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京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

映画の港、トリノに開港

 今月の12日、トリノにチネポルト(Cineporto)という施設がオープンしたという情報が僕のもとに飛び込んできた。チネポルト。聞いたことのない言葉だけれど、造語だろうとおおよその見当はつく。映画(cinema)と港(porto)をかけあわせて、「映画の港」といったところだろう。世界に名高いローマのチネチッタ(Cinecitta)が、映画と街(citta)を組み合わせた言葉であるのと同じような調子だ。アルプスに囲まれ、海のないトリノに港という喩えが面白い。しかし、映画の港と言われても、即座にはことの次第が飲み込めない。電網を駆使して情報をかき集めてみると、おぼろげながらその姿が浮かび上がってきたので、早速このコラムでご紹介しよう。

 チネポルトとは、ひとことで言えば、トリノ市内にできた映画のプロデューサーや監督、スタッフたちの巨大な作業場である。9.400平方メートルの敷地内に、撮影を除いた、映画やテレビドラマの制作に必要なほとんどの実務が行える空間と環境を備えている。9.400平方メートルといってもピンとこないので、再びチネチッタを引き合いに出してみると、あちらの総面積は、なんと40万平方メートル。とてもじゃないが、比べ物にならないくらいに、チネポルトは小さい。それもそのはず、先ほども「撮影を除いた」と書いたように、トリノの施設にはセットは存在しない。実はトリノには既にスタジオが2か所あり、チネポルトは撮影以外の映画作りのもろもろをより効率的に行えるようにというねらいから生まれた施設なので、この広さで十分に事足りるということらしい。なんなら、5、6本くらいは並行して制作が進むことを前提として計画されているので、こうした目的の空間としてはむしろ十分な広さを備えているというべきなのだろう。ただし、このチネポルトを考案したトリノフィルム・コミッションのねらいは、狭義の映画制作の枠をはみ出したものであって、まさにその枠外の要素こそが特筆に値する。彼らは、トリノ(ならびに北イタリアを中心とした周辺の都市)で作られたフィルムが、より満足のいく配給ルート・条件を獲得できるように、ビジネス・センターと呼べるような性格を持った施設を目指した。ここには試写室から会議室、喫茶室、レストランまでそろっているから、配給業者やメディア関係者は、制作サイドとのより緊密な交流が可能になり、トリノの映画制作が加速度的に活性化するのではないかと期待されている。読者諸賢ももうお気づきかもしれないが、チネポルトの最大の特徴は、映画という船を造るドックというだけでなく、その船出を見届け、関係者の往来を見守る港であるということだ。
 
 新作を準備する際、映画制作にはおびただしい量の決定事項や交渉事が伴う。作業に関わるスタッフの数は半端ではないし、もちろん巨額の金が動く。ローマのチネチッタと500-600キロメートル離れた北イタリアで一本撮ろうというプロデューサーや監督にとって、その都度一から事務所を設置するというのはどう考えても面倒だし、経費もかさむ。そんなときに、このチネポルトのような充実した常設のビジネス・センターの存在が、どれほど心強くて利便性の高いことか。ちなみにこの施設は、20世紀前半に建設されてここ20年ほど打ち捨てられてしまっていた工場を、イタリアお得意のリノベーションで再生したもので、その費用の全額をトリノ市やピエモンテ州など、公的な機関が負担している。要するに、税金だ。この不況時になかなかの太っ腹。もちろん、予算自体は昨日今日に決定したものではないだろうが、今の日本の自治体にこんな大それた出費をするところなんて少ないに違いない。役所の人間はおろか、市民の間にも、映画という産業(もしくは、映画という芸術文化)に血税を投入することを許容するような、ある一定のコンセンサスがあることが窺える。こうした公的な性格が背景にあるからか、チネポルトは、新人の映画作家や短編映画、さらにはドキュメンタリーなど、商業的な基盤の薄いフィルムが配給先をうまく手配できるよう、来年度半ばにはバックアップ体制を整えていく計画だ。映画スタジオはよく「夢の工場」なんて形容されるわけだけれど、映画業界を目指す若者たちの処女航海を実現に導く、「夢の港」となる日も近いかもしれない。

 理屈と理想はわかったけど、どうしてトリノなわけ? 北イタリアならミラノじゃないの? こうした疑問をお持ちの方もいらっしゃることだろう。実はこのトリノユヴェントスフィアットやチョコレートだけではない。あるいは、ポンデ雅夫という稀代の才能が生まれた土地というだけではない(当たり前だ)。実は、トリノと映画というのは切っても切れない関係にあるのだ。チネポルトそのものの船出はこれからしばらく様子見をしないことには論じることはできないが、トリノと映画のなれそめや現状についてはなかなか興味深いトピックも多いので、僕を含めたドーナッツ・メンバーを見舞ったトリノ滞在中の珍事についても交えながら、また次回触れることにしたい。