京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

『本能寺ホテル』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年1月20日放送分
『本能寺ホテル』短評のDJ's カット版です。

f:id:djmasao:20170120194449j:plain

人生の舵取りを自分でせずに、何となくレールに乗って生きてきた繭子。務めていた会社が倒産。仕事を探そうにもやりたいことが特にない。そんな折、付き合って半年の彼氏吉岡からプロポーズをされます。彼の実家のある京都へ向かい、ひょんなことから古めかしい本能寺ホテルに宿泊することに。そこで繭子がエレベーターに乗ると、なぜが1582年の本能寺へとたどり着く。彼女は現在と1582年のある1日を行き来しながら、織田信長森蘭丸と接触する。彼女は予告通り、歴史を変えることになるのか?
 
監督はフジテレビ所属の鈴木雅之。脚本は相沢友子。繭子を綾瀬はるか。信長を堤真一が演じる。となると、あの『プリンセス・トヨトミ』の続編か、原作は万城目学か、と早合点してしまいそうになるし、企画から公開までの流れにおけるスッタモンダがあったとも噂されていますが、続編ではないし、万城目学の名前はどこにもクレジットされていません。
 
本能寺の変の舞台、旧本能寺の程近くに住んでいる僕ですが、ちょうど鑑賞した日に、ロケ地のひとつ、鮒鶴鴨川リゾートを訪れて、意図せずして聖地巡礼をしてしまいました。12時台にお話したイベント京ショコラあそびの会場になってたんですけど、日本で2番目に古いエレベーターが現役で動いてるところですからね、これは確実にタイムスリップできそうだと思いましたが、乗るのはやめておきました。
 
さて、そんな映画と微妙にリンクする1日を過ごした僕が作品をどう観たのか、3分間で短評します。スタート!

誰でもそうだと思うんですけど、自分の住んでる街、行ったことのある場所がスクリーンに映ったらテンション上がるわけですよ。うわあ、四条大橋西詰の河原て僕もちょうど先週ここに座ってたとか。それがご当地映画、観光映画の大きな魅力のひとつ。なんですが! なまじ観客に土地勘があると、いやいや、嵐山と祇園はそんなに近くないから、とか、本能寺ホテルの場所って、なんで旧本能寺とも今の本能寺とも離れてるんだろう、とか、重箱の隅をつつかれがちというのも観光映画「あるある」でしょう。どうしても、絵になるスポットをツギハギしてしまうんでね。そのあたりの話はキリがないので端折ります。基本的に本質とは関係ないし、多少の地理的なご都合主義はどうでもいいんですから。
 
それにしても、綾瀬はるか、かわいいねぇ。場面がくるくる変わってあちこち名所も見せてくれる。歴史パートもロケ地がいいし、絵的な素材の魅力がいっぱいの映画ではありますけど、煮詰めきれないまま作ってしまった印象は否めないと思ってます。そこで、地元でロケした作品だと少し贔屓しても見過ごせないお話や映像の隙について触れておきます。
 
繭子が2度もホテルマンに尋ねているにも関わらず、彼はなぜ本能寺ホテルという名前の由来について答えてくれないんでしょうか。
 
靴や金平糖、胃薬は大事なモチーフとして登場します。繭子と共に、タイムスリップしますから。だったら、ガラガラずっと引きずっていたスーツケースはなぜ時間を越えなかったんでしょうか。
 
繭子が時をかける女性であることは周りの人にはわからないとしても、さすがにクライマックス、あのホテルのバーでふたりきりになった時、彼氏はなぜ彼女の異変に気づかないんでしょうか。
 
そもそもですけど、なぜタイムスリップしてしまうのか。戦国時代から伝わるというオルゴール、金平糖、呼び鈴、エレベーターという条件はわかるけど、結局どの組み合わせだとタイムスリップするのかうやむやだし、百歩譲ってオルゴールや金平糖は信長につながるからいいとして、なぜ呼び鈴なんですか。少なくとも、繭子は呼び鈴が条件のひとつであることに気づいていないでしょ? なのに、後半とかよく自分の意志で過去へ行くな、と。だって、戻る時に自分でコントロールできてないわけだし。
 
そこもさらに百歩譲って飲み込むとしても、せっかく現在と過去を行き来するってのに、映画的な見せ方の工夫が特になかったのは残念です。だって、そこは監督の腕の見せどころだし、劇的な場面転換っていうのは、映画ならではの見せ場になる。たとえば同じフジテレビ製作で言うなら、『テルマエ・ロマエ』だったら、時空を越える時に急にテノール歌手が雄大な自然をバックに歌い出す。ただのギャグなんだけど、そのたびに笑いが起きる。ところが、この作品だと、急にCGで金平糖が割れる様子がドンと大写しになる。うん、金平糖を食べたからね。って、それだけか〜い。ツッコミたくもなりますよ。

テルマエ・ロマエ テルマエ・ロマエ?

だいたいあのホテル、宿が取れない京都で飛び込みで取れちゃったわけですよ。しかも、祇園の裏通り、路地とは言え、中心部。僕は「はは〜ん、なんかこのホテルマンが隠してる、人が寄り付かない歴史的な不穏な理由や噂があるな」と想像したのに、そういうのも皆無でしたよね。じゃ、なぜ部屋が空いてるのよ。
 
ポスターの文言にもあるように、タイムスリップした先は信長最後の日なんですけど、現在パートも1日の出来事ということになってるんですね。もう繭子どんだけ忙しいねんって思うし、さらにタイムスリップして、彼女はよく正気でいられるなと心配になるんですけど、そこも百歩譲って飲み込むとして、僕はもっと日にちや時間をシンクロさせて、サスペンス要素を入れたりしたほうが盛り上がると思うんですけど、それもしないんだよなぁ。
 
それはたぶん、あくまでこの映画の最重要テーマが主人公繭子の成長にあるから、他の余計なサスペンス要素は省いたってことだと推測できます。信長からも、そして現在でもある人物から人生の教えをもらって、それによって彼女は葛藤を乗り越えていく。人生に主体的に向き合うようになる。ねらいはわかります。
 
でも、だったらね、もっと彼女の心理を掘り下げておかないとカタルシスが生まれないでしょ。のほほんとしてたり、タイムスリップ先で急に強心臓ぶりを見せつけてみたり、キャラクター演出が行き当たりばったりに見えてしょうがないですよ。制作陣が目指していたことを実現するなら、すべての行動に登場人物の心理的裏付けを与えるような演出でないといけなかったのではないでしょうか。
 
こういうことを言うと、そこはご愛嬌でしょって人がいるかもしれないけど、いやぁ、さすがに無理がありました。明らかにあちこちネジが緩んでるは釘が抜けてるわで、『本能寺ホテル』、かなり立て付けが悪いなという印象を拭えない結果となってしまいました…


さ〜て、次回、1月27日(金)109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様から授かったお告げ」は、『沈黙-サイレンス-』です。原作は高校生の頃に読み、長崎の遠藤周作文学館や教会巡りをしたこともある僕。マーティン・スコセッシが原作と出会ってから28年。かねてより映画化のアナウンスが何度も聞こえていたこの作品をいよいよ観ることができるとあって、僕もかなり気合いを入れる162分になりそうです。あなたも観たら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!