京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

物差しでは測れない心と心の距離 〜素数たちの孤独〜      (旧ウェブサイトコラム『ローマから遠く離れて』)

 2008年のイタリア文学界は、ストレーガ賞を受賞した『素数たちの孤独』(La solitudine dei numeri primi、パオロ・ジョルダーノ<Paolo Giordano>、飯田亮介訳、早川書房、2009年)の話題でもちきりだった。ひとつの現象と言ってもいいくらい。2年たった今でも、ベストセラー50位あたりを推移していて、本国での売り上げは、先月の時点でついに200万部を突破した模様だ。イタリアの人口は日本の半分くらいだから、この数字は本当に驚嘆すべきものだということがおわかりいただけると思う。

 作者のジョルダーノは、現在27歳。トリノ大学大学院で素粒子物理学を専攻する学生で、なんとこれが処女作。そりゃ、話題にもなりますね。日本でも昨夏訳が出たので、少し遅ればせながらではあるが、先月読み終えた。

 幼い頃、脳に障害を抱える双子の妹を公園に置き去りにして行方不明にさせたことで他人とのコミュニケーションを遮断した数学の神童マッティア。スキー中の事故で片足にハンディキャップを負い、コンプレックスから拒食症になったアリーチェ。このふたつの孤独の殻が寄り添い、温め合い、少しずつ心の安らぎを見いだすようになる。しかし、ふたりの人生という線は、時に不器用さが、時に哀しき誤解が仇となり、近接することはあっても、ぎりぎりのところで交わるということを知らない。僕たち読者は、2本の線の結節点となるかもしれなかった7つの大事なポイントを、それぞれの視点からクロノロジカルに辿っていく。ジョルダーノのこなれた的確な描写から立ち上がってくる情景は、そのどれもがとても切なく僕たちの胸を締め付ける。
La solitudine dei numeri primi 素数たちの孤独(ハヤカワepiブック・プラネット) 
 最終章、ふたりが結びつく恐らく最後の可能性となるだろう場面。彼らはひとつ屋根の下、リビングと洗面所で、それぞれ決定的な瞬間を迎える。「ふたりを隔てているのは、積み重ねられたレンガ2列と数センチばかりの漆喰、そして9年間の沈黙だった。…彼はもう充分理解していた。選択はいつもほんの数秒でなされるが、残りの時間、その報いを受けることになるものなのだ。ミケーラ<彼の妹>の時もそうだったし、アリーチェと別れた時もそうだった。そして今だ。だが今度は、それが選択の時であることを彼は知っていた。今がその瞬間だった。彼は二度と間違えるつもりはなかった」。確かに僕たちは、これが後々大事になってくる瞬間だとは思わずに種々の選択をしていることがほとんどだ。間違えるつもりはないと腹をくくったマッティアがどんな選択をするのか、それまでのいきさつに想いを馳せざるをえないエンディングまで、読者をぐいぐい引っ張る展開はなかなかのものだ。

  飯田氏の訳は煥発で奮っていて、読後の深い余韻までうまく僕たちをリードしてくれる。ゼロ年代のイタリア文学を代表する作品として、日本でも読んでおくべき作品だろう。僕たちの社会も同様の切なさを内包しているのだから。