京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『モアナと伝説の海』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年3月17日放送分
『モアナと伝説の海』短評のDJ's カット版です。

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豊かな恵みのある南の島モトゥヌイで、一族と賑やかに暮らす少女モアナ。海を愛する彼女だが、島には外海へ出てはいけないという掟があった。幼い頃に海で不思議な体験をしたモアナは、海との深い絆を感じていた。16歳になった頃、モトゥヌイでは、ココナッツの木が病気に冒され、海で魚がまったく取れなくなるという異変が起こる。海に選ばれたモアナは、島の人々を救うべく、初めて大海原へと小舟で漕ぎ出し、巡り合った伝説の英雄マウイと共に、命の女神テ・フィティの盗まれた心を取り戻す旅を始める。
 
『リトル・マーメイド』や『アラジン』でディズニー・アニメの黄金期を作ったクリエーターコンビ、ジョン・マスカーとロン・クレメンツを監督に起用。主題歌の”How Far I’ll Go”は、アカデミー賞歌曲賞にノミネートされました。僕は今回は時間の都合で字幕版をチョイスして鑑賞してきましたよ。
 
それでは、3分間の短評という冒険へと出発!

さすがはディズニーですよ。絵のクオリティーがとても高いです。まず目を見張るのが、水の表現。当然ながらまったく喋らないんですけど、予告にも出てくる幼少時の交流を見れば、融通無碍な動きをするこの海は生きているんだ、意志をもっているんだとすんなり感じられる説得力のある演出をしているから、ポリネシアの伝説に基づいたこのお話の世界に観客はすぐさま入っていくことができます。水族館にいるような、いや、それ以上の海の様子を味わえるのには驚きました。決まった形がないものだし、透明だしで、アニメで見せるのはとても難しいわけですけど、光、色使い、透明度、そして常に変化する動きを繊細に操って、見事に命を吹き込んでいます。しかも、キャラクターたちがアニメっぽいデフォルメを施されているのに対して、海はまるで実写のような存在感。この水表現だけでも一見に値するほどです。
 
と、序盤で自然描写の課題はオールOKとばかりにクリアされるわけですけど、僕が懸念していたのは、実は物語を動かす装置の少なさだったんです。だって、人間やマウイのような半分神、半分人間のようなキャラクターが主人公とはいえ、見渡す限り、人工物がほとんどない世界ですよ。『ズートピア』とまるで逆。でも、そんな僕の心配をあっさり拭い去ったのは、マウイの身体にくまなく施されたタトゥーの人間たち、あるいはマウイの化身というべきか、とにかく彼らが皮膚というスクリーンの上でアナログな動きをしてコミカルにマウイを咎めたり次なるアクションを促したりするという、アニメとしては極めて素朴な表現を掛け合わせることで、物語に奥行きを出して特異な効果を上げていたこと。最新技術と原初的なテクニックの融合は、『リトルプリンス 星の王子さまと私』を思い出したりもしました。

リトルプリンス 星の王子さまと私 [DVD] もののけ姫 [DVD] マッドマックス 怒りのデス・ロード(字幕版)

影響関係でいうと、自然・神と人間の関係があって、そこに祟りのようなものが組み合わさるという形式は『もののけ姫』を連想させるし、根底にある自然への姿勢、畏れのような価値観は他の宮﨑駿作品とも通じるでしょう。実際、インタビューでも、最も宮崎アニメに影響を受けた作品だと両監督は語っています。さらに、女性主人公がパワフルな男性と遠くへ行って帰ってくる「行って来い」のストーリーラインや、ココナッツの化物海賊カカモラの登場の仕方なんかは、指摘する人も多いですが、『マッドマックス怒りのデスロード』を明らかに彷彿とさせます。モアナは村長の娘であり、海に選ばれたエリート、つまりはお姫様なのに、恋愛が主要モチーフにならない点は、最近のディズニー女性像の流れでもあるし、ディズニー過去作というよりも今挙げた先行作品から引き継いだものだと言えるでしょう。基本的には自分の役割や内なるアイデンティティを、旅・冒険を通して、つまり居場所から離れることで認識するという、いわゆる「自分探し」の性格を持った古典的な物語ではあるんですが、若い女の子が、しかも恋愛抜きに自立していくのはとても現代的です。
 
舞台がポリネシアであること、そして、多少のイマジネーションの飛躍はあれど、基本的にはその文化への敬意を払った描写が好ましいですね。欧米とは違う美的センスと伝統、考え方がこの地球にはあることを教えてくれるし、しかもそれを違う文化の観客にも魅力的に感じさせている。あんなにタトゥーがコミカルかつかっこよく見えるアニメは珍しいでしょ。すばらしいですよ。僕はタトゥーは入れてないけど。
 
ストーリーのひねりがちょっぴり弱いので意外性が少ないのと、自分は何者なのかという内面の葛藤を絵やアクションに昇華しきれていないこと、さらにはせっかくの個性あるサブキャラクターたちとの絡みが少ないという弱みは見受けられるものの、間口が広くて満足度の高いエンターテインメントにはしっかりなっているので、迷わずにスクリーンで観ることをオススメできる1作です。

できればストップして惚れ惚れと眺めたくなったのは、登場人物たちの豊かな毛髪! あの天然ソバージュ表現のデリケートなことときたら。
 
花粉症の薬を飲んでいることで僕の頭がボンヤリしているからかもしれないけれど、英雄マウイの設定と葛藤が今ひとつこちらに伝わってこなかったので、物語に没入し損ねた感はあります。
 
モアナとマウイの出合いなど、とりわけ船旅におけるご都合主義が気にはなったけれど、これはモアナと固い絆で結ばれた海や、エイakaおばあさんによるお導きがあったものと僕は解釈しています。


さ〜て、次回、3月24日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様から授かったお告げ」は、『SING/シング』です。春休みらしく、2週連続のアニメーション。映画ファンだけでなく、音楽ファンも間違いなく楽しめそうな1本ですね。あなたも観たら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!