京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『カメラを止めるな!』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2018年8月30日放送分
映画『カメラを止めるな!』短評のDJ's カット版です。

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日本映画界随一のシンデレラ・ストーリーと言われるくらいに、この映画そのものの行方が、誰も予想できない展開を見せました。ENBUゼミナールという映画と演劇の学校が製作する「シネマプロジェクト」第7弾としてできあがったもので、公開当初はその専門学校が配給をしていたので、当初かかっていたのはたった2館。それが現在ではアスミック・エースと手を組み、これからの予定を含めて200館を超える規模に上映拡大。インディーズのゾンビ映画が劇場でパンデミックを起こした格好で、その波は109シネマズにも及び、ついにこのコーナーでも扱うこととなりました。実は、世界で最も初期に評価した映画祭が、今年で20回目を迎えたイタリアのウディネという街の極東映画祭だったことも、イタリア出身の僕としては付け加えておきます。見る目あるぜ!
 
監督・脚本・編集はこれが劇場長編作初メガホンとなる、滋賀県長浜市出身の上田慎一郎、34歳。叩き上げでここまでやって来た人物です。
 
さて、いつもならここでざっとあらすじを僕なりにまとめて、それから短評をスタートするのですが、今日はここでひとつ注意とお願いです。既に観ている方はいいとして、観ていない方にお伝えします。これがネタバレ厳禁の映画だという噂は耳にしていると思います。もう観に行くことは決めていて、事前の知識はゼロにしておきたいという場合。これね、放送自体は止められないんですよ。なので、あなたがラジオを止めるか、ボリュームを下げるか、すみませんがしていただけますかね。10分もすればもう大丈夫ですんで。そして、そうは言っても短評を聞きたいという方、一応今回のネタバレのリミットは公式のポスター(↓)と、たぶんそこまで触れないけど、予告編までとさせてください。

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とある自主映画のクルーが、山奥の廃墟でゾンビ映画の撮影を進めていました。「もっと恐怖に怯えた表情を出せ」と主演女優の演技に納得がいかず、あるショットになかなかOKテイクを出さない監督。テイクは既に42を数えていました。一度気分を入れ替えるべきだと休憩時間に入った彼らのもとに、本物のゾンビが襲いかかります。現場は混乱。動揺する役者とスタッフ。ひとり嬉々としてカメラを回す監督。こうした様子が、37分に及ぶワンシーン・ワンカット長回しで描かれるノンストップ・ゾンビサバイバル…… キャッチコピーは「この映画は二度はじまる」です。
 
それでは、映画の女神様からのお告げaka挑戦状、できれば今すぐ現場を離れたい、家に帰りたいけれど、「生放送を止めるな!」のスピリットで臨む、制限時間3分の映画短評、今週もそろそろいってみよう!
 
 
客観的なデータをまず出しましょう。上映時間は、96分なんです。で、頭から、さっき言った37分の長回しがあるわけですよ。計算が合わないですよね。残り1時間は何があるんだと。120年を超える映画の歴史の中で、長回しに挑戦する作品はいくつもありました。ただ、この作品に関しては長回しそのもの、つまり最初の37分それ自体が売りではないんです。観客の多くが感心して舌を巻いてしまうのは、言わば2カット目から。そこで、キャッチコピーの「この映画は二度はじまる」なんですが、僕はもうちょっと細かく分けると、数え方によるけど、三度、いや、四度はじまると見ています。僕の勘定での「二度目のはじまり」はね、言っていいと思う。だって、上映開始早々だから。
 
血まみれの若い男女。男性はどうやら既にゾンビ化していて、恋人だったのだろう女性に襲いかからんとしている。やめて。叫ぶ彼女。斧を持ってはいても、いくらゾンビ化したとは言え、恋人を斬り捨てるなんて… いきなりゾンビものでよくある展開ですよ。そこに「カット」がかかって、カメラを振ると、そこに監督の姿。これが二度目のはじまり。ここでまずフィクションとリアリティの線引きが曖昧になる。別の言い方をすれば、ゾンビものというジャンルに、バックステージものというジャンルが掛け合わされるわけです。普段なら観客は観ることのできない、隠された文字通り舞台裏を見せるジャンルです。
 
だけども、普通ならそこでカメラはカット割りされて、一般的な映画編集法になるはずなのに、不思議なことに、カメラは止まらないんです。あろうことか、途中で監督が別のカメラを回してる姿が写り込んだりもする。おやおやおや? これ、なんだ? ドキュメンタリーをフィクションでやるモキュメンタリー的な雰囲気が出てるぞ。となると、僕らが観ているこの映像を撮っているカメラは誰の目線なんだ? こうした違和感もろとも、とにかく37分間、確かにカメラは回りっぱなしなんです。

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で、僕の勘定での三度目のはじまりで、なるほどそういうことかと映画全体の構造が明らかになってくる。視点がひとつだったものが、ふたつ、みっつ、それ以上へとだんだん視点が増えるんです。要はより映画っぽくなるんです。そこからコメディーと群像劇の醍醐味が加わって本当の面白さが始まるんだけど、よく聞かれるのは伏線回収の見事さです。確かにすごい。でもね、その脚本力とワークショップを経たアテ書き前提のキャスティングの妙ってところに僕は異論は挟まないけど、伏線回収をウリにしてるだけの映画とはまったく違うレベルに到達してるってところが肝なんですよ。脚本のパズルがうまいだけの鼻につく伏線回収ものと違って、この映画が本当に目指していたテーマを補強する材料として伏線が機能しているのが良いんです。
 
では、そのテーマとは何か? 知恵と工夫で力を合わせて乗り越えていく集団作業の喜びでしょう。水面を優雅に進む水鳥が、水面下では足をばたつかせている。その騒ぎを見せないのがプロであるなんて言われますけど、「カメラを止めるな」と言うのは「ショー・マスト・ゴー・オン」です。こうしたラジオだってそう。バックグラウンドの違う人たちが、それぞれの事情とやる気とコンディションで、とにかくやらないといけない。何のためにやってんだ、これは。でも、好きだからじゃないのか。誰かに何かを見せるためにやってるんじゃないのか。そんなテーマがモチーフだけじゃなく手法とも一致しているのが本当にすごいんです。
 
なんて話をすると、華やかな世界の内幕に限った話って思われるかもしれないけど、そうじゃない。文化祭を止めるな! インターハイを止めるな! プレゼンを止めるな! 盆踊りを止めるな! などなど、きっとあなたにとっての「カメラを止めるな!」体験がある。だから、みんな笑って涙するんです。これは、ものすごく小さな映像作品をモチーフにした専門的な話でありながら、ものすごく広い範囲の人が「わかる」と共感できる普遍的な映画です。共同でひとつの映像を観る映画館という装置がよく似合う傑作です。

この主題歌の『Keep Rolling』がまた歌詞もリンクして良かったですねと、オンエアしました。そして、短評を用意し終えてふと思い出したのが、チャップリンの有名な言葉。

 

「人生はクローズアップ(近く)で見れば悲劇。ロングショット(遠く)で見れば喜劇」
 
この言葉を地で行く作品だなと思ったりもしましたが、さて「カメ止め」のパンデミックならぬ「ポン」デミックはこれからも続きそうですね。上田監督の次回作も楽しみにしましょう。

さ〜て、次回、9月6日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー』です。僕の回りでも評判が高いんですが、さて僕はこのノリについていけるのだろうか… 鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!