京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

映画『空母いぶき』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年5月30日放送分
映画『空母いぶき』短評のDJ's カット版です。

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近未来のクリスマスイブ。沖ノ鳥島の西450キロにある離島に、国籍不明の軍事組織が上陸し、海上保安庁の隊員を拘束します。海上自衛隊の指示によって現場へ急行することになったのは、訓練航海中だった航空機搭載型護衛艦の空母いぶきを擁する艦隊。その存在自体が、国是である専守防衛に適っているのかどうか、つまりは憲法違反ではないかと物議を醸した攻撃型戦略空母です。現場海域では、艦隊が突然のミサイル攻撃を受け、事態はまさに一触即発。自衛隊員、総理大臣など内閣や官僚たち、いぶきに乗り込んでいたメディア、一般市民など、映画は様々な立場の人物を物語に巻き込みながら、日本が戦後経験したことのない緊迫した事態を描きます。

空母いぶき(1) (ビッグコミックス)

原作は、2014年にビッグコミックで連載が始まり、今も続いている、かわぐちかいじの同名漫画です。監督はベテランの若松節朗(せつろう)。テレビマンから出発して、ドラマ『振り返れば奴がいる』など、主にフジテレビのドラマ黄金期に活躍した後、映画業界へも進出。『ホワイトアウト』『沈まぬ太陽』あたりが代表作。脚本は、『攻殻機動隊』や『パトレイバー』など、アニメや怪獣モノを得意とする、こちらもベテランの伊藤和典

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 続いて、キャスト。いぶき艦長に西島秀俊、副長に佐々木蔵之介、総理大臣に「一流」役者の佐藤浩市、ネットニュースの記者に本田翼がそれぞれ扮している他、藤竜也村上淳市原隼人山内圭哉玉木宏高嶋政宏(まさひろ)、斉藤由貴片桐仁中井貴一小倉久寛吉田栄作と、ちょっと簡単には端折れない顔ぶれです。

 
それでは、制限時間3分の映画短評、そろそろいってみよう!

チェーホフの銃」という言葉をご存知でしょうか。伏線の張り方のテクニックとして物語論の分野で知られるものなんですが、ごく簡単に言えば、「ストーリーに銃を登場させるなら、それはいつか発砲されないといけない」ってこと。僕は映画を観ていて、そのテクを思い出しました。抑止力の議論を今ここで話し始めると、時間内に収まりませんから省きますが、物語の論理から行けば、自衛隊がやがて戦闘行為を行うのは必然です。実際のところ、戦後初の防衛出動、つまりは軍事行動を取れという命令が政府より出ることになります。
 
ここで、原作漫画からの大きな改変について触れておきましょう。映画では序盤から当然情勢分析が成されて、当初は国籍不明だった軍隊が、フィリピン周辺の民族主義新興国「東亜連邦」のものだと判明します。つまり、IS、イスラム国的な架空の国なんですね。ところが、漫画では上陸される島が尖閣諸島であり、相手国ははっきり中国です。
 
領土問題やアメリカと中国の貿易摩擦北朝鮮の動き、韓国との数々のわだかまりなど、極東アジアの現実の不安定な情勢と憲法改正論議を踏まえ、「もしこういうことがあったら自衛隊はどう動くのか」をシミュレーションする物語です。その相手国を架空のものに改変した思惑は別として、結果としては、あくまで現憲法下で自衛隊にどんな可能性があるのかという側面によりフォーカスする効果はあったと思います。

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それから、もうひとつの大きな改変は、訓練中だった「いぶき」に報道の人間がふたり偶然乗り合わせていたことと、東京の一般市民がその報道を受けてどう動いたのかというドラマを盛り込んだことです。実は相手国の姿はほぼ登場しません。この映画が描くのは、日本側のリアクションなので必要ないという判断でしょう。一見すると、報道関係者や一般市民を登場させるのは視野を広げてはいるんだけど、日本の多様な受け取り方に的を絞っているので、これも基本は焦点化の一環と言えるんじゃないでしょうか。それから、物語自体も、漫画では1年以上にわたる時間が経過しているのに対し、映画はクリスマスイブの24時間に縮められています。これも、ドラマに緊迫感をもたらしつつ、2時間程度の映画として焦点化するのに寄与しています。
 
事態がのっぴきならないものになるにつれ、明らかになってくるのは、それぞれの立場の違いです。好戦的な人と穏健な人、タカ派ハト派、アクセルとブレーキ。そうした差異がその都度議論され、戦闘行為に反映されていきます。

シン・ゴジラ

この構造は『シン・ゴジラ』に近いんですが、あちらはゴジラという圧倒的な存在が画面に君臨したし、会話にしても庵野秀明演出による情報量の過剰さがエンタメとして機能していたのに対し、今作は極めて地味ってのは否めないです。映像の見せ方にしても編集にしても、当たり前というかテレビ的というか、とにかくわかりやすさに終始しているので、緊迫感をもたせるサスペンス的なうまさはあっても、見ごたえはちと物足りません。
 
ただ戦闘シーンそのものはね、ハリウッドレベルのCGを期待されると厳しいですけど、予算の制約がある中で、何箇所かを除いて、奮闘していたと思います。ちゃんと浸れる。
 
そして会話。もちろん肝になってくるわけですが、そこはたとえば西島秀俊佐々木蔵之介、アクセルとブレーキのシーソーゲームを思い出せばわかるように、基本的に役者の力量がグイッと僕らの興味と集中をキープしていました。その分残念に思ったのは、会話をどう始めるか、その場面づくりがかなりの割合で唐突なので、その都度リズムが崩れていたこと。

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唐突つながりで言えば、やはりラストは気になりました。「そんなのあり!?」ってなるでしょ。架空の国「東亜連邦」の設定がうすぼんやりしてるのはまだいいとしても、現実に存在する国や組織をラストにこれまたわりとぼんやりした理屈で持ち出してくるのは、飲み込みづらいものもありました。現実にあり得るかってことよりも、とにかく唐突っていうことですね。
 
そろそろまとめますが、僕はそれでも観る価値は十二分にあると思っています。僕ら市民が考える材料を提示するという意味で、この映画の果たす一定の役割はあります。最後に吉田栄作が演じる外務官僚が外交の基本的理念を語っていましたが、僕が注文をつけたいのは、彼(ら)の果たした役割にももっと比重を置かないと、とにかく「自衛隊の存在は大事」だとか「空母は必要でしょ?」っていう政治的プロパガンダだという批判は免れないでしょう。

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それこそチェーホフの銃じゃないですけど、強大な武器が登場すれば、人はやがてそれを使いたくなるものです。出世して艦長になった西島秀俊が総理大臣相手に、いぶきをおもちゃに見立てて、おもちゃは遊びたくなると言ってのけた。ゾッとする場面でしたね。まあ、そんな彼の考えは一連の騒動を通して、少しは改まる様子が匂わされますけど、本来我々が考えるべきは、官僚と政治家の目立たないが地道な外交努力によってこうした事態を回避しなければいけないことです。つまりは、日本に空母が必要なのかを考えるところからスタートしないといけないというのは、この映画の前提条件として、あるいは鑑賞後に立ち戻るポイントとして心に留めていただきたいと僕は思います。


さ〜て、次回、2019年6月6日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』です。渡辺謙が「We call himゴジラ」と言い放ってから5年。物語内でもちょうど5年進んでのハリウッド版2作目です。監督もギャレス・エドワーズではなくなっているんですが、果たして。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!