京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

『デトロイト』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2018年2月2日放送分
『デトロイト』短評のDJ's カット版です。

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1967年夏。アメリカのデトロイトで黒人たちの大暴動が発生。略奪や放火が相次き非常事態が宣言された騒乱2日目の夜、銃声を聞きつけたデトロイト市警は、ミシガン州警察、ミシガン州兵、民間警備員とともに、音の発生源だとされるアルジェ・モーテル別館を強制捜査。警官数名がモーテルの宿泊客を拘束し、手順と人権を無視した暴力的な尋問が始まってしまう。

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地元の民間警備員に扮するのは『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』でもおなじみ、ジョン・ボイエガ、要するにフィンです。そして、尋問をエスカレートさせてしまうデトロイト市警の白人警官を演じるのは、『レヴェナント 蘇えりし者』でひとり若かかったあいつ、ウィル・ポールター。
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監督は『ハート・ロッカー』や『ゼロ・ダーク・サーティ』を手がけた女性のキャスリン・ビグロー。脚本は、その2本でもペンを握ったマーク・ボールが担当しています。
 
アカデミー賞のノミネートが発表されるまでは、受賞最有力と言われていたこの作品。蓋を開けてみると、主要な賞どころか、テクニカルな部門を含め、ノミネートひとつもなし。アカデミーにかすりもしなかったという驚きの結果となりました。そんな中、拍子抜けだなと思いながらの鑑賞でしたが、さすがにビクロー監督最新作とあってか、劇場はかなりの映画ファンが詰めかけていましたよ。
 
それでは、3分間の映画短評、今週もいってみよう!
 

映画は概ね3幕構成で進みます。プロローグでアニメーションとナレーションを使って60年代に至るまでのアメリカにおける黒人迫害、搾取の経緯を簡潔に見せておいてから、暴動が何を引き金に起きたのかを見せる1幕。メインとなる2幕は、アルジェ・モーテルでの警察の暴走。そして、警官たちがいかにしてその後裁かれたのかを見せる法廷劇を中心にした後日譚が3幕です。お話の構成はこのようにオーソドックスなんですけど、語りの視点は結構複雑でして、主人公は誰だって聞かれると答えづらいんです。挙げるとするなら、こちらも数字は3。モーテルにたまたま居合わせてしまった面々を代表して、実在するボーカル・グループ、ザ・ドラマティックスのボーカル、ラリー。そのラリーを含む宿泊客たちの中に警官隊を狙うスナイパーがいるはずだと見込みで尋問を開始する警察官クラウス。そして、同じくモーテルに居合わせる黒人なんだけど、民間の警備員という立場なので、白人と黒人のパイプ役、調整役を買って出る男、ジョン・ボイエガ演じるディスミュークス。

 

こういう風に立場の異なる人物たちを効果的に配置し、巧みな編集によって、実は今も真実は藪の中というこの事件を極力客観的に検証しようというビクロー監督の意志の表れでしょう。

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彼女の作家性とも言えるテーマは今作でも発揮されていて、それは僕に言わせれば、何らかの権力を持つ人間がひょんなことから狂気をみなぎらせてしまうことでしょう。今回は白人警官のクラウスですね。彼も警察という公権力を笠に着て一線を越えてしまう。あれよあれよという間に。ビグロー監督が得意なのは、手持ちのカメラを駆使して、さも現場に立ち会っているかのような感覚を観客に味わわせることです。と、ここまでなら、これまでの彼女の作品にも共通しているのですが、一歩進めてきたなと感心したのは、クラウスの狂気のみに集中せず、言わば巻き込まれた被害者のラリー、そして恐らく監督の立場に近いだろう警備員ディスミュークスの冷静さを交えることで、なぜ歯止めがかからなかったのか、なぜあれよあれよという間にどえらいことになったのか、そのプロセスとなる事情までをも示していることです。

 

