京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

『クワイエット・プレイス』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2018年10月4日放送分
映画『クワイエット・プレイス』短評のDJ's カット版です。

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音にのみ反応して所在を突き止め、即座に人間を捕食する謎のクリーチャーが大量に出現し、壊滅的な被害を受けた世界。アメリカの片田舎にある農場に身を潜める一家がいました。夫のリーと妻のエヴリン。思春期を迎える耳の聞こえない長女リーガン、まだあどけなく臆病な弟マーカス、そして4歳の末っ子3人の子どもたち。声が出せないので会話は手話。生活動線には砂をまいてその上を裸足で歩くなど、何をするにも音を立てないように気を配る生活。そんな中、エヴリンは妊娠し、出産予定日が迫ってきた。一家は生き残ることができるのか。
 
監督、脚本、製作総指揮、そして夫リー役での主演と大車輪の活躍を見せたのは、ジョン・クラシンスキー、38歳。実生活でもパートナーであるエミリー・ブラントをエヴリン役に抜擢しました。長女リーガンを演じたミリセント・シモンズは、彼女自身も聴覚障害者です。弟マーカス役は、ノア・ジュプが担当。この男の子は将来有望ですよ。『サバービコン 仮面を被った街』『ワンダー 君は太陽』と、それぞれ存在感を発揮していたこの13歳が、今回もいい仕事をしています。
 
ちなみに、ジョン・クラシンスキーが脚本も手がけたとお伝えしましたが、クレジットには彼も含めて3人の名前があります。もともとこの設定は、その残る2人の若手脚本家コンビ(スコット・ベックとブライアン・ウッズ)のアイデアです。なんでも、大学時代に浴びるようにサイレント映画を観ていたそうで、音が鍵となる今回の設定はその経験に着想の源があると言われています。
 
今年3月、ミナミホイールのお手本とも言うべきアメリカのSXSWで初上映されたこの作品は、比較的低予算にも関わらず、口コミによるヒットが拡大し、『レディ・プレイヤー1』や『グレイテスト・ショーマン』を超える興行成績を叩き出しての日本上陸です。
 
それでは、息を殺し、時には両手で目を覆い、それでもその隙間から薄目でスクリーンを凝視したホラーが苦手な男、僕マチャオが挑む制限時間3分の映画短評、今週もそろそろいってみよう!

僕の評価を結論から先に言います。設定のアラは確かに目立つものの、それを上回る魅力のある作品です。先に説明不足や設定に無理があると指摘されている代表的なところをいくつか挙げておきましょうか。
 
まずはあのクリーチャーについて。どうやら目は見えないか、そもそも存在しないようで、その分、聴覚が異常に発達しているようです。全身は甲殻類のように強靭な殻で覆われているので攻撃に対してとても強いうえ、何よりも動きがスピーディー。超高速移動して現場へ急行する狩人なので、「音を立てたら、即死」すると。確かに手強い。ていうか、太刀打ちできない。従って、声を潜めて生活音も極限まで抑えながら暮らすことになる。何か物を落としたら、奴が飛んでくるんじゃないかと怯える、死の恐怖と隣り合わせの生活です。ただ、いかんせん説明があまり無いため、ではどれくらいの音ならセーフで、これ以上はアウトだっていうボリュームの線引きが何となくしかわからない。奴らが捕食するのは動物全般のようだけれど、生き物が立てた音とそうでないものをどう区別しているのかは謎です。

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そして、エヴリンの妊娠ですね。映画はクリーチャーたちがこの世界を蹂躙し始めて80日くらい経ったところから始まります。その後も、章立てするような調子で、「あれから何日」みたいな字幕が途中で挟まれるんだけど、途中で僕らは気づくわけですよ。「おいおい、奴らが来てから妊娠したんかい!」と。赤ん坊って、音を出さずにはいられないわけだから、出産するってのは、つまり一家心中ですよ。
 
他にも、電気の調達の仕方や、あんなところに釘は打ってないだろうとか、色々言いたいことがある人はいるでしょう。こうした要素がそれこそノイズになって、映画にノレないということになりかねない。僕もそこは否定しません。僕は僕で、あの農場全体に張り巡らせたライトに疑問を持ちましたからね。こんな大掛かりな仕掛けを、よくもまあ音を立てずに設置できたなと。
 
がしかし! こうしたつっこみどころをもって、それこそあのクリーチャーみたくこの映画をザクって切り捨てるのはあまりにもったいない。魅力はふたつに大別できます。
 
物語の抱えるテーマの芯の太さ。そして、物語運びなど、なかなか巧みな演出です。
 
これは「親とはどうあるべきか」と「来るべき自立に向けて成長する子ども」を描いた家族の物語です。意外にも思えるかもしれませんが、その意味で似ているのは、電気の止まってしまった日本でさすらう家族の姿を描いた矢口史靖監督の『サバイバル・ファミリー』かもしれません。実際、クラシンスキー監督がこの話に惚れ込んだのは、親が子を脅威から守るという設定だったからだそうです。この設定の最大のポイントは、音を立てたら自分が死んでしまう恐怖ではない。自分の不注意が、自分の最愛の人を死に追いやってしまうかもしれないという点です。ご近所さんが不意に出てくる場面がありますが、あそこも愛する人を失う恐怖というテーマを補強しています。実のところ、序盤である悲しい出来事が起こりますね。家族はそれぞれにその欠落を表面上は埋めたようでいて埋めきれてはいない。それでもコミュニケーションをそれぞれのやり方で取っていく。あるいは取れないでいる。そうやって、親として子として、たくましくなっていく。妊娠についても、僕はその文脈で納得しています。極端な話、そこが描ければOKなんです。

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だから、脚本からは極端に説明が削ってある。たとえば、クリーチャーについて。そんなもん説明し始めたらもう大変でしょう。結果的には英語でも字幕処理をしてある手話での会話も、本当は字幕を入れたくなかったようです。でも、それではさすがに補聴器のくだりとか観客に伝わらないという判断をしたと。このエピソードが教えてくれるのは、監督がそれほどに説明を排し、観客の想像力を研ぎ澄ませようとした志です。これ、ナレーションとか付いてたら興ざめですもん。
 
多くのSFやホラーがそうであるように、この設定も現実の何かを象徴しています。たとえば監督は「危機から目を背けるアメリカの政治を風刺できる」と考えたようだし、僕なんかは家族のあり方にいちいち攻撃をしてくるモンスター的な親戚や世間の常識みたいなものについても考えを巡らせることになりました。
 
情報を出すタイミングと量に細やかに気を配った演出だけでなく、予告にもあるオープニングのロケットのおもちゃを巡るくだり、エヴリンの妊娠について観客に悟らせるさりげないカット割り、そしてあれだけの危機が長期戦で続く中で人間性を失わずに生きる彼らのささやかな団らんをも見せつつの全体としての緊張感の持続。監督の腕は確かでした。
 
予算はそりゃB級だけれど、それによる制約をむしろ逆手に取ったチャレンジとして、僕はこれは拾い物の忘れがたい1本に出会えたと、まだ興奮しています。

ありものの曲は使わないものだとてっきり思っていたら、意外なところでこの曲が流れてきてほっこり。というより、すごくロマンティックでキュンときました。歌詞もリンクさせたりしていて、良かったです。

 

 さ〜て、次回、10月11日(月)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『イコライザー2』です。マッコールさんは1の時のホームセンター店員からタクシーの運転手に転職した模様ですね。今回もすごそうだ! 2週連続、劇場で手に汗握ります。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!