti ho mandato. Con affetto, Roberto"
  La donna, molto ferita, chiese a tutte le sue colleghe di lavoro che le regalassero foto dei loro fidanzati, amici, zii, cugini, fratelli ecc. Insieme alla foto di Roberto mise tutte quelle regalatele dalle amiche. C'erano 57 foto nella busta e una nota che diceva:
  "Roberto, perdonami, non riesco a ricordarmi chi cazzo sei. Cerca la tua foto nel pacchetto e restituiscimi il resto."

 女は仕事でパリにしばらく滞在していた。ある日、遠距離恋愛中の彼氏から、彼女の元に手紙が届いた。
 「やあ、クラウディア。実はさ、僕たちの関係を終わりにしたいんだ。距離って、魔物だね。言いにくいんだけど、僕、きみがパリに行っちゃってから10回は浮気をした。それはきみのせいでも僕のせいでもないと思うんだ。こんなことになっちゃって残念だよ。でさ、きみが持ってる僕の写真を、送り返してくれないかな。もうきみには、必要ないだろ? よろしくね。ロベルト」
 彼女はとても傷ついて、同僚たちすべてに声をかけ、彼女たちの婚約者やおじさんやいとこや兄弟、いろんな男性の写真を貸してもらった。ロベルトの写真と合わせると、全部で57枚。彼女はそれらの写真をすべて封筒に入れて、短い手紙を添え、ロベルトに送った。
 「申し訳ないんだけど、ロベルトっていうチンカス野郎の顔が、どうしても思い出せないの。自分の写真を探して、残りを送り返してくれないかしら?」

 さて、実家に久しぶりに帰ってきたのはよいけれど、どうしてもしなければいけないことがあるわけではないので、ゴミを捨てたり、おかんと晩酌をしたり、今使ってない部屋の片づけをしたりと、だらだらと過ごす。
 まあ、こういう時間が大切なんだよなと思い、なんとはなしに本棚を整理していると、昔のアルバムから、中学生のときの自分の写真。
 昔の自分は、自分でも驚いてしまうほど、ふさふさだった。
「誰だかわからない」とまでは言わないけれど、とりあえず、「時間という距離」もまた、残酷なものなんだなあってことは身に沁みました。
 短い滞在を終え、帰りの電車に乗り込む。今度は逆にサラリーマンたちの出勤時間とかぶってしまったせいで、結局またも発酵食品の隙間でもみくちゃだ。なんで朝からどいつもこいつも汗かいてるんだ? やれやれと思っていると、メールの着信音が。見ると、「香代 OL 23歳」という、皮肉にもおかんと同じ名前の女からの出会い系メールだった。
「とうとう髪切っちゃった♪ ちょっと切り過ぎたかなって感じもするけど夏だしね〜。会えるといいね、この夏は♪」
 僕はたくさんの発酵食品をごく近距離に感じながら、どのくらいの遠距離を飛び越えてきたのか知れない迷惑メールを、即座に受信箱から削除した。