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京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

イタリアからの手紙1:「イタリアの政界はどこへ向かうのか?」ジョルジョ・マリーア・カヴァリエーリ

 こんにちは。ハムエッグ大輔です。

 ローマに住み始めてして早5年、折角現地にいることだし、もっとイタリアからの生の声を届けようといういうことで、今回から一年に渡ってさまざまなイタリア人の友達に文章を書いてもらおうと思います。第一回目はイタリアの政治について。左派に力がないイタリア。「右派が政治を動かすにしろ、ベルルスコーニが首相じゃなくてもいいんじゃないの?」というのが部外者のぱっと見の感想。そうなってくると対抗馬は右派のナンバー・ツー、ジャンフランコ・フィーニです。失言やスキャンダルを繰り返すベルルスコーニに対し、フィーニは真面目一徹ですね。彼は首相になれないんですか? そこらへんの事情を、政治学部卒業後、現在保険会社に務めるジョルジョ・マリーア・カヴァリエーリさんに書いてもらいました。

フィーニとベルルスコーニの衝突

 ここ数カ月、イタリアの政治ニュースは、国家のトップに立つ二人の政治家の対立で持ちきりだった。首相シルヴィオ・ベルルスコーニ(Silvio Berlsuconi)と下院議院長ジャンフランコ・フィーニ(Gianfrano Fini)の二人だ。その原因と、二人の不和がどのように発展するかについて考えてみることは、イタリアの政治の実情を把握する上で、大変重要である。

 周知の通り、現在の内閣は、2008年の選挙で「自由の人民」(Popolo della Libertà)が獲得した、全体の約37 パーセントに及ぶ支持率によって成立している。「自由の人民」は2007年11月、ミラノで行われた政治集会でベルルスコーニが表明した理念に基づき創設され、そこにフィーニが、ためらいはあるものの、加わる形となった。そして彼は2008年の選挙での勝利により、下院議員長の地位を獲得したのであった。「自由の人民」は実質、ラツィオ州以南で力を持っていたフィーニの政党「国家同盟」(Alleanza nazionale)と、現在では南部、特にシチリアでも人気を集めるベルルスコーニの政党「がんばれイタリア」(Forza Italia)、北部で力を持つ「北部同盟」(Lega nord)の融合によって成り立っている。つまり、「自由の人民」は意見を異にするふたつの政党の関係の「解凍」、付け加えて、国家同盟の支持者たちの大部分から敬遠されていた北部同盟との調和によって生まれた政党だったのである。それが原因の一つとなり、フィーニとベルルスコーニの間には軋轢が早々と生じ、「自由の人民」は崩壊へと導かれているのである。2009年3月、解散が宣言された国家同盟最後の集会で、すでにフィーニは「自由の人民」において優位にあるベルルスコーニに対して、戦いを挑む意思があることを、支持者たちに示したがったように思われる。彼はここで首相ベルルスコーニの意にそぐわない主張もまた尊重されるように、尽力すると明言している。それは二人のリーダーの間に生まれつつあった不和の兆候だった。2010年4月21日に行われた「自由の人民」初の総集会で、ベルルスコーニはフィーニに向かって、もしこれ以上「自由の人民」に反する行動をとるつもりなら、下院議員長の座を退けとまで言っている。二人のリーダーの対立は、さっそく政党の分裂を招いた。まず「自由の人民」内において、フィーニと意見を共にする議員たちが集まり「イタリア世代」(Generazione Italia)なる派閥が結成される。続く7月には、議員たちによる自治集団「未来と自由」(Futuro e Libertà)の創設が宣言される。ただ、留意すべきは、元国家同盟の議員たちが、すべて「未来と自由」に流れていったわけではないということだ。むしろその内の一部、特に国家同盟の理想とされていた保守派の政治家たちと比べて、移民、安楽死、雄性細胞の使用などの問題について革新的な考えを持つ一派が流れていったにすぎないのである。9月初め、フィーニの新政党は、ついにミーラベッロ宣言(Manifesto di Mirabello)によって完全な形となる。そこでフィーニはいかに自分がベルルスコーニとは違った形の右派をつくりだすかということを説明している。

 特に首相のモラルと、自らが起こした事件の合法化の二点が二人の対立をより激しいものにしている。ベルルスコーニは、司法官についての改革運動を、彼の政治戦略の骨子としており、それがフィーニを相容れないものにしている。短期裁判についてのアルファーノ裁定(Lodo Alfano、アルファーノはベルルスコーニ内閣の司法大臣、彼を通して法律の改定が提案される)は大赦を偽装しているにすぎないとフィーニは述べている。裁判を円滑に進める(その遅延ぶりはイタリア社会の深刻な問題の一つである)というベルルスコーニの狙いを、フィーニはイタリア国民の大部分の誠実な人々よりも、不誠実な人々に味方するための不条理な法律であると指摘している。

