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京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

マッシモ・ガウディオーゾの青春時代

イタリア 二宮大輔(ハムエッグ大輔) 映画

 『フィルムがない!』(Il caricatore, 1996)は、少ない資金でなんとか映画を撮影しようと奮闘する三人の若者を描いたコメディー映画である。若者たちのうちの一人が、現在テレビや映画で活躍する監督エウジェニオ・カプッチョなのだが、実は残りの二人も、イタリアの映像業界を牽引する存在となっている。『フィルムがない!』の中で、「平凡な男の日常こそが物語なんだ」と主張していたマッシモ・ガウディオーゾ。どちらかというと気が弱く、いつも奥さんの尻に敷かれていた彼も、今では売れっ子脚本家だ。映画の中の冴えない彼の姿からは、およそ想像しがたいその後の活躍ぶりを見てみよう。

 デビュー作『フィルムがない!』に続き、エウジェニオ、マッシモ、ファビオの三人組の物語『人生は一度きり』(La vita è una sola, 1999, 日本未公開)を発表。だが実はその一年前に、『不可避の事態』(Il caso di forza maggiore, 1998, 日本未公開)という短編映画を制作している。監督はデビューしたてのマッテオ・ガローネ。マッシモとファビオは脚本兼俳優を務めた。端役ではあるが盟友エウジェニオの姿も作中で見られる。「不可避の事態に陥ったから、相談に乗って欲しい」と友人に頼まれた主人公が、待ち合わせの場所に行く途中ですれ違った美女のあとを追って、まったく違う場所に行ってしまうというストーリー。つまり、マッシモが撮りたがっていた「平凡な男の日常」の物語だ。彼はデビュー二作目にして、望みを叶えていたのだ。

 その後、ガローネとの関係を強めたマッシモは、同監督の『ローマの夏』(Estate romano, 2000, 日本未公開)、『剥製師』(L’imbalsamatore, 2002)、『初恋』(Primo amore, 2004, 日本未公開)、『ゴモラ』(Gomorra, 2008)、『リアリティー』(Reality, 2012)でも脚本を担当。ナポリの犯罪組織の実情を描いた小説と同名の映画『ゴモラ』では、カンヌ映画祭審査員特別グランプリを受賞している。
 マッシモの活躍はそれだけに留まらず、ダニエーレ・チプリの『それは息子だった』(È stato il figlio, 2012)など、他監督作品でも脚本を担当している。中でも特筆したいのがルカ・ミニエーロの『南へようこそ』(Benvenuti al Sud, 2010, 日本未公開)だ。なんと2010/2011年度の国内興行収入が約3000万ユーロ(39億円)で、年間ランキング第2位になった大ヒット映画なのだ。北イタリアの真面目な郵便局員アルベルト・コロンボは、南イタリアの田舎町に単身赴任となる。その生活スタイルの緩さに最初は愕然とするが、周りの人々と触れ合う中で、徐々に馴染んでいく。方言や習慣、経済格差など、南北のギャップをコミカルに描いた物語だ。ありきたりではあるが、このテーマには普遍の面白さがあるのか、観客を惹きつける場面やセリフが盛り沢山だ。登場人物もユーモアにあふれている。それもこれも脚本家マッシモの手腕なのかもしれない。

 国内一、二を争う商業映画など、若かりし頃のマッシモからすると考えられないが、その素晴らしい仕事ぶりからは、今も変わらぬ映画への愛情が見受けられる。もう一度、彼の原点『フィルムがない!』を鑑賞してみると、子供のお守りをしながら自分のアイデアを語ったり、資金が底を尽きて頭を抱えるマッシモの姿が目に付いた。現在の視点に立ってみると、この映画は現役で活躍する映画人の青春時代を描いた作品なのだと気づいた。