京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年2月10日放送分

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原作があります。僕は読んでいなかったんですが、アメリカで2011年に発表されて300万部を超えるロングセラーとなっているランサム・ルグズの小説『ハヤブサが守る家』。日本でも複数の翻訳が出ていて、今だと潮(うしお)文庫版で手軽に入手できます。

潮文庫 ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち<上>

フロリダに住む孤独な少年ジェイク。彼の良き理解者だったのがおじいさん。昔から古い写真を見せておとぎ話を語ってくれていました。ところがある日、そのおじいさんが何者かに襲われて凄惨な死をとげます。ジェイクは遺言のような言葉に従ってウェールズの小さな島を訪れる。そこにはおじいさんから聞かされていた「同じ時間」をループして生きる奇妙な能力を持った子どもたちとミス・ペレグリンがいた。ジェイクは彼らと交流するうちに、やがて自分にもある力があることに気づき、迫り来る脅威に立ち向かっていく。
 
監督はティム・バートン。メガホンを取ったのは、このコーナーで2015年に扱った『ビッグ・アイズ』以来2年ぶり。ミス・ペレグリンをフランスの美しきエヴァ・グリーンが演じる他、テレンス・スタンプジュディ・デンチサミュエル・L・ジャクソンといった名優が大人の主要キャラクターを固めています。
 
それでは、意外と怖くて意外とグロテスクなので、隣の席の若い女性が事あるごとにビクッビクッとしていたこの作品を3分間の短評します。行ってみよう!

まず触れておきたいのは原題です。Miss Peregrine’s Home for Peculiar Children。ペレグリンハヤブサなんで、直訳すれば「奇妙な子どもたちのためのハヤブサ姉さんの家」ってことなんだけど、この「奇妙な」という言葉。僕はてっきりStrangeだと思ってたら違う。peculiarはstrangeと似てるんだけど、ちょっと違う。特徴が他と違うばかりか、特殊、独特、もっと言うと、他にない固有なものを指す時に使う言葉。
 
いくつか作品を観ればすぐにわかることですが、peculiarというのは実にティム・バートンらしいテーマで、誰かと群れて他人と同化して生きる周囲の人間とは違うpeculiarであるがゆえに孤独な登場人物が、自分の居場所や生き方を模索していくことが多いように思います。その意味では、今作だと主人公のジェイクがまさにそう。彼は周囲となじめないんですよね。彼のことを理解してくれる人がほとんどいない。ここが重要なんですが、彼は自分のことを普通で没個性的だと思っているんだけど、やがて自分にも能力があることがわかり、後半ではすごくイキイキとして目覚ましい活躍を見せる。お話の幹として、ジェイクのアイデンティティの獲得と成長があります。そんな彼を見守るのが擬似的な母親ミス・ペレグリンであり、奇妙なこどもたちとの恋心も交えた交流が彼を目覚めさせていきます。

ビッグ・アイズ [DVD]

前作が『ビッグ・アイズ』だったことも象徴的だけど、今回も最重要モチーフは「目」でしたね。キャスティングのポイントは明らかに目力だろうし、それを強調するメイクとカメラアングルが徹底して採用されていました。特にエヴァ・グリーンの瞳はもう吸い込まれそうで、僕は何度かその魅力に打ちひしがれて石になってしまいそうでした。それはともかく、邪悪な能力者たちとの戦いにおいても「目玉」が大事でしたよね。死体からは目玉がくり抜かれるし、目玉を食べれば人間の姿に戻れる。ジェイクの能力は他の人に見えないものが見えるというものです。映画は目で見るメディアだし、自分らしい生き方を模索するのは、比喩を使えば開眼して世界と人生を見つめ直すからこそできることでしょう。
 
この作品は、バートンがジョニー・デップとのタッグに気を使わず、目を見張るアイデアの数々と色彩感覚を駆使して、自分の価値観を封じ込めようとした意欲作だという評価は間違いなくできます。基本的にはどこを切り取ってもワクワクです。
 
ただ、文庫で600ページほどある遠大な物語を2時間強の中にバランス良く語れたかというと別問題。これは類似点を指摘する人の多い「X-メン」シリーズを手掛けた脚本家ジェーン・ゴールドマンの問題かもしれないけれど、後半では明らかに整理不足。彼らそれぞれの能力とタイムトリップやタイムループ、そして善悪の戦い、永遠の命、そしてジェイクの葛藤。すべてを一気に強火で煮立てるもんだから、それぞれの火の通り方がマチマチで、要素がうまく溶け合ってないし、味がまとまってません。多くの人は、その解決策として前半をもっとサクサク進めた方がいいんじゃないかと指摘してますけど、僕はむしろ前半のペースで丁寧に最後まで観たかった。なので、上下に分けるとか、思い切ってメディアを変えてドラマで何話かの連作にするのも手だったかなぁ。
 
とはいえ、やっぱりひとつひとつのカットの構図はすばらしいし、キャラクターのビジュアライズもさすがはティム・バートンとしか言いようがなく、十二分に面白い映画を観たという満足感を得られる痛快な1本だとは断言できます。
 
=追記=
 
それを言っちゃおしまいよってことになるかもしれませんが、僕は全体的に内向きなバートンの世界観には納得しづらいところもあります。今回のエンディングがまさにそうでした。何が幸福かはそれぞれが決める相対的なものだということは理解できても、時間という本来は不可逆なものをいじってまでそこを追求されると、「それじゃ単なる現実逃避じゃねーか」とツッコミたくもなる。でも、それこそ映画を観まくるのだって現実逃避なわけで、全面的に否定したいわけではもちろんないし、結局まんまと幸せについて考えさせられているわけだから、バートンの思うツボなのかもしれないですけどね。


さ〜て、次回、2月17日(金)109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様から授かったお告げ」は、『サバイバルファミリー』です。矢口史靖監督、楽しみだよぉ。あなたも観たら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!