京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『光』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年6月2日放送分
『光』短評のDJ's カット版です。

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視力がしだいに失われゆく写真家の雅哉。視覚障害者向けのバリアフリー映画上映の音声ガイド用に原稿を作る美佐子。奈良の街に暮らすふたりの心模様を軸に、人にとって何かを失うとはどういう事なのか、そして光と影の芸術である映画そのものについても考えさせる作品です。
 
監督・脚本・編集は河瀨直美。『あん』に続いての出演となる永瀬正敏が写真家の雅哉を、そして美佐子を水崎綾女(みさきあやめ)が演じる他、映画内の映画を監督し主演する役柄として藤竜也、美佐子の上司と劇中映画の女優として神野三鈴(かんのみすず)、さらには、ある大事な役柄で『あん』で主演した樹木希林が登場します。

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先日この番組に監督がゲスト出演いただきましたね。97年の長編デビュー作『萌の朱雀』で新人監督賞カメラ・ドールを、そして2007年の『の森』では審査員特別賞のグランプリを獲得してきた河瀨さん。10年ごとにカンヌで大きな賞を獲っていて、しかもいずれも奈良が舞台でした。今回も10年経って、また舞台は奈良。第70回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品ということで、トップに当たるパルム・ドールへの期待がかかりましたが、惜しくも及びませんでした。それでも、キリスト教関連の選考委員が精神性の高い作品を選ぶエキュメニカル賞を獲得。青山真治監督の『EUREKA』に次いで、日本人監督としては二人目の快挙となりました。
 
それでは、先日監督に直接ぶつけた点も踏まえつつ、制限時間3分間の映画短評。今週もいってみよう!

河瀨監督の作品すべてを観ているわけではないんですが、喪失感を抱えた人間がどう再生するのか、あるいは人生に一筋の光明を見出すのかといったテーマを据えることが多いように思います。その意味で、今回はまさに集大成。ひとつの到達点でしょう。美佐子の父は蒸発していて、母は認知症を患っている。いずれも、これまでにあったモチーフです。ただ、そんな彼女が映画の音声ガイドをしているという設定がとてもユニークです。これは、台詞よりも映像にはっきりと重きを置いてきた監督の言葉の再評価と考えていいでしょう。映画を構成する要素、映像、音楽も含めた音、言葉、そして観客の想像力。監督は今作でこうした要素を一度バラバラにして吟味し、それらを再構築するような、つまりは映画そのものについて考える作業を行っているのだと僕は思います。その証拠に、鑑賞後にも言葉が残ってるんです。たとえば、「目の前から消えてしまうものほど美しい」なんて、その筆頭です。これは、以前なら、監督は言葉にしなかった、言葉にするのを避けたと思うんですが、今回はとてもいい働きをしていました。
 
音声ガイドは映像を感知できない人とも映画を共有しようという役割ですが、僕もラジオという音声メディアで映像について毎週語っているわけで、その難しさはよく分かります。ガイドの出来栄えを視覚障害者立ち会いのもとにチェックするモニター会が節目節目で出てきますが、そのたびごとに、美佐子は映画への理解と想像力をたくましくしていきます。そうするうちに、言葉にすることと言葉にしないことについて、思いを巡らせることになる。
 
一方、そのモニター会で美佐子が知り合う雅哉は、文字通り光を失いゆく存在。写真家ですから、それは致命的なことなんだけれど、僕はここでも言葉に注目したい。写真家の表現は、当たり前だけど、映画以上に映像のみなわけです。その映像から離れざるを得なくなっていく雅哉が美佐子との交流の中で再評価するのは、やはり言葉なんじゃないでしょうか。ふたりは映像を介して知り合い、距離を縮めるんだけれど、心を開くのはその言葉による部分が大きいのではないかと。
 
堂々巡りするようですが、そんな言葉の再評価は、あくまで映画というメディア全体の中でのことなわけで、台詞に重きを置いた分、じゃあ、他の要素の価値が下がっているってことじゃなくて、むしろ、その逆。強力なスタッフの力を借りて、河瀬監督はこれまで以上に映画の表現の密度を上げることに成功しています。
 
中でも、写真家出身でこれが劇映画デビューの撮影監督百々新(どどあらた)さんが素晴らしい。写真のような構図。自然光の繊細な表現。これまでよりアップが多い人物描写の的確さ。映画movieは、写真が動いているものだって久々に思い出しました。それから、奈良の雑踏の音までデザインした録音のRoman Dymnyさんもすごい。
 
視覚障害者とか、親が失踪とか、特殊な人の話に思えるだろうけど、そうじゃない。人は誰でも何かを失いながら生きていくわけで、それをより分かりやすくする設定なんです。こういう事を話すと、理屈っぽいと思えるだろうけど、むしろとても分かりやすいです。河瀬直美監督の作品をこれから観るなら、『あん』と『光』の2本がオススメですってはっきり言えます。彼女の作家性がとっつきやすい形で味わえますから。
 
トーリーのネタバレじゃないから言っていいでしょう。最後の方に、バリアフリー上映が行われている映画館のお客さんたちの顔がたくさん写ります。一般の人です。役者じゃない。ドキュメンタリー出身の監督は、デビューの頃から使っている手法ですが、今回が一番ハマっていると思います。「映画っていいもんですねぇ」としみじみ感じる場面でした。それをあなたも映画館でご覧ください。好き嫌いは別にして、河瀬直美さんみたいな監督の作品が、日本で、しかも地元関西で映画館いっぱいにならないってのは絶対にダメ! とりあえず、何はなくともご覧ください。


さ〜て、次回、6月9日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『ローガン』です。マーベルはどんどん出してくるね。どこまで復習しようかしら。あなたも観たら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!