京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『バースデー・ワンダーランド』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年5月2日放送分
映画『バースデー・ワンダーランド』短評のDJ's カット版です。

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小学校6年生で引っ込み思案な少女アカネは、クラス内での人間関係が疎ましくなって、誕生日の前日、仮病で学校を休みます。そんなアカネに、母は用事を頼みます。それは、アカネの叔母であるチィの営む骨董屋を訪ねて、予約しておいた誕生日のプレゼントを受け取ってこいというもの。渋々ながら了承したアカネは、自転車でお店へ。ところが、チィはプレゼントなんて頼まれていないと言います。アカネが店内で珍しいものに触れていると、突如地下室の扉が開き、髭の紳士と小さな小さな男の子が現れます。驚くアカネとチィ。聞けば、ふたりは別の世界からやって来た錬金術師のヒポクラテスと弟子のピポであり、アカネこそ危機に瀕した彼らの世界の救世主なのだと力説します。強引に地下室へと連れ込まれたアカネとチィは、そのままワンダーランドへ。不思議だらけのその世界を救う冒険の旅が始まります。

映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲 百日紅?Miss HOKUSAI?(HDクオリティ)

柏葉幸子の児童文学『地下室からのふしぎな旅』を下敷きにしたこの作品。監督は『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』や『河童のクゥと夏休み』『百日紅 ~Miss HOKUSAI~』などのアニメや実写作品『はじまりのみち』でも知られる原恵一。日本を代表するアニメーション監督ですよ。新作はもれなく劇場で観るべきひとりだと考えてください。脚本は丸尾みほドラえもんパーマンオバQ、アラレちゃん、アンパンマンのだめカンタービレなど、数々のアニメに携わってきたベテランで、原恵一監督とも何度もタッグを組んでいる方です。そして、この作品を機にぜひ名前を覚えたいのは、ロシア人イラストレーターのイリヤ・クブシノブ。彼はキャラクターから小道具まで、今回デザイン周りをすべて担当するという大貢献。

新装版 地下室からのふしぎな旅 (講談社青い鳥文庫)

キャストも紹介しておきましょう。アカネを松岡茉優、チィを杏、ヒポクラテス市村正親、弟子のピポを東山奈央、母を麻生久美子が演じています。
 
それでは、制限時間3分の映画短評、そろそろいってみよう!

先に結論めいたことから入りますが、テーマがはっきりふたつあります。この作品は大冒険を描いていながら、現実世界での小さな成長と視野の拡大を狙ったものです。そこをまず語りましょう。
 
小さな成長とは何か。同調圧力に屈していたアカネが、時と場合によっては「前のめり」になるのをいとわなくなる。クラスの女子のグループがあって、そこで不意に仲間はずれができた時に、自分はマジョリティーに属していたのをいいことに、友達が貶められるのを見て見ぬふりをしてしまった罪悪感がプロローグとして用意されているので、それがどう変わるのかがモチーフであることは明らかです。錬金術師がワンダーランドへアカネを連れ出すのに渡すペンダントの名前も「前のめりの錨」でしたよね。
 
続いて、視野の拡大というテーマ。アカネはまだ小学生です。小さな狭いコミュニティーが世界のすべてだと思ってしまっている。それはしょうがないことではあるけれど、そんな彼女が世界は広くてワンダーに溢れていると知る話でもあって、観終わると旅行に出たくなるのはそのせいでしょう。

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このふたつの狙いを見据えつつ、お話はどう展開するのか。この冒険は4人のパーティーで行われますね。アカネが苦手意識を持っている、かなり自由奔放で好奇心の塊である叔母のチィ。異世界で人々に敬われている錬金術師。文字通り小さな小さな弟子のピポ。いずれも、普段のアカネと接点がないばかりか、好んで交流しない人々です。そんな彼らと道中見たこともない景色、習慣、気候を経験していく。このキャラクターの組み合わせとロードムービーというジャンルが、映画のテーマにしっかり寄与していました。
 
このファンタジー世界なんですが、僕らの世界と「似て非なる感じ」が絶妙です。巨大なピンクのペリカン。絨毯のように広がる赤い花々。人や車が乗っかってしまえるほど大きな蓮の花。こちらも大きな大きな金魚。時として猛烈な砂嵐が襲う砂漠の恐ろしさと、身動きできなくなるほど美しい星空。そこは、21世紀の僕らが葬り去ってしまった前近代的な価値観が育む豊かさが広がる世界。これをすべてデザインしきったイリヤ・クブシノブの功績は称賛に値します。東ヨーロッパとも中近東ともつかない、現実にありそうでどこにもない造形は見事。日本のアニメでありながら、そうではない感覚を同時に味わえるのは、このお話とスタッフの座組がマッチしていた証拠です。好みはあれど、この絵と世界を観るだけで至福という観客も多いだろうと思います。

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ただ、脚本には僕は難もあったと分析しています。一見特に問題などないように見えるこのワンダーランドの危機の正体は水です。水が枯渇してきていて、それをどうするかということで4人は奔走するわけです。現実の地球もこれから水資源の扱いは最重要課題のひとつなわけで、当然それを踏まえての設定なんですが、その解決を巡る一連の儀式やら何やらが、どうも説得力に欠けるため、クライマックスが飲み込みづらいんです。具体的には、アカネと共に問題解決の鍵を握るあるキャラクターの内面が描写しきれていないんですよね。
 
それから、旅の道中も、たとえば水の中に入るところなんかは、絵としては美しいんだけど、なぜその移動手段を取らないといけないのか、理屈が明らかにならないので、どうも後でしっくりこない。「さかさとんがり」という街での猫の関所や裁判シーンも同様でした。シーンとしては面白いんだけど、全体の中でピースがぴたりとはまってこない印象です。
 
とはいえ、小さな成長と視野の拡大という全体のねらいは達成できていましたし、同調圧力で萎縮して事なかれ主義の内向きなスタンスに陥ることがどれほど人生の豊かさを損なうか、そこはスッと理解できる良作なのは間違いないです。全体として押し付けがましくないのが良い。そして、「誕生日のプレゼントって結局?」というフリも最後にささやかに回収されてジンと来ます。普段アニメーションを観ないという人も心地よく鑑賞できるはずなので、ぜひ劇場で御覧ください。


 あの「前のめりの錨」はグッズになってるんですよね。ちょっと欲しいかも。税込み1296円というリーズナブルなお値段だし(笑)

 

今回はリスナーの感想が割れていまして、賛否で言うと、否に寄った意見の人がちょい多めという印象でした。脚本の問題点を指摘する声はやはり散見されましたね。デザインそのものは良かったあの世界も、各都市の関係はどうなっているのか、世界全体の規模はどうなんだとか、文明の進み具合や魔法と科学の関係など、かなりぼんやりしていたのも事実です。すべて説明する必要なんてさらさらないけれど、情報の提示のピントが定まりきっていないように見受けられました。エーポさんというリスナーからの「あの車が直接的に環境に悪そうで気になって仕方がない」という指摘は確かにそうだと思わず笑っちゃいました。


さ〜て、次回、2019年5月9日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『名探偵ピカチュウ』です。まさかの実写化で話題となっているこの作品。中身がおっさんじゃねえかっていう声に衝撃という感想も局内で聞こえていますが、僕は何を隠そうポケモンど素人なんで、ギャップも何もないまっさらな状態です。どうなりますやら。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!