FM802 Ciao! MUSICA 2016年9月2日放送分
『後妻業の女』短評のDJ's カット版です。
直木賞作家、黒川博行のベストセラー『後妻業』を映画化。裕福で孤独な高齢男性の後妻となって財産を我が物にする女、小夜子を中心に、浅ましい人間の欲望をユーモラスに仕立てた喜劇。監督は読売テレビで長年ドラマ演出をして高い評価を得ている鶴橋康夫。キャストは、大竹しのぶ、豊川悦司、笑福亭鶴瓶、津川雅彦、永瀬正敏、尾野真千子、水川あさみ、風間俊介ほか。
先週の『シン・ゴジラ』もそこそこ年齢層高めでしたけど、『後妻業の女』の場合は、舞台となってる熟年婚活パーティーに紛れ込んでしまったかと思うほど、MOVIX京都はオーバー50の女性陣、とそのパートナーの男性でごった返してました。満員に近い。関西が舞台ということもあるんでしょうが、笑い声もよく聞こえてきて、いい雰囲気でしたよ。
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予告でも一部使われていた、太陽が燦々と降り注ぐ浜辺での高齢者向け婚活パーティーからスタートします。およそ似つかわしくない場所ですよね。しかも、あろうことかかけっこをするっていうんですよ。みんな楽しそうだけど、文字通り必死でもある。当然ながら、ぶっ倒れる人が出てきて、救急車だ何だという騒ぎになる。このオープニングに、もう作品の特徴が現れていると思います。我こそはという人間の黒かったり桃色だったりする欲望にまばゆい光を当て、それをあっけらかんとしたブラックユーモアにしますよ、と。決して湿っぽくしない。
こういうスタンスと画面の手触りから僕がすぐに思い出したのは、伊丹十三作品です。『お葬式』『あげまん』なんかもありますが、『マルサの女』とか『スーパーの女』なんてのがありましたね。この作品も原作の『後妻業』にわざわざ「の女」を付け足してるわけですから、もうあからさまに狙ってるわけです。深刻な社会問題や犯罪をコメディーに仕立てるあたり、細かいところだと、明朝体のロゴとか、伊丹っぽいなと。他にも、80年代の日本の映像のキラメキも入れてましたね。こんなギラついた話に煌めいた映像っていう「外し」がユーモアにつながる。これは音楽の使い方もそうでした。ともかく、陰影がパキっと決まったライティングと望遠から広角までカメラの特性を知り尽くした映像の演出。さらには、シーンとシーンの切り替えを常に食い気味であっさり後腐れなく編集してあるから、テンポがすごくいいし、この後腐れなさが小夜子のマインドにも合っていて、さすが大ベテランのワザでした。
そして、すごいと言えば、もう役者陣のはっちゃけっぷり。これは普通なら内に秘める欲望を白日の下に晒す映画ですから、そりゃもうアクションも大胆になります。え、この人にこんな事までやらせますか、という領域まできっちり持ってってます。もちろん力量がないとキャストも応えられないわけですけど、みんなイキイキしてます。東宝のこの手の映画っぽくないけど、ポロリもありですから。あ、鶴瓶さんではないので、ご安心を。とにかく、もうギャラでも取り合ってるんじゃないかってくらいに、演技合戦の様相を呈していて、尾野真千子対大竹しのぶ、豊川悦司対永瀬正敏、このふたつの無様なレスリングもどきの取っ組み合いなんてもう最高です。あと、永瀬正敏のキャスティングについては、探偵役なんですよ。そりゃ、誰だって濱マイクを思い浮かべるじゃないですか。それを意識して、のち、外してくるのが良かったです。お前もかえ、みたいな。
薄っぺらい日本のエンタメ映画が陥りがちな、安易なキャラ設定も水で伸ばしたようなフラッシュバックばかりの尺の引き伸ばしも、ここにはありません。みんなキャラ立ちしてるのに、奥行きがある。その証拠に、人死にもあるような立派な犯罪映画なんだけど、悪人が憎めないし、悪さにもバリエーションとレベルが色々用意されてる。さらに、堅気の側だって、その腹では良からぬことを考えてることが露呈したりして、根っからの善人もいないんです。このスタンスに好感が持てます。
最後の方では、いくらなんでもドタバタし過ぎかな、ちょっと映画そのものがとっ散らかったかなという感はあるんですけど、シュールに着地するのはこの映画のラストにはふさわしいと思います。ロケ地も地名もよく知った場所ばかりです。関西からもっとヒットを、と願っています。
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若い人ももっと観るといいよ。怪獣も魚も青春もいいけど、大阪の珍獣を笑いながら観るのもええで。ていうか、年配の皆さんはある意味当事者の目線で観るんだろうけど、若い人は引いた目線で観られるから、身につまされない分、もっとクールに笑えるのでは? それに、みんな誰かの子どもだから。自分の親もまたひとりの男であり女であるということを思い出して観るといいかも。
風間俊介演じる小夜子の息子が余りに突然やって来て面食らうのと、最後はあの期に及んで家で何をしとるんやというあたりを目にすると、ご都合主義的なキャラクターに陥っている感あり。だから余計にか、風間俊介の演技(あるいは彼への演技の付け方)も通り一遍に思えてしまう。
本多探偵は最高だったけれど、あの後、彼がどの面下げて依頼者と向き合うのか観たくなった。恐らく、ああいう事は初めてじゃないだろうから。
さ〜て、9月9日(金)に扱うのは、『イレブン・ミニッツ』になりました。監督のイエジー・スコリモフスキは、世界三大映画祭を制覇してるし、ヴェネツィアで生涯功労金獅子賞を獲った巨匠。同じ11分間を生きる14人と1匹の犬。リアルタイム・サスペンス、上等じゃないですか。心して鑑賞しよう。そして、鑑賞したら、#ciao802を付けてのTweetをよろしく!