京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

映画『キングダム』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年4月25日放送分
映画『キングダム』短評のDJ's カット版です。

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紀元前245年の中国大陸。世界史で習った知識を振り返ると、紀元前221年に秦が中国を統一するまで、およそ550年にわたって多くの国が覇権を巡って戦を繰り返した長い春秋戦国時代のラストにあたります。西の国「秦」で戦争孤児の奴隷として生きる青年「信」と「漂」は、それぞれに天下の大将軍になることを夢見て、ふたりで剣術の稽古に励んでいました。その様子を見かけた大臣「昌文君」は、ふたりのうち漂だけを召し上げて王宮へと連れて行きます。そのしばらく後、若き王の「贏政」(えいせい)の腹違いの弟「成蟜」(せいきょう)が、クーデターを起こし、贏政は命からがら王宮を逃れるのですが、実は贏政にそっくりだった漂は王の影武者となっていて、命を狙われてしまいます。国の内乱は果たして収まるのか。そこに奴隷の青年「信」の野望はどう関わるのか。一大歴史絵巻の幕が上がります。 

キングダム 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL) キングダム 54 (ヤングジャンプコミックス)

週刊ヤングジャンプで2006年に連載が始まり、手塚治虫文化賞も受賞した原泰久の原作漫画は、まだ話が終わっておらず、現在54巻まで刊行されています。この人気作が、2011年のゲーム化、アニメ化に続いて、実写映画化されました。ちなみに、原泰久は脚本にも参加していますね。監督は、『GANTZ』『図書館戦争』『アイアムアヒーロー』で知られる佐藤信介。主人公の信を山崎賢人、王の贏政と漂の二役を吉沢亮が演じる他、長澤まさみ、橋本環奈、高嶋政宏宇梶剛士加藤雅也石橋蓮司大沢たかおら、豪華キャストが集いました。

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春秋戦国時代の宮殿のオープンセットを活用し、100頭の馬を動員。20日間にわたる中国ロケが行われました。スタッフだけで700人ほど。エキストラはのべ1万人ということですから、日本映画では稀にみる大規模作品と言えます。それだけに期待がかかるわけですが、果たして原作漫画の知識ほぼゼロという丸腰の僕がどう観たのか。
 
それでは、制限時間3分の映画短評、そろそろいってみよう!

中国を舞台にした歴史もので思い出すのは、最近だと『空海 -KU-KAI- 美しき王妃の謎』。時代もモチーフもまったく違うってことは承知で言いますが、あちらはほとんど超能力とか神秘が当たり前に起こる世にも奇妙な物語だったからCG使いまくりだったのに対し、『キングダム』は僕の予想を気持ちよく裏切って、本当に人間がやってるっていう迫力を重視する絵作りで、鑑賞していて血湧き肉躍りました。
 
これは、そもそもの原作の時代設定が絶妙だと思います。紀元前、つまりキリストが生まれる前の話なんで、ある程度の史実ってのははっきりしているにせよ、時代が古すぎて想像力をたくましくする余地が存分にあるんですよね。ある程度ファンタジックな部分というか、時代考証に過度に囚われることなく創作活動ができるわけです。これが中世とか近代の物語だったとしたら、そうはいかないですもん。
 
なので、いかにも漫画っぽいアクションやキャラ造形も、この時代だったら、もう伝説とか神話に近いものとして、それもありだよなって思えます。しかも、さっき言ったように、実写本来の魅力、つまり、そこには本物の風景あって建物があって、本物の人がうごめいているっていう前提がスクリーンに大写しになるので、多少の飛躍もなんのその、僕はむしろ面白く観られました。

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もちろんね、大沢たかお演じる大将軍の王騎がナタを振り回しただけで一陣の風が吹くとか、信の尋常ならざるジャンプ力はどうなっとるんだとか、なぜこいつらは攻撃を受けて吹っ飛ぶ時に何かに引っ張られるように直線的なんだとか、こうした漫画的表現に違和感を覚える人がいても不思議はないです。でも、僕に言わせれば、そうした演出はちょいとふりかけた化学調味料みたいなもんで、量はあくまで限定的なので、この料理はジャンクだと決めつけるほどではないです。
 
それより何より、国の内乱における権力構造、影武者、異民族とのこれまでの関係と共有するビジョンなど、登場人物の相関図を作れと言われても僕なら断りたくなるようなこの複雑な話を、初心者にも極めて飲み込みやすく整理して描いてみせたのは、脚本段階の大手柄だと言えるんじゃないでしょうか。原作者も巻き込んでるし、相当練って再構成してあります。言っても2時間14分。鮮やかです。
 
王宮でのクライマックスも、兵士の数が圧倒的に少ない贏政たちの軍勢がいかにして玉座を奪還するのか、その策略の説明の仕方、そして「こりゃもうダメだ」と思わせる絶望的な状況の見せ方も、セットの構造をうまく使いながら、ちゃんと絵として分からせる手際は良かったです。
 
言ってみれば、策略と戦いの連続なんだけど、戦いの背景となる自然がバラエティーに富んでいるので、エピソードが後から振り返っても区別しやすいし、ある程度似たようなアクションでも観ていて飽きないですよね。

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あとは衣装! 特に山の民の「もののけ姫」っぽくもあるけど、どこの何ともつかない感じがいいです。しかも、そこに長澤まさみが登場。彼女だけ「ワンダーウーマン」なのはどうかと思ったけど、そこは長澤まさみの身体特性を最大限に発揮した演出と、 無駄口を叩かないことによって醸し出されるミステリアスな魅力が炸裂していました。
 
ただ、気になる点もいくつか絞って挙げておきます。
 
物語が進むに連れ、ボスキャラが何人か出てくるんだけど、最後を除いて、あとは誰もがモンスター的な風貌で、大男だったりするわけ。でも、この話って、成蟜のような血統・エリート主義に、遊女の血が混じる贏政や奴隷の信、そして山の民みたいな得体の知れない辺境の異民族が手を組んで対抗するって話なわけですよ。それを踏まえると、ボスキャラを化物にしちゃったら、対立の価値観がブレちゃうんです。強い敵にも奥行きなり背景が欲しかった。
 
そこへいくと、主人公の信もね、いくらなんでももうちょい背景がほしい。大将軍になるんだって夢を繰り返し語られても、その根拠や動機がはっきり見えないから、彼の夢に現時点ではあまり共感できないんです。その理由は、奴隷時代を過酷に描かなかったからですね。なんか、剣術の稽古の場面ばっかりだから、下手すりゃ、爽やかな青春時代にすら見えちゃってるのは問題です。
 
でも、トータルで言えば、満足度はかなり高いです。これはまだ原作だと5巻ですからね。うまくすれば、アジア各国でもヒットするようなスペクタクル・シリーズになる可能性を秘めていると思います。


主題歌のWasted Nights / ONE OK ROCKは、物語の壮大さ、景色のダイナミックさに合うサウンドでございました。


さ〜て、次回、2019年5月2日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『バースデー・ワンダーランド』です。ラジオでこのスタイルの短評を始めて6年目に入っていますが、実は原恵一監督作を扱うのは、これが初めて。今回はどんなんかな〜。とにかく色が鮮やかそう。ってなぼんやりした印象しかまだないんですが、しっかり観てきます。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!