京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

映画『ペンギン・ハイウェイ』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2018年8月23日放送分
映画『ペンギン・ハイウェイ』短評のDJ's カット版です。

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毎日必ず何かを学び、その成果をノートに記録している勉強家の小学4年生アオヤマ君。彼にとって何よりも興味深いのは、通っている歯医者のお姉さん。チェス仲間でもあるお姉さんをめぐる研究も、日々欠かさず真面目に続けていました。そしてお姉さんも、小生意気で大人びたアオヤマ君をかわいがっていました。ある日、彼らの暮らす街に突然ペンギンが現れる。海もない郊外のニュータウンに、なぜペンギンが? アオヤマ君はその謎を解くべく研究を始めたところ、お姉さんが投げ捨てたコーラの缶がペンギンに変身するところを目撃します。ポカンとするアオヤマ君に、お姉さんは笑顔でこう言います。「この謎を解いてごらん。どうだ、君にはできるか?」。少年たちの一夏の冒険と成長を描くファンタジーです。

ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)

原作は人気作家、森見登美彦が2010年に出した同名小説で、その年の日本SF大賞を獲得しています。脚本は、森見作品の映像化に何度も関わってきたヨーロッパ企画上田誠。そして、監督は京都精華大学マンガ学部で学んだ石田祐康(ひろやす)。3人の共通点は、大学時代を京都で過ごして創作活動を始めたということですね。ただ、石田監督はまだ30歳。これが長編初監督となります。所属するスタジオ・コロリドには、ジブリ出身の新井陽次郎もいて、彼は今回はキャラクターデザインを担当しています。
 
アオヤマ君の声を演じるのは、若手女優の北香那。他に、お姉さんを蒼井優、アオヤマ君のお父さんを西島秀俊、アオヤマ君のクラスメイトで聡明な女の子ハマモトさんを声優の潘(はん)めぐみが、それぞれ声をあてています。
 
それでは、制限時間3分の映画短評、今週もそろそろいってみよう!

結論を先に言います。原作の文学的な魅力を映画的なものへと見事に変身させた、たいへん優れたアニメ映画です。
 
今週月曜日、フジテレビプロデューサーの松尾さんに話をうかがいましたが、彼は石田監督を世に送り出す使命感に燃えていたのが僕の印象に残ったのですが、成功の要因は脚本を上田誠さんに依頼したことです。監督も大学時代に森見作品を読み漁ったクチだからこそ、原作の膨大な情報量を前に映像化の難しさを感じていたそうです。夏目漱石坊っちゃん』に通じる語彙を駆使した知的なユーモアとバカバカしい跳躍力、そしてこの作品であれば「人は何のために生きているのか」という哲学的な命題とあどけなさと切なさと。ハードカバーで350ページ分の魅力を2時間に凝縮するのは至難の業です。そこで、製作陣は上田誠という森見作品の代弁者であり映像翻訳者でもある実力者に参加してもらうことで、監督の負担と作品の質を担保したわけです。上田さんは石田監督の意見や要望をきっちり取り入れながら、見事な脚本に仕立てました。
 
何が見事って、原作の日記形式を解体して、モノローグ中心、つまり言葉中心の語りから、アオヤマ君の瞳というレンズを通した視覚的な、つまり映像的な語りへと変身させたことです。実際、アオヤマ君の眼というのは、僕らが一目見ただけで、聡明さとあどけなさが同居する様子がわかる見事な造形になっています。実は森見さんは最初に提出されたアオヤマ君のデザインを見た段階では映像化を断っているんです。それだけに、アオヤマ君の表情、いや、眼差しはこの映画の肝なんですね。こうした文字から映像への翻訳と同時に、テーマをくっきりさせてあります。お姉さんへの恋心を経糸に、そしてクラスメイトたちとの友情やハマモトさんとの三角関係を緯糸にして物語を編み直してあるんですね。

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でも、原作を読めばわかる通り、アオヤマ君の研究記録はとても大事な要素なんです。そこは、できれば活かしたい。僕が感心したのは、監督がアオヤマ君のノート、そのマス目ひとつひとつを彼にとっての世界を測る尺度だと捉えたことです。『四畳半神話大系』の腐れ大学生にとっての世界の尺度が四畳半だったように、アオヤマ君にとってのそれは、ノートのマス目なんだと。だから、彼がそこに書く文字の筆跡とサイズを緻密に描きこんだ。アニメ表現としてのハードルの高さはとんでもないけれど、きっちり乗り越えてます。ソフト化されたら、僕はノートが出てくるところ、ストップして観察したいくらいです。本当に細かい。主人公が分析できている事象は、マス目に文字が入るんだけど、そうでないものはマス目に収まらなかったりする。つまり、まだ謎なものですね。その象徴が、お姉さんへの自分の想いです。だって、おっぱいに心惹かれてはいるものの、まだ恋心が何なのか、わかっていないわけだから。
 
絵は全体的にツルリとした質感で、ハイトーンな明るさが印象的でした。リアリズムというよりは、匿名的でどこか浮世離れした画作りで、それも物語性とマッチしています。そして、何より大事なのは、ペンギンの造形、もっと言えば変身シーンですね。これがもうアニメ的快楽に満ちていて、楽しかった! 

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さらには、クライマックスのペンギン・パレードの圧巻さときたら! 原作では当たり前ですがすべて文字で表現されていたところ、その独特な筆致のニュアンスを壊すことなく、あくまで動きに置き換えて映画的なダイナミズムへとスルリと変身させたその技に僕はブラボーと言いたいです。森見的表現を使うなら「なんじゃこりゃあ」という驚き。
 
そして、エピローグでの切なくも人が成長することの意味を教えてくれる余韻まで含め、些細なところや声の好みなどは別として、大きな問題点をひとつも見つけることができませんでした。
 
与えられた課題をこなすことだけで人は成長するのではないわけです。世界を観察して謎=ワンダーをそこに見出し、それが一体何なのかと自分なりに分析して解明していくこと。もし解明できずとも、へこたれることなく、その割り切れないものにまた魅了されては違う角度から観察し直してみること。謎の解明は、時に切なくも悲しくもあること。僕はアオヤマ君に生きる楽しさをまた教えてもらいました。
 
まさか10歳の男の子の物語から人生の歓びを教えてもらうとは! なんて野村雅夫39歳の夏です。

 宇多田ヒカルの『Good Night』は、彼女のディスコグラフィーの中でもかなり言葉数が少なく、選びに選んだ(だろう)両義的な言葉で切々とアオヤマ君の未来が続いていく様子を予感させる主題歌でした。

 

 さ〜て、次回、8月30日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『カメラを止めるな!』です。ついに来てしまいました… 各地で絶賛の声が相次ぎ、上映館が拡大する中、その波が当番組にも到来。お告げが下ったそばから、アミーチたちの「あれをネタバレ無しに短評するのは無理だろ」の声が多数押し寄せてきました。不安しかないのが正直なところではあるけれど、「放送は止めない! オンエアは続ける!」。はぁ… とのかく、既に観たあなたも、まだという方も鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!