京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

映画『嘘を愛する女』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2018年1月26日放送分
『嘘を愛する女』短評のDJ's カット版です。

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食品メーカーに勤務するバリバリのキャリアウーマン川原由加利は、東日本大震災の日に都内で知り合った研修医の恋人小出桔平と同棲5年目。そろそろ結婚も視野に入ってきたある日、小出がくも膜下出血で意識不明に。病院に駆けつけた由加利が警察から知らされたのは、小出桔平という名前が住民票に見当たらず、彼が何者なのかわからないという事実。小出がベッドで眠り続ける中、やり場のない怒りと疑問に突き動かされた由加利は、探偵の海原と彼の身元調査を始める。
 
この作品は、TSUTAYA CREATOR’S PROGRAMという2015年第1回の映画企画発掘プロジェクトでグランプリに選ばれた中江和仁(かずひと)監督の原案を映画化したもの。岡部えつのペンによる小説版が徳間書店から先に世に出ていました。中江監督はこれが長編初メガホン。1981年生まれで、僕と同じ滋賀県出身。これまでは、ゆうちょ銀行やローソン、サントリーなど、大手企業のCMを手がけたり、ハンバートハンバートなどのMVを手がけ、高く評価されてきたところで、満を持しての映画デビューとなります。
 

川原由加利を長澤まさみ、小出桔平を高橋一生が演じるほか、探偵には吉田鋼太郎が扮しています。他に、TSUTAYA CREATOR’S PROGRAM審査員だった黒木瞳やDAIGO、そして川栄李奈らが印象的な役柄で登場します。
 
それでは、3分間の映画短評、今週もいってみよう!

予告編を観ると、ミステリー色が強い印象を受けると思うんですが、「思ってたのと違う」作品でした。良くも悪くも。いや、「悪くも」成分がちょい多めって感じかな。もちろん、「この男の正体は?」という謎解きの軸はあるんだけど、思った以上に探偵と由加利のコミカルなバディームービー感と、後半からは瀬戸内を舞台にしたロードムービー色が強まっていく。
 
ロードムービーというのは、その旅の間に起こる登場人物の人間的な変化を描くのに適したジャンルですけど、これはその典型で、追いかけているのは恋人の過去なんだけど、その謎をガソリンとして、由加利自身の心の旅を描いています。
 
中江監督、なかなか繊細な演出ができる方だなと僕が思ったのは、必要最小限のカット数と、削ぎ落としたセリフで、かなりの情報量を詰め込んでくるんです。特に序盤、ふたりの出会いから、小出が倒れ、探偵に調査を依頼するところまでの手際が良い!
 
地下鉄のホームで具合の悪くなった由加利がしゃがみ込む。彼女の低くなった視線から、雑踏の中、足を止めて、少しためらった後にこちらへ近づいてくる男性もののくたびれたスニーカー。その後、小出は由加利に靴を貸しますね。彼女はヒールの高いシャレた靴を履いてますが、それが災いして瀬戸内では靴ずれとなって裸足に… 言葉は使わず、小道具を活用するのはマジンガーZのくだりも同様でした。
 
それから、彼が小出という偽名を名乗った理由に気づくところも映像だけでポンと提示してくるし、ふたりの会話においても、由加利が仕事一筋で家事には一切気の回らない女性であることを、小出の「あ、それならシンクの下にあるから」なんて一言だけで観客に悟らせる。
 
思った以上に早く意識不明になってしまう小出ですが、影のある佇まいがはまり役の高橋一生をそのまま出さないのはもったいなさすぎますね。ご安心ください。出てきますよ。回想シーンなんだけど、これがまったく野暮ったくなくて、特にタイミング、シーンの並べ方が、由加利の脳内を映すようで、しっかり映画的でした。
 
と、この調子で進んでくれれば良かったんですけどね… 前半がソリッドな分、「なぜこうなった?」という、余計な謎が僕の中でいくつか膨らんだことも指摘しておきます。

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小出が通っていた喫茶店のゴスロリ衣装のぶっ飛んだウェイトレス心葉が登場する一連のシーン。面白いところもないとは言わないけど、最終的に彼女について触れないんであれば、丸ごと割愛すべきでしょう。
 
由加利が瀬戸内で取る突発的な行動の数々は、「ここでこう迷った方がいいよね」という、作り手のご都合をうかがわせるようなものが多いうえ、「地道な調査をしました」という聞き込みの展開にはバリエーションと物語的展開が少ないからテンポがダレてしまう。映像は美しいんだけど、瀬戸内の風光明媚さに監督がのまれていると思わざるをえない画作りが目立ちます。それこそ、CMっぽいんですよ。
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探偵の車が動かなくなる場面にいたっては、苦労してますっていうのを出しすぎていて、笑わせようとしているのか何なのか… 
 
肝心の謎が解けても、彼が何のためにあの文章を書いていたのかとか、5年という長い歳月に及ぶ同棲生活における彼の心理状況は結局ぼんやりしているので、どうにも現実味を持って迫ってこないのは決定的な問題でした。主人公が由加利だとはいえ、彼女を変えるファクターははっきりさせてもらわないと、もやもやします。
 
とはいえ、終盤でやおら立ち上がってくる労働環境の問題意識とテーマ設定は、深めきれてはいないもののアクチュアルだったし、最初に言ったように、由加利の変化、というか、あの打算的な女っぷりからの人間的成長は描けていました。
 
「思ってたのと違う」ところに観客を連れて行こうという狙いはとてもいいし、それが成功している部分もあるんですけど、その狙いに物語そのものが振り回された結果、良くも悪くもの、「悪くも」が目立ち、時にあの探偵の車同様、自損事故を起こしています。
 
この話なら、あと20分は短くして、序盤の鮮やかな映像さばきを徹底して描き込めば、またかなり違う印象になると思います。厳しく評しましたが、中江和仁という将来有望な監督のデビューを劇場で観ておく意義は大きかったです。

ここではほのめかす程度にしか描かれていませんが、日本の深刻な医師不足と、それに伴う医師(特に勤務医)の労働環境の悪さは大きな問題となっています。別に社会派の映画にしろとは思わないけれど、もう少しそこに切り込むとピリリとしたかな、とも。

さ〜て、次回、2月2日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、キャスリン・ビグロー監督の『デトロイト』です。我らが「フィン」ジョン・ボイエガの活躍やいかに! あなたも鑑賞したら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!