京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

『ムーンライト』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年4月7日放送分
『ムーンライト』短評のDJ's カット版です。

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あの『ラ・ラ・ランド』と一度間違えられた末に、という余計なエピソードがついて回るものの、誰が何と言おうと、第89回アカデミー賞で作品賞、助演男優賞、脚色賞を堂々獲得しました。
 
リトルというあだ名で呼ばれ、内気な性格から学校でいじめられっぱなしの黒人少年シャロン。麻薬常習者のシングルマザーや、親代わりとばかりに可愛がってくれる麻薬ディーラーのカップル。そして、唯一心を許せる同級生のケヴィン。フロリダ州マイアミの狭い黒人コミュニティーで生きていくシャロンの半生を、小学生、高校生、そして青年と3つのチャプターに分けて描写します。
 
エグゼクティブ・プロデューサーをブラッド・ピットが務めていますが、監督はまだ長編2作目という新鋭バリー・ジェンキンス、37歳。素人やまだ無名の役者3人が1人のシャロンを演じ分ける一方、ナオミ・ハリスマハーシャラ・アリ、そしてジャネール・モネイといった名のある俳優や歌手が脇を固めています。
 
それでは、3分間の短評、今週もいってみよう!

僕はほぼ知識ゼロでの鑑賞で、後日予告編を見たくらいなんですけど、驚いたのは、予告でほとんど話がわかるっていう作りになっていて、あのダイジェストで筋はほぼクリア。でも、僕はそれを悪いと言っているんではなくて、この作品はそれでも鑑賞を強く勧めたくなる物語以上の機微が詰まっていて、醍醐味はそれを観客がすくい取るってこと。つまり、観るにあたって、ある程度、集中力をもって味わうという意志を持たないとつまらなく感じるかもしれません。
 
というのも、基本的に説明は周到に省略されているんですね。まず主人公シャロンが内向的なので、セリフがとても少ない。父親が今どこで何をしているのかもわからない。こういう基本的な情報すら、観客の想像に委ねられているわけです。そんな潔い省略が最も発揮されるのが、3つのチャプターで構成される時間的なジャンプです。小学生から高校生、そして青年へ。しかも、目や仕草がよく似ているとは言え、同じシャロンをそれぞれ別人が演じているわけですから。フアンと出会って、親友ケヴィンが登場して、なんだかんだあってっていう、短い時間から、一気に10年くらいポンと飛んで、その間に何があったのか、何のフォローもない。僕らは会話や出で立ち、その言葉の端々から、「こういうことがあったのかな」と漠然と推察する他ないわけです。物語ってのは、省略の上手い下手でその出来栄えが左右されるって僕は常々思うんだけど、これは大胆かつ実験的にして、お見事という他ないさじ加減です。思い出したのは、このコーナーでも扱っているリチャード・リンクレイターの「ビフォア・シリーズ」とか『6歳のボクが、大人になるまで。』ですね。ただ、リンクレイターの場合は、実際に俳優がその時間分年を取るわけだけど、こちらはそれができない分、役者を変えて、それでも説得力を持たせる演出をしている。まだ名も無き役者たちもすごいけど、監督の誘導が凄まじい。

ビフォア・ミッドナイト [DVD] 6才のボクが、大人になるまで。(字幕版)

それから、ここぞというタイミングでのカメラワークも素晴らしかった。映画のスタート、フアンが登場するところなんてまさに典型だけど、カメラがグルッと回る円環ショットと言われる技法がとりわけ印象に残りました。ある程度の時間が経っても、シャロンはあのコミュニティーの論理と価値観からやっぱり抜けきれないんだとカメラでぐるりと線を引く用な演出。黒人しかいないあの社会では、貧困からドラッグディーラーがはびこり、お母さんのように麻薬に溺れる人がいて、育児放棄、売春や暴力が横行し、子どもたちもその社会の中でのピラミッド、スクールカーストを生み出す。そこでシャロンは、さらにセクシャルマイノリティーとして生きている。およそ僕が想像できる範囲でも下の下の下です。言わば、悪しきスパイラルからどう抜け出すのか、抜け出せないのか。
 
「どう生きるかを決めるのは自分自身。他人じゃない」ってセリフがありましたけど、ただでさえ弱い立場のシャロンにとって、それはたやすいことじゃない。これは、そんな彼がアイデンティティーを獲得する、もの静かで時間をかけた闘いの叙事詩です。それは誰しもが通る道でもある。ここまで壮絶かどうかは別にして。だから、苦労したなシャロン、と涙してしまう。
 
もう3幕目なんて、僕の目は常に潤んでました。鍛え上げた肉体と光る金歯で武装しても隠せないシャロンのピュアなやさしい瞳。その光は、あの浜辺で過ごした夜に輝いて辺りをブルーに染めていた月明かりにも似ているようで、実は画像処理も施してまで映画全体を染め抜いた青が、僕のまぶたの裏にしっかり焼き付きました。
 
これは断言できます。地味だけどすばらしい作品です。予算はたった150万ドルだから2億円弱。たとえば『アヴェンジャーズ』の制作費は250億円ですよ。ジャンルもあるけど、映画は金だけじゃない。当たり前だけど、少ない予算でも良いものは作れるってことですね。
 
☆☆☆
 
物語の大事な部分で音楽が重要な役割を果たすのも、音楽ファンとして嬉しいところ。しかも、いわゆるヒット曲の魅力でゴリゴリ押してくるんじゃなくて、しみじみと歌詞を味わわせる控えめな曲をジュークボックスから流すあの「引っ張り」は3幕の見せ場でした。
 
各映画サイトに似たような記事が出ていましたが、ジェンキンス監督は、20年前の名作、ウォン・カーウァイの『ブエノスアイレス』に感化されてオマージュを捧げているんだとか。僕は気づきませんでしたが(エッヘン!) 類似ショットもあるということなので、この機会に見直してみるのもまた一興。記事へのリンクを貼っておきますね。こちら


さ〜て、次回、4月14日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『夜は短し歩けよ乙女』です。僕は原作の森見登美彦フリークで、なおかつアニメ『四畳半神話大系』も大好きでした。今回はいかに! あなたも観たら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!