京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『犬ヶ島』短評

 FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2018年5月31日放送分
『犬ヶ島』短評のDJ's カット版です。

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日本のような国にあるメガ崎市。今から20年後。ドッグ病が蔓延していて、人間への感染を恐れた小林市長は、すべての犬をゴミの島である「犬ヶ島」へ隔離すると宣言。市長が権力にものを言わせて率いる反犬派と、ドッグ病の血清を開発する科学者や、政権の陰謀を暴こうとする学生たちなどの愛犬派が衝突。市長の養子である12歳のアタリは、自分の番犬で親友だったスポッツを探して、単身犬ヶ島へ乗り込む。
 
監督・脚本・製作は、『ダージリン急行』や『グランド・ブダペスト・ホテル』で知られるウェス・アンダーソン、現在49歳。2009年の『ファンタスティックMr.FOX』以来となるストップ・モーション・アニメーションを採用しました。14万4000枚もの写真をコマ撮り。445日をかけて撮影され、総勢670人のスタッフが動員されたそうです。

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日本からは、小林市長を担当した野村訓市が、原案や日本人のキャスティング、そして脚本にも参加するなど大きな役割を果たしています。ビル・マーレイなど、監督の作品常連のキャストが集った他、スカーレット・ヨハンソンティルダ・スウィントンオノ・ヨーコなど、豪華俳優陣、そして村上虹郎野田洋次郎など、日本人も多く参加しています。
 
昨年のベルリン国際映画祭では、銀熊賞を獲得しました。
 
それでは、3分間の映画短評、今週もそろそろいってみよう!

左右対称な構図。キャンディーカラーと言われる色彩感覚。そして、横移動するカメラ。こうした誰でも気づく特徴が、あちこちでコピー、あるいはパロディーの対象となるほどに大衆化、カルチャーアイコン化しているウェス・アンダーソンです。彼にはそういう表面的なスタイルの裏に、研究熱心な、生真面目なレベルの映画青年らしいネタを盛り込んでくるという傾向もあるんですね。
 
今回の『犬ヶ島』では、フェティッシュなレベルで彼が愛してきた日本文化をこれでもかとぶち込んでコラージュしながら、日本人にとっても初めて見るようなアンダーソン的日本像を構築するという意欲がまず彼にありました。
 
そこに、当初は考えていなかったことのようですが、現実のこの世界で起きている権力構造の変化、移民の排斥、具体的にはトランプ大統領の登場などを反映させた、ある種オピニオン映画として成立させようという意図も加わって完成しました。
 
6年前、この映画は、5匹の犬がゴミの島にいるという1枚の絵のようなイメージから始まったそうです。そこに少年が自分の犬を探しにやってくるという設定のみ。では、なぜ犬がゴミの島にいるのか。少年はどんな思いで犬を探すのか。そういう疑問を当初のイメージにぶつけながら、物語を膨らませていったと、監督はインタビューで答えています。そのせいもあるのでしょう。映画はチャプターがきっちり別れていて、キャラクター、小道具、舞台セットなど、プラモデル的にパーツを組み合わせましたという感じがします。

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たとえば、このコーナーで昨年扱った『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』も同じストップモーションアニメでしたね。あちらは作りこそコマ撮りだけど、語り口はわりにオーソドックスなファンタジーだったため、途中からはもう作りものであることを意識せずに没入しちゃうのに対して、『犬ヶ島』はコマ撮りという画作りも、語り口そのものも、あえてこれは作り物ですよっていうことを観客に意識させる手法を採用しています。キャラクターがすべてマネキンで動かないドラマ『オー!マイキー』ってのがありますが、あの感じもちょっとあって、要するにブラックかつシュールな笑いにはとても向いているんです。
 
実は今回、あの『KUBO』を制作したコマ撮りアニメの世界最高峰スタジオライカと全面的にタッグを組んで撮影されました。それだけに、一見同じ手法でも、演出によってこれだけ趣が変わるのかということ、見比べると自ずと明らかになると思います。まあ、しかし、今回もスタジオライカはすごい。犬の毛並みとか、風に揺れる様子とか、技術の粋が尽くされてます。なんなら、更新されてます。だから、コマ撮り好きの僕なんかは、もう観ているだけで幸せ。各キャラクターに萌えまくりです。
 
この萌えの部分が、ウェス・アンダーソンの真骨頂で、北斎などの浮世絵から、俳句、相撲、定食屋、ラーメン、寿司、和太鼓、街並みなど、彼の好きなJAPANてんこ盛り。さらに、映画ですね。特に黒澤明の『七人の侍』もあるけど、どちらかというとマイナーな現代劇、たとえば『悪い奴ほどよく眠る』『どですかでん』あたりから設定や人物造形を借用してきています。

悪い奴ほどよく眠る どですかでん

その結果、僕なんかは萌え死にしました。はっきり言うと、情報量が正直多すぎます。一度観ただけではとてもじゃないけど味わい尽くせないレベル。萌えに対して不死身の精神を持っていないと大変です。例によって、セリフの量も半端なく多いですしね。なおかつ、僕は吹き替えで観たんだけど、字幕版だと、犬は英語、日本人は日本語って具合に多言語でもあって、なお大変。
 
で、そこになおかつ、権力の横暴と不正に市民、特に若者が草の根で立ち向かうという、これはこれでデカいテーマ、鋭いメッセージが込められてくる。ウェスさん、ハードル高すぎませんか。というか、僕は、彼の趣味嗜好スタイルと語るべきメッセージがすんなり溶け合うレベルには達していないと考えています。
 
その結果、観終わった時のカタルシスが弱い。なんか、終始急ぎ足で、あれもこれもとバイキング形式でつまんだ結果、お腹はいっぱいになったけど、どの順番で何を食べたんだっけという、消化不良感がつきまとって、映画一本としてのカタルシスが得られないんです。情報の洪水という意味では『レディ・プレイヤー1』が、そしてフェティッシュな魅力という意味では『シェイプ・オブ・ウォーター』が近作ではありましたが、『犬ヶ島』にはその2作に共通する情報整理のスマートさが及ばなくて、楽しいんだけど、アーティスティックで人によっては難解と思えてしまうのも仕方ないのではないでしょうか。

野田洋次郎のインタビュー記事も載っているパンフレット、オススメですよ。特殊な制作過程を踏んでいる映画だけに、その舞台裏が、か・な・り興味深いから。

そして、これからご覧になるという方にアドバイス。体調は万全の状態で! 

さ〜て、次回、6月7日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『デッドプール2』です。ここんとこ、狼、兎、犬と続いたこのコーナー、さすがにそろそろ人かなと思ってたら、何か変なの来ました(笑)

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