たとえば、州の警察が人権無視の暴力に気づく場面。結局は、自分に火の粉が降りかかるのが嫌で臭いものには蓋をしてしまいます。そういう縦割り事なかれな権力組織の構造だったり、良心的な人物がいようとも組織の体面が優先されて事件のもみ消しが行われる様子だったり。それを目の当たりにした時の僕らの無力感ときたら…。ともすると、この『デトロイト』は、海の向こうの、しかも50年前の、つまり僕ら日本の観客からは遠い話に思えるかもしれないけれど、こういう見て見ぬふりや組織ぐるみの保身というのは、いじめ問題や警察、そして会社などの汚職問題とそっくりなんですよ。異分子排除のためなら、でっち上げだろうと何だろうとやみくもに実行してしまう様子は、日本も含めて戦時中に行われた諸々の弾圧も思い浮かべてしまいました。それぐらいに、普遍的な話でもある。

 

実際の事件を検証しているし、過度に黒人側に肩入れすることなく、好感のもてるバランス感覚で多面的に話を進めているし、映画を作る上での技術も、俳優たちの演技も、間違いなく一級品です。悪役クラウスを演じたウィル・ポールターについては、それこそアカデミー賞ものです。アカデミーが無視するなら、マサデミー賞で讃えたいですよ。

 

にも関わらず、実は僕もどうにも痒いところに手が届かないなと観ながら思ってしまったのは、さっきと矛盾するようだけど、バランスが悪いからなんです。何のバランスって、話の配分です。いくら監督お得意の手に汗握る暴力演出ができるとはいえ、あの尋問・拷問シーンに40分は時間をかけすぎです。あの部分は半分にして、たとえばクラウスの家庭環境や黒人差別感情が芽生えた理由を描くとか、ディスミュークスがなぜあんなに理性的でいられたのかも見せるとか、ザ・ドラマティックスのラリーは比較的しっかり踏み込んでたけど、白人が牛耳るショウビズ界への黒人のあこがれをもうちょい強調しておかないと、ラリーのその後へのフリとして少し弱い。さらに、あの裁判にしたって、陪審員の議論は完全に端折ってますけど、そこは入れておいた方が説得力を増すと思うんです。

パトリオット・デイ(字幕版)

わりと最近このコーナーで扱った作品を引き合いに出すなら、お手本は『パトリオット・デイ』です。かなりの人数を登場させる群像劇の見せ方として、交通整理もできてたし、それぞれ深く掘り下げきれないにしても、観客に想像させたり考えさせたりする材料は出し切っていたと思うんでね。

 

とはいえ、『デトロイト』を今スルーするのは賢明じゃないです。僕も色々言ったけど、相当高いレベルでの話です。差別される側の無力感。組織をバックにした個人の理性のタガが外れる様子。こうしたテーマを、誤解を恐れずに言えば、面白く見せてくれる力作です。

あのファレル・ウィリアムスが在籍するN.E.R.Dとケンドリック・ラマーがコラボする“Don't Don't Do It”をオンエアしました。あのラリーも参加しているサントラからピックアップすることも考えたんですが、グラミーを席巻したケンドリック・ラマーということも念頭に入れつつ、あれから50年近く経っても、「アメリカの社会体質は変わってないんじゃないか」ということを伝えたく、こちらにしました。一昨年、またしても起きてしまった、警官による丸腰の黒人男性射殺事件を受けて作られたナンバーなんです。ここで曲の解説をする余裕はありませんが、こちらの記事などをぜひ参照ください。

さ〜て、次回、2月9日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『スリービルボード』。また重そうだぁ。でも、今度こそ、間違いなくアカデミー賞最有力!? ま、そんなことは抜きに、あなたも鑑賞したら #ciao802を付けてのTweetをよろしく! 既に試写会で作品を観ている局のスタッフから、ニンマリ顔で先日言われたのは、「どう喋ってもネタバレしそうやから、DJがどう紹介するのか気になるわぁ」。そうか。そうなのか! 不安が募るぜ。