京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『グリンチ』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2018年12月20日放送分
映画『グリンチ』短評のDJ's カット版です。

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山間にたたずむ雪深いフーの村。人々は、クリスマスに向けてウキウキと準備を進めていました。村のそばにそびえる山の洞窟で暮らすグリンチは、愛犬マックスといつもふたりだけ。家族も友達もおらず、寂しい毎日を送るうち、すっかりひねくれ者の大人になっています。そんなグリンチにしてみれば、村中が幸せに包まれるクリスマス・シーズンは常に居心地も胸くそも悪いのです。どうにも我慢ならないグリンチは、村からクリスマスにまつわるものをあらいざらい盗んで憂さ晴らししようと思いつきます。その頃、村の小さな女の子シンディ・ルーは、サンタにある願いを叶えてもらおうと、とある作戦を実行に移そうとするのですが…
原作はドクター・スースが1957年に出した児童書『いじわるグリンチのクリスマス』。アメリカでは知らない人はいないというほど愛されている作品です。日本ではアーティストハウスという出版社から翻訳が出ています。覚えている人もいると思いますが、2000年に一度、ジム・キャリーの主演でまさかの実写映画化されていました。で、今回はそれをミニオン関連作や『SING/シング』『ペット』などで知られるイルミネーション・エンターテインメントが3DCGアニメで再度映画化しました。
 
グリンチの声を演じるのは、オリジナルだとベネディクト・カンバーバッチ。吹き替えでは、大泉洋。僕はその吹き替え版で鑑賞してきました。
 
それでは、制限時間3分の映画短評、今週もそろそろいってみよう!

この作品を理解する上で、前提としてまずひとつお伝えしておくと、日本とアメリカではグリンチに対する思い入れが桁違いだということです。あちらでは、クリスマスなんて大嫌いなこのキャラクターが、面白いことに半世紀にわたってホリデーシーズンのアイコンになっているんですね。お話そのものもよくよく知られているわけです。原作の原題は“How the Grinch Stole Christmas!”。「グリンチはいかにしてクリスマスを盗んだのか?」という意味で、みんなそのHowの答えも知ってる状態だってことですね。
 
今回は絵本と2000年の実写版を基本的に踏襲。おなじみのお話を、イルミネーション独自の技術で今っぽくアニメ化しましたってことです。物語はいたってシンプルで、展開は王道です。何かの事情で反社会的な心情を持つにいたった主人公が、人のやさしさに触れて改心する。繰り返し描かれてきたテーマと流れですよ。この映画の場合、グリンチの妬み嫉み込みのひねくれっぷりを、彼の家と村でそれぞれ見せる。そこへ、孤独なおっさんグリンチときれいに対称を成す幼い女の子シンディ・ルーが登場。彼女は茶目っ気のあるやさしさの塊です。ふたりの接触してからは、それぞれの行動の動機が明かされて、それぞれのクリスマスを迎える。グリンチには心の変化が訪れる。

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イルミネーションとしては、愛されているグリンチというキャラクターそのものの魅力をアニメで表現することが最大の目標だったんだろうと思います。考えてみたら、ものすごくイルミネーションらしいキャラですよね、グリンチって。一昔前のディズニー的な優等生ではなく、社会のはみ出し者で謎めいていて、頭にくるんだけど憎めない。そういう毒っ気のある設定は、ミニオンやグルーがまさにそうです。ていうか、クリスマスを盗むなんて荒唐無稽な発想は、グルーが月を盗むってのと似てるじゃないですか。
 
グリンチの魅力をアニメで描き出すという狙いは、僕は見事に達成したと思います。毛並みや雪の質感といった繊細極まりないところまで克明に描き出す3DCGアニメとしてのハイレベルさはもちろん筆頭に上がります。加えて、ひねくれてはいるが発明家気質のグリンチが生み出す便利だけどどこか抜けていたり滑稽だったりするガジェットの多彩さ。山間だという設定を活かした、フーの村の立体的な演出。オープンもクローズもあっという間にできちゃうお店がいくつかありましたけど、あれも込みで、フーの村は飛び出す絵本のような楽しさがありましたね。そこで、キャラたちが大きくすばやく動くことで生まれるスラップスティックな身体を張ったギャグが大きな魅力となっていて、僕は見ていて、それこそ古いディズニーっぽさも感じました。とにかく楽しいです。

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ただ、物足りないという声が多く聞かれるのはなぜか。明らかに脚本の問題です。いくらなんでも、キャラクターの心理が表面的だし、その変わりようも唐突です。シンディ・ルーのシングルマザーにしろ、ヒゲのブリクルバウムにしろ、みんないいキャラなのに、バックグラウンドが描きこみ不足で、掘り下げがほとんどなし。ここは絵本の流れを踏襲しておこうっていう事情もよくわかるけれど、どうせやるなら『SING/シング』ぐらい練り込んでほしかったところ。

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一方、批判も多いナレーションですが、僕はわりと気に入ってます。絵本にはやはり優れたナレーションが似合うんです。オリジナルではこの天の声をファレル・ウィリアムスが担当。僕は日本語版の吹き替えはなかなか良かったと思います。言葉遊び満載の原文を、韻を踏み倒す日本語に翻訳された桜井裕子さんの仕事は素晴らしかったと思います。僕も翻訳家の端くれとして、かなり感心しました。
 
あと、オリジナルを現代版ヒップホップ風にアレンジした主題歌やイルミネーションお得意の挿入歌のチョイスもハイレベル。なんだけどなぁ…
 
ということで、アニメーションそのものと音楽的なアイデアについては、最高峰のクリスマス映画です。グリンチよろしくひねくれ者の僕みたいな大人も、最後には、「なんだかんだ面白いところがいっぱいあった」ということは認めてしまうはず。大きな画面でゲラゲラニンマリしながら鑑賞ください。

結局クリスマス礼賛じゃないかという見方もできるけれど、宗教色はないし、誰かのことを考えるやさしさに触れる行事なんだという解釈でひねくれ者の僕も落ち着きました。

さ〜て、次回、12月27日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『アリー/スター誕生』です。今年最後の短評は、話題沸騰の音楽映画。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!