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京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

身も凍るような「暖房」の話 (旧ウェブサイトコラム『ボローニャ新聞 大阪支局』)

 雨が降るたびに気温が低くなる。晩夏の夕立と比べて、本当に同じ「雨」なんだろうかと疑いたくなるほどに音も形も匂いも違う秋雨が街を冷たく濡らす。朝、目が覚めて窓を開ければ、向かいの屋根の軒先に積もる落ち葉がいつの間にか増えていて、反比例して木の輪郭は日一日と痩せていく。そしてまた雨が降るとそんな軒先の落ち葉は流されて、今度は庭の地面を埋めていく。夏の間、ひとしきり僕の目を楽しませてくれた庭の木の葉にぶら下がったセミの抜け殻も、いつの間にかなくなってしまった。そうか、こうやって抜け殻は秋の雨や風に運ばれて土に還っていくのか。でなければ、この世の樹木という樹木はセミの抜け殻だらけだもんね。そう思うとちょっと可笑しいのだけれど、フフっと笑ったその声にもどこか知らん雨の冷たさが染み込んでいる。

 この長雨が上がればぴりっと乾燥した大阪の冬がやってくる。雪国で育った僕ではあるが(あるいはだからこそ)、好きな季節だ。

 今年のボローニャの冬は例年に比べずいぶん早いようで、そのことについて9月27日のイル・レスト・デル・カルリーノ紙(il Resto del Carlino、以下、カ紙)が、日本とはちょっと違うバロメータを用いて報じている。

Riscaldamento acceso 18 giorni prima   
Lo permette un' ordinanza del sindaco che autorizza l'accensione anticipata degli impianti da oggi fino al 14 ottobre compreso (data gia' prevista per l' accensione). Il vincolo è di sette ore al giorno con temperatura massima di 20 gradi.

18日早い暖房点火
本来の予定日である10月14日までの間、1日7時間、最高20℃という制限内で、暖房点火の前倒しを本日から市長が許可した(訳は筆者)。

 日本では台風の上陸だとか松茸の出荷だとか紅葉具合だとかカニの初せりだとか初霜だとか初雪だとか、そういったものが寒い季節の風物詩なのだと僕は理解しているのだけれど、カ紙のこの記事を読むにつけ、どうやらイタリアでの冬の到来の目安のひとつはこの「暖房の初点火日」であるらしいことがわかる。各家庭がそれぞれに暖房器具を所持・管理している僕たちには、ちょっと縁遠い話ではある。

 日本では「今日、初めてストーブに火を入れたよ」とか「ちょっと早いかとは思ったんだけど、炬燵出しちゃった」とか、そういう話は個人あるいは家庭のレベルでの、季節感ある世間話でしかない。ところが国が変われば事情も違って、イタリアの暖房事情は個人の(あるいは財布のひもを握るマンマの)裁量によらない。つまりあの国では、おおむね建物は “riscaldamento centrale”(セントラル・ヒーティング)を採用していて、どんなに寒くても大元のガスが点かなければ、凍えながら誰かが決めた予定日とやらを待つしかないのである。あまりの寒さに市長がしびれを切らして許可命令を出して初めて、前倒しが可能となるということだ。結果めでたく点火の予定日が早まった日には、日本の魚市場の初せりみたいな雰囲気で各ニュースが報じているのではないか知らん。その辺の祝祭的雰囲気をカ紙は伝えてくれないので、あくまで僕の空想含みなのだけれども。

 カ紙の記事によれば、前倒し期間の暖房使用時間と温度制限も法律の定めるところにあるというから、こういうのは、なんというかもうほとんどカルチャー・ショックである。法で規制することで無駄な消費を抑えようという政府の魂胆を僕なんか想像してしまうのだけれども、ただ、イタリアで何度か冬を過ごした経験から言わせてもらえば、こういう意図や狙いを考えるにつけ、どうも的外れな印象は否めない。

 イタリアのセントラル・ヒーティングについて知らない人もいると思うので説明しなければならない。まず、暖房設備だからといって、日本のエアコンのようなものを想像されては困る。訓練された躾の良い犬のような機敏さは、イタリアのセントラル・ヒーティングには一切期待できない。あるいは貧乏留学生はそういう物件にたどり着けないだけかもしれないけれども、少なくとも僕は、そういう、ぴっぴっと反応する若々しいセントラル・ヒーティングに出会ったことはない。

