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京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

『この世界の片隅に』短評

映画 野村雅夫(ポンデ雅夫) ラジオ
FM802 Ciao! MUSICA 2017年1月13日放送分
『この世界の片隅に』短評のDJ's カット版です。

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10年前、2007年1月からちょうど2年にわたって「漫画アクション」に連載され、その後単行本化された、こうの史代の同じタイトルの漫画を原作とし、監督は片渕須直。もともとは宮崎駿とも『魔女の宅急便』とかアニメ『名探偵ホームズ』で共に仕事をした人で、TVアニメ『名犬ラッシー』や長編アニメ『マイマイ新子と千年の魔法』で知られています。

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日本有数の軍港だった広島県呉市が主な舞台。ヌボーッとしていて、絵を描くことが得意な20歳そこそこの女性すずが、次第に悪化していく戦況の中、よく知らぬ嫁ぎ先で懸命に生きていく姿、その家族との交流が描かれます。
 
すずの声を演じたのは、能年玲奈からの改名後初の仕事となる「のん」。サウンドトラックは、KIRINJIのメンバーでもあるシンガーソングライターのコトリンゴが担当しています。

劇場アニメ「この世界の片隅に」オリジナルサウンドトラック

製作費をクラウドファンディングで補って完成させたこの作品は、昨年11月12日、いわゆる単館系として全国63スクリーンで封切られましたが、作品の出来栄えが評判を呼んで、上映スクリーン数が3倍以上に拡大。今年に入り、観客動員数が75万人を突破したのは最近の報道にもある通りです。予告編にはあったあの桜のシーンも含め、このままいけば幻の30分拡大版が製作されるかもしれないということも期待されています。そして、今週、権威ある映画誌キネマ旬報の2016年ベストテン日本映画作品賞を獲得しました。1位だと。
 
もう先に言いますけど、日本映画史に残る傑作のひとつという評論家達の評価を僕は後追いするしかないです。こんな豊かで多面的な味わいを含んだ作品を3分間で話すのは、はっきり言って端から無理があるんだけど、現時点での僕なりのまとめ方でトライしてみます。では、行ってみよう!

めったに言わないことですけど、原理原則をお伝えしておこうと思います。まず、アニメーションという言葉。どういう意味かご存知でしょうか。anima魂、霊魂というラテン語に由来していて、1枚1枚では動かない絵を連続して見せることで、そこに動きと時間という魂を注入するという意味。それがアニメーションです。
 
僕はこの作品を初めて観た時に、アニメーションならではの物語世界への「魂の入れ方」を今目撃しているという興奮に身震いしました。決して写実に徹したいわゆるリアルな絵のタッチじゃないのにも関わらず、恐らくは端折った線と残した線のバランスが生み出す動きと構図により、すずのような人物はもちろんのこと、動植物にいたるまで、すごく生き生きと、いや、スクリーンの中に生き物が息づいています。こうの史代片渕須直両氏の徹底したリサーチの努力に基づいた映画製作スタッフの努力の結晶の結果、ああ、言葉で言うと軽いなあ、戦時中の日常が、名もなき女性の人生がスクリーンに映し出されます。
 
いわゆる銃後の現実を描いた映画、たとえば息子を戦場に送り出す母みたいな作品はこれまでもありましたけど、まずもって驚いたのは、きっちり笑えるコメディーでもあることですね。笑いの裏に涙があって、涙を必ず笑いが追っていくんです。戦時中の悲壮な話と思って敬遠しないでください。ジブリで言えば、『火垂るの墓』よりも、奇しくもキネマ旬報ベストテンでこの作品の他に唯一1位を獲った、なおかつ1988年に同時公開された『となりのトトロ』に近いかもしれない。でも、どちらにもない要素として、生活があるということは、そこに性生活もあるということで、ほのめかしも含め、人間の性の営みもしっかり描いている大人の映画でもある。結婚初夜のエピソードもあるし、遊女も極めて重要なキャラクターりんさんとして登場します。

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とはいえ、さっきも言ったように写実や自然主義とも違うわけで、すずの目を通した「リアル」と、作者の目線が絶妙に入り混じったリアルがそこにある。たとえば、終戦の日にすずが「まだやれる」と悔し泣きする一方で、太極旗(韓国の国旗ですね)が掲げられている様子がさりげなく描写されるあたり、見事なバランスだったと思います。イデオロギーを押し出さず、賛成とも反対とも声高に主張せず、ただそこに生きた人々の様子を見せる。プロパガンダ的な押しつけがないんです。
 
でも、さりげないと言ったって、「素朴」で済まされるものではまったくない。むしろ実験的ですらあるんです。すずの描いた絵が動き出すとか、ある事情でタッチが急に変わるとか、視覚的な情報、画面構成そのものの変化が作品の内容と一致するという、とても挑戦的な作風でもあります。原作よりはまだわかりやすいところに落ち着いていたかもしれないけど、『君の名は。』的なエモい描写はほぼないのに、映画を観終わってからもずっと彼らのことが気がかりなくらいにエモさが持続する。神業です。あっさりあっさりあっさり、観終わってどすんみたいな。
 
名もなき、まさに「この世界の片隅に」生きるすず。どんな映画に出てきても僕が大好きな要素ですけど、モノや人が足りなくても、自分で修繕したり、知恵を絞ってその場にあるものを寄せ集めて何とかやりくりするっていう、フランス語でブリコラージュっていうんですけど、戦時中ってもうこのブリコラージュそのものなわけで、語弊を恐れずに言えば、その「営みと知恵の面白み」を描ききっている点で僕は惚れ惚れしました。
 
こんなことめったに言わないけど、芸術の価値の柱のひとつは、それを鑑賞する人間に、「生きるとは?」という哲学的な問いを与えること。生き残った自分が「笑顔の入れ物」になるというセリフや、すずがあるものを失ったからこそ巡り合うラストのあの人との交流などなどを見るにつけ、僕も僕なりに生きるってことについて考えさせられました。
 
情報量が多くてテンポも早いし、素朴なフリして描きこまれたアニメです。僕の短評なんて取るに足らない。とにかく、四の五の言わずにぜひご覧になって、皆さんで語り合ってください。僕もこれから何度も見返して、語り続けていきたいと思います。
 
☆☆☆
 
コトリンゴのサウンドトラック(歌声も含め)は絵のタッチにも似て素晴らしかった。そして、ブリコラージュ的な内容は、クラウドファンディングによって完成されたこの映画の成り立ちともリンクしますね。


さ〜て、次回、1月20日(金)109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様から授かったお告げ」は、『本能寺ホテル』です。僕は京都市内、現在の本能寺にも近いし、もっと言うと当時の本能寺により近いエリアに住んでいるので、これは気になる。あなたも観たら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!