 このフィーニの発言の裏には、中道右派の支持者たちへのアピールという狙いもあったのであろう。「自由の人民」はフィーニのものではなく、ベルルスコーニの政党として認知されている。フィーニの主張をベルルスコーニのそれほどに尊重することは、ベルルスコーニが首相に立候補しないと言われている次回の選挙にとって、損害につながるという見方もある。そのため、フィーニの意見はとりわけ穏健な有権者たち、つまりイタリアの大半の有権者たちに向けられたものとなっている。穏健派である彼らは、往々にして左派と同調することもある。左派はまた、ベルルスコーニを悪と決めてかかり、ベルルスコーニと明確に意見を異にするフィーニをためらわず支持することもあるのだ。結果、なぜフィーニがベルルスコーニとこれほどまでに対立するにも関わらず、与党から抜けず、再び選挙を行いたくないのかという点を理解するのが困難になってくる。次回の選挙では、頼りない現在の左派を見てもわかるように、確実に中道右派が再勝利すると考えられている。ただ、おそらくは「自由の人民」から北部同盟に多くの得票数が動くだろう。つまり、より急進的な政党へと票が動くのだ。
 次に、右寄りの新聞「リベロ」(Libero)とイル・ジョルナーレ(Il Giornale)がベルルスコーニを保護し、フィーニのイメージを崩そうとしていることも忘れてはならない。「遺産として国家同盟に残されたはずの不動産を、フィーニが少額で義弟に手に入れさせた。身内に甘くして、自分の政党の支持者の気持ちを害した」とスキャンダルを打ち立てたのである。これらメディア戦略は、とりわけ北部同盟にとって好都合なように思われる。フィーニがベルルスコーニを攻撃し、右寄りの新聞がフィーニを攻撃するとなれば、第三者の北部同盟のみが、前進できる形となるだろう。同時に、内務大臣マローニを含む北部同盟系の官僚が、財政連邦主義、反マフィア、不法滞在移民の排除といった誰もが賛成するだろう主張によって、右派の支持者たちから人気を博してきたことも覚えておきたい。もともと左派の最たる支持者だった北部の労働者階級が、前回の選挙では、こぞって北部同盟に投票したことも納得がいくのではないだろうか。

 北部同盟は、その急進的な支持者たちに対し、いまだにパダーニア(イタリアから北部のみを切り離してつくる独立国)の創設を約束している。それは、イタリアをより統一あるものにするという政治指針をもった「自由の人民」と「未来と自由」には考えられないことであり、この意見の食い違いこそが、イタリアの中道右派の動きを理解困難なものにしているのだ。さらには、毎日二人の関係を刺激したがる新聞各紙を批判する声もある。そういった批判者たちが、専制君主的な権力の偏り、つまり、ベルルスコーニの政治方針に対して難色を示すのは偶然ではない。スキャンダルの外見ばかりを目立たせて、怪しげな政治戦略を取り上げられないようにしている。例えば、会話傍受に反する法律、国家的役職への裁判免除。これらの行為は、一方から見ると、イタリアの司法の、時に度を越えた権限を抑えようという目的があるようにも見えるが、もう一方からは、一般の有権者と政治階級の距離を広げるもののように思われる。
 ここで「カスタ」についての論争も忘れてはならない。カスタ(Casta、インドのカースト制度から来ている言葉)の意味は閉鎖的な集団、ここではイタリア政治界にはびこる、仲間内をひいきする主義のことを指しており、一般の人々に、政治無関心、政治嫌悪を引き起こす原因となっている。まさにベルルスコーニとフィーニの対立のせいで、中道右派の支持者たちの中には、政府が倒れた場合、次回選挙の投票には行かないだろうという声も多数ある。二人の激しい争いは、失業、不安定な非正規雇用プレカリアート)、一般家庭の経済力といった、支持者たちにとってより切実な問題を軽視しているように思われるからである。

 ここ数日、争いの波もようやくおさまってきたように思われる。「未来と自由」(と数人の中道下院議員、つまり現在の与党に属さない議員たち)も、9月30日の投票で、連邦主義、国税、司法改革、安全保障、反マフィア運動という5点を主張するベルルスコーニを信任した。

 いつまでこの小康状態が続くのか、来年3月には選挙が行われるのか、依然わからない部分がある。フィーニもまた、議員からなるグループではなく、10月 5日の集会で、一政党のリーダーになった。現在のところ、有権者の5パーセントにしか支持されてはいないが、この先ベルルスコーニの「自由の人民」に不満を抱く者たちを引き入れる可能性は大いにあるだろう。