 ひとたび大元が点火されれば、各部屋での入切や調節は「一応」それぞれでできるようにはなっているセントラル・ヒーティングではあるが、しかし、冷えた状態から温まるまで恐ろしく時間がかかる。それまでの間、電気ストーブなんかを点けたりもする。こういうのはどうも馬鹿馬鹿しいから必然的にセントラル・ヒーティングのバルブは全開にしておくことになる。すると今度は信じられないくらいに温まる。長袖では居られないくらい暑いから半袖短パンになる、なんてこともしばしばあった。こういうシステムがどれくらいイタリア経済に好影響を与えているかはまったくわからない。しかし、イタリア的ないろんなものの現状がそれほど芳しくないのだとすれば、思い切って変えてみた方が良いんじゃないかという気にもなる。

 ちなみに僕が暮らした部屋は、たんすの後ろに暖房があった。外出する時はいつも外套はホカホカに暖かく、調整も利かないから部屋に居ながらにしてホットヨガを楽しめたという点で、大いに気に入っていた構造ではあるが、どれくらい経済的に優れていたかは、繰り返すまでもなく一切不明である。

 ボローニャで部屋探しをしていた時、何度か “riscaldamento autonomo(暖房は独立しています)”というオプション紹介を目にした。こういう暖房が果たして法律が規制する対象に含まれるかどうかはわからないが(不勉強でごめんなさい)、そうやって、不動産屋なり貸主なりがわざわざ情報提供するところからも、イタリアの暖房一般が基本的に自立していないことはうかがい知ることはできる。しかも、この「独立暖房」さえ、どれくらい自立しているかをきちんと把握してから部屋の契約をしないと、一向に温まらない新居で涙を凍らせながら冬将軍を呪ったところでそれはもはや後の祭りである。独立暖房を全開にして、電気ストーブを最強にして、しかも猫を抱えてようやく眠りにつくことができたという友人を僕は知っている。その部屋では、エスプレッソ・コーヒーは抽出する瞬間から冷めていったし、アルコールはいくら飲んでも体を温めてくれなかったので、コーヒーにグラッパ(ワインの絞りかすから作る蒸留酒)を入れて相乗効果をはかなくも期待した。 “caffe corretto grappa(グラッパ入りのエスプレッソ)”とは、なんともイタリア的な冬だなあなどと努めて誤解していたが、思い返せばただ単に効率が悪いだけである。

 試しに、インターネットの検索ツールを使って「riscaldamento accensione anticipata(暖房、点火、前倒し)」と検索してみよう。南はシチリアのアグリジェントから、北はロンバルディアのブレーシャまで、イタリア各地の自治体のHPがヒットするから、おそらく程度の差こそあれ、「点火予定日を遅めに設定して、前倒しの場合は、その年の冷え込み具合と市長の裁量次第」という事情は、イタリアの全国的な冬のひと幕、あるいはバロメータ的風物詩であるとして間違いないだろう。「ほう、18日も早いのか。今年の冬は厳しくなるな。コテキーノ(cotechino、写真、注)が恋しいな」なんて声が聞こえてきそうだ。

 中央管理されているにせよ独立しているにせよ、イタリアの暖房システムは少なからぬ問題を抱えていることをここで明らかにしたところで、それほどイタリア側からの苦情が出るとは思えない。もちろん、この文章が発端となってイタリアの暖房業界に革命が起こることもありえないのだけれども、これからイタリアの冬を初めて体験しようという人にとって、いくらかなりとも心の準備に役立てば、それはそれでボローニャ新聞大阪支局としては本望である。  (おわり)

=注=
コテキーノ:cotechino、豚の肉・皮・脂で作ったエミーリア地方のソーセージ、冬の名物料理。同様の料理に、豚の前足に挽肉と脂を詰めたザンポーネ(zampone)がある。画像は以下のサイトより。
ウィキペディア(イタリア語版)コテキーノ

=参照=
“RISCARDAMENTO ACCESO 18 GIORNI PRIMA”  in Il Resto del Carlino, 27/09/2008