京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『君の名前で僕を呼んで』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2018年5月3日放送分
『君の名前で僕を呼んで』短評のDJ's カット版です。

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1983年夏。北イタリアの小さな町(メインのロケ地はクレーマというロンバルディア州の町で、人口は3万5千人ほど)を舞台に、家族で夏を過ごす17歳のエリオと、考古学者である父がアメリカから避暑と研究の手伝いのために招いた24歳の大学院生オリヴァーの淡い恋模様を描きます。ふたりは同じ家、隣同士の部屋に住み、自転車で街を散策。川で泳いだり、読書や音楽鑑賞をして過ごすうち、エリオの気持ちがだんだんと止められない恋心へと成長していきます。それぞれに女の子と付き合ったりはするのですが…
 
原作者はアンドレ・アシマンという1951年エジプト生まれの作家。彼自身が大学教授でもあって、今もニューヨーク大学で教鞭をとっています。この種の恋愛経験があるわけではないということらしいんですが、やはりイタリアで過ごした少年時代の思い出をベースに物語を編んでいます。翻訳が出るのが遅くて、4月27日にいきなり文庫でマグノリアブックスから出版されたばかり。僕も購入しました。

君の名前で僕を呼んで (マグノリアブックス)

脚色したのは、カズオ・イシグロの小説を映画化した『日の名残り』や『モーリス』などで知られる映画監督のジェームズ・アイヴォリー89歳。ロケ地もイタリアということで、製作スタッフの多くをイタリア人が占めています。その筆頭として、監督はまだ46歳と若いルーカ・グァダニーノ。イギリスの女優ティルダ・スウィントンとの仕事で知られている人で、彼女をキャストに迎えた『ミラノ、愛に生きる』や『胸騒ぎのシチリア』は日本でもDVD化されていて、簡単に観ることができます。

ミラノ、愛に生きる [DVD] 胸騒ぎのシチリア(字幕)

主人公のエリオを、『インターステラー』でケイシー・アフレックの少年期を担当していたティモシー・シャラメが、そしてオリヴァーを『コードネーム U.N.C.L.E.』のアーミー・ハマーが演じています。
 
本作は、今年のアカデミー賞で、作品賞、主演男優賞、脚色賞、歌曲賞にノミネートし、見事脚色賞をジェームズ・アイヴォリーが史上最高齢で獲得しています。
 
それでは、久々にイタリア舞台の作品ということで力の入る3分の映画短評、今週もそろそろいってみよう!

ざっくり言えば、これはA Summer Affair、ひと夏の恋物語です。昔からこの手の話はよくあるわけですよ。避暑地で出会って惹かれ合うふたり。でも、それぞれには本来の居場所がある。夏が終われば、元の生活に戻らないといけない。そのタイム・リミットが火に油を注ぐ格好になり、恋は燃え上がる。
 
その構図が、男女ではなく、この映画では男同士になってるんですよね。華奢なエリオと、劇中にも出てくる彫刻のような肢体の持ち主オリヴァー。夏ということもあり、ふたりの露出度は高く、ていうか、ほとんど半裸の場面も多く、確かに、超ど級に美しいです。劇場にはそんなふたりの胸キュンなやり取りに燃え萌えな女性たちが詰めかけていて、さながら目の保養所と化していました。要はこの作品、これまでもよくあったひと夏の恋物語に、LGBTの要素をかけ合わせたことで目新しいものにしていると勘違いしている方、多いと思うんですが、それは僕に言わせればちょっと違うんです。
 
この種の恋愛ものだと、特に時代のこともあり、不寛容な社会からの差別とどう折り合いをつけるのか、あるいはHIVウィルス問題の動揺をどう受け止めたのか、そういった言わば逆境の中での話になることが多いのに対し、この作品にはそうした傾向はほとんど無いんです。フォーカスしているのは、もっとピュアなふたりの心身の動きそのものなんですね。その他の要素はほぼ省いてあります。
 
監督のグァダニーノ。彼はこれまでも社会や周囲が味方してくれるわけではない恋愛をモチーフにしてきました。登場人物を少人数に絞り、その関係性、生じる力学の変化をすくい取ってきた。たとえば『ミラノ・愛に生きる』でもそうなんですが、心と身体の交流に微細な自然描写を差し挟むことで、認められない恋だろうとこれだけ美しいんだという見せ方をしてきたのかなと僕は思ってます。ただ、正直、僕は世間ほど高く評価してはいませんでした。こう持っていきたいんだという作り手の意図が見え隠れして、言葉は悪いんだけど、ちょっとあざとさを感じるところもあったんですよ。
 
ところがどうでしょう。この作品では、そんな不満もどこへやら。ひたすらに賛美です。勝因のひとつはアイヴォリーの適切な脚本です。3ヶ国語が飛び交う洒脱なユーモアに満ちた会話と、その言葉の比重を減らした余白の作り方が絶妙。その余白に北イタリアの自然美が花開く構成。監督もこれまで以上に映像の運びが上手くて、ふたりのそれだけではなんてことない無邪気な動作なんかを積み重ねることで、ふたりのその時にしか体験できない、忘れられない時間の層をフィルムに焼き付けていく。その意味で、僕は編集がすばらしかったと思います。結構カット数が多くて、もうちょい長かったらダレてしまったり退屈させたりする直前でスッと次へ行くんですよ。その緩急がうまい。
 
ふたりともユダヤの血を引いてるんだけど、ダビデの星のペンダントであるとか、ふたりの過ごす部屋の配置と扉の開け具合、たわわに実った果樹園のあんず、自転車、彫刻、そしてしょっちゅう画面で飛んでるハエ(!)も含め、小道具の使い方とそこに込める含みのある意味もお見事。

FM802春のキャンペーンACCESS、今年のキャンペーンソング『栞』の中で、尾崎世界観はこう書いてます。「簡単なあらすじなんかにまとまってたまるか」。この映画はまさにそれ。あらすじにするとあっさりするんだけど、これは132分を一緒に生きてなんぼの映画です。ときめき。嫉妬。迷い。苦しさ。反発。衝動。欲望。歓喜。別離。記憶。痛み。成長。この映画には恋愛感情のあらゆる要素が詰まっています。
 
それを経たラスト10分くらいのエリオを見てください。もう最初とはまったく違う美しさをたたえた青年に変貌してるんです。そして、彼らを見守る両親のスタンスの素晴らしさたるや! 何最後にお前らええとこ持っていくねん! 最高やないか〜〜!
 
男同士だからといったバイアスはいったん忘れて、あなたも純度120%の恋愛映画に打ち震えてください。

それにしても、ふたりの美しさは神がかってました。エリオは映画史に残る美少年として名高い『ヴェニスに死す』(これも北イタリアで、男同士だ!)のビョルン・アンドルセンに匹敵しますね。

ベニスに死す [DVD]

アイヴォリーはヌードシーンを脚本に用意していて、監督も交えて撮影の打合せまでしていたそうですが、最終的にはフルヌードの濡れ場はありません。PG12だしね。むしろ、ベッドシーンではあっさりとカメラは引いてしまいます。結果として、僕はそれで良かったのだと思います。その生々しさで勝負しちゃうと、やっぱりLGBTの色彩が前にせり出してきて、この映画に限ってはそれがマイナスになりかねませんから。

さ〜て、次回、5月10日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、ジョージ・クルーニー監督、マット・デイモン主演『サバービコン 仮面を被った街』です。この組み合わせで、ひねりと風刺のきいたスリラーなのかしら。予告を観る限り。よくわかんないけど、いずれにしても楽しみだ。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けてのTweetをよろしく!