京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ある天文学者の恋文』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2016年9月30日放送分
『ある天文学者の恋文』短評のDJ's カット版です。

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ニュー・シネマ・パラダイス』『海の上のピアニスト』で知られるアカデミー賞監督、イタリアのジュゼッペ・トルナトーレが、名優ジェレミー・アイアンズと、007ボンド・ガールでもあったオルガ・キュリレンコを主演に迎えて描くラブストーリー。音楽はいつものタッグ、こちらもオスカー作曲家エンニオ・モリコーネ

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著名な天文学者だった恋人エドの訃報。現実を受け入れられない教え子の大学院生エイミー。彼女の元には、彼の死後も、彼からのメールやプレゼントが届き続ける。彼女がその謎を解いていく中で、彼女の秘められた過去も明らかになっていく。
 
MOVIX京都で昨日(9月29日)の朝8時40分から(早い!)観てきました。
 
☆☆☆
 
ジュゼッペ・トルナトーレ監督は基本的にオリジナルの物語を生み出す映画作家なんですが、ひとつの特徴として、特殊な職業に従事している人物を描くことがとても多い。マフィア、映写技師、映画監督、海の上のピアニスト、娼婦、オークショニストなどなど。今回の場合は、邦題通り、天文学者です。トルナトーレは、そうした職業人がその仕事ならではの哲学、人生の見方を浮かび上がらせるんです。だから、僕たちにとっては、とても新鮮でそういう見方があるのかとハッとさせられるし、引き込まれる。

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この作品はとてもシンプルだし、ありきたりかもしれない。死んでもなお、人は寄り添うことはできるのか。このテーマに、トルナトーレは、天文学者という専門職を差し挟むことにより、そこに宇宙、星々、銀河という例えを持ち込んで、僕らの生と死、そして愛を星空に映してみせた。すると、途端に物語が独創的になり、深い奥行きを持ち、輝き出す。
 
トルナトーレのアイデアが光るのは、「距離」「隔たり」というモチーフを星座のごとく散りばめたこと。思い出してみてください。愛し合う男女が同じフレーム内で同時に演技をするのは、最初のワンカットだけだってこと。それ以降のどのカットでも、ふたりは同じ時空間にいないんです。そもそも、年の差カップルであること。不倫関係であること。教授と学生。住む街。ドア、窓、パソコンモニター。そして、この世とあの世。ふたりにはあまりにもたくさんの隔たりがある。主人公のエイミーは、その隔たりを埋められないかと、物理的な移動を続ける。エディンバラへ、イタリアの湖に浮かぶ島へ。
 
一方、他界したエドは物理的な距離ではなく(当然ですね、肉体はもう無いのだから)、精神的な距離を縮めるべく、死後もメール、ビデオメッセージ、手紙といった手段で彼女に想いを届け続ける。そうして彼女の心に寄り添い、彼女を導き、彼女を愛で包み込もうとする。それは恋人への愛と擬似的な父親のような愛の混じったもので、こうして話だけ聞いてると、愛というものが陥りがちな自己中心的な欲望がそこにあるように見えるけど(簡単に言うと、死んでるのにストーカーみたいなね)、たとえば看取ったエドの友人の医者からのツッコミを入れておきながら、結局最後には、これは天文学者ならではの時間と空間を超えた愛の模索だったんだということがわかる。そこで、僕は泣いたわけです。あの瞬間は確かに永遠に限りなく近いものじゃないのか。原題はコレスポンダンス。通信とか調和という意味ですけど、ふたりは確実に想いを一致させられた。
 
僕が泣いたって言いましたけど、一番大泣きしたのは、とあることをきっかけにエイミーが見ることになる、編集前のビデオメッセージ、いわゆるNGカットの映像ですね。エイミーには見せたくない、あられもない、悲しみの化身のようなエドの姿がそこにあって、あれは僕自身がMOVIX京都の係員に「これはダメ! もう止めて!」って言いかけましたからね。
 
ただ、苦言を呈するなら、ストーリーを逆算して作っているように感じられるので、メールの届くタイミングとか、さすがにご都合主義だろってところはあります。でもね、トルナトーレの映像さばきが、もうさすがとしか言いようがないうまさなんで、そんなに気にならない。
 
どれを取っても、パシッと決まってます。窓に張り付いて震える木の葉、影を使った演劇、エイミーの色んなスタントっぷり。どれもシンボリックに物語の中で機能してるし、もちろん、エンニオ・モリコーネのサントラも、まるでふたりを見守るような叙情感がすばらしい。
 
人によってはミステリーとしてイマイチと思うかもしれないけど、これはミステリーじゃないから。彼女の視点で徹底されてるからミステリーっぽいタッチになってるだけで、いわゆるミステリーじゃないんです。謎めいたラブストーリーというくらいですかね。
 
大学院生エイミーの手がける博士論文のタイトルが『死せる星との対話』というところ、とてもロマンティックで、とても切なかったです。
 
☆☆☆
 
補足として、一応、突っ込んでおきます。演劇を鑑賞する際は、携帯電話の電源はオフにしましょうね。
 
さ〜て、次回、10月7日(金)からは、「映画館へ行こう」のコーナーがリニューアル。109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBとなります。これまで翌週の映画作品を決めてくれていた新井式廻轉抽籤器は閉店「ガラガラ」でお蔵入り。代わって、109シネマズの映画の女神様たちから僕に毎週お告げが下ることに。相変わらず、僕自身に決定権はなく、ちゃんと自腹で観ますし、作品そのものには言いたいことは言うスタイルで進めていきます。

記念すべきリニューアル初回に扱うことになったのは『アングリーバード』です。鑑賞したら、#ciao802を付けてのTweetをよろしく!