京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

イタリア映画『家族にサルーテ!イスキア島は大騒動』レビュー

ガブリエーレ・ムッチーノ監督が12年ぶりに活動拠点をイタリアへ戻した。
 
僕が彼の名前を知ったのは、『最後のキス』(L’ultimo bacio、2001年)だった。30がらみの男性たちのピーターパン・シンドロームをえぐるように描いたこの作品は、その年のイタリアの映画賞を総なめし、2006年にはアメリカでリメイクされるほど、興行的にも批評的にも大成功した。ステファノ・アッコルシ、ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ、ジョルジョ・パソッティ、クラウディオ・サンタマリアなど、当時まさに30前後で勢いに乗っていて、その後イタリア映画界を代表する存在となった俳優陣がたくさん出ていた他、僕の愛する往年の名女優ステファニア・サンドレッリの御姿も拝めるとあって、大興奮で鑑賞したことをよく覚えている。

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思えば、ムッチーノ監督は当時30代半ば。早熟である。その能力をイタリア半島という長靴の中に押し込めておくのはもったいないと、彼が自分で思ったのか、周囲がそう思ったのか、あるいはその両方だったのか、とにかく彼はハリウッドに活動の場を移した。ウィル・スミスを主演に迎えた『幸せのちから』や『7つの贈り物』を観たことがあるという人も多いだろう。何度かイタリアへ戻って撮影することはあったものの、この12年間、基本はアメリカの映画人としてロサンゼルスに暮らしていた。現在52歳。そこそこの成功を収め、失敗もあった。そんなムッチーノがキャリア後半の舞台をイタリアに戻してくれたことを、僕としては歓迎したい。

幸せのちから (字幕版) 7つの贈り物 (字幕版)

彼の原点は、50年代〜60年代のイタリア式喜劇にある。凝った映像的仕掛けで観客を魅了するというよりは、市井の人々の喜怒哀楽をあくまで役者のイキイキした演技から浮かび上がらせることを得意とするタイプだと僕はみている。登場人物たちは饒舌な台詞を発しながら、全身でその感情を表現するのだ。往々にして、手前勝手に、そして懸命に。そうした手法には、イタリアの役者がよく似合う。その意味で、今作『家族にサルーテ!イスキア島は大騒動』を観ながら、僕は待ってましたと頬を緩めた。あらすじを公式サイトから引用しておこう。
 
世界屈指の美しさを誇るイスキア島に暮らすピエトロ&アルバ夫妻の結婚50周年を祝うために、親戚一同19名が集まった。教会で金婚式を挙げ、自宅の屋敷でパーティも開催される。久しぶりに再会したファミリーの楽しい宴もお開きとなる頃、天候不良でフェリーが欠航に!思いがけず、二晩を同じ屋根の下で過ごさなければならなくなった、それぞれの家族たち。今まで抑えていた本音が見え隠れし始め、次々と秘密が暴露されてゆく――果たして、この嵐の結末は?
浮気、借金、嫉妬・・・ワケありの大人たち。家族だからこそのストレートな感情をぶつけ合う姿に「私の親戚にもいる!」と、誰もが笑って泣いて共感せずにはいられない人間賛歌!

 

今作にも、『最後のキス』の役者たちが何人か登場する。ステファノ・アッコルシ、ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ、ステファニア・サンドレッリ。やはりみんな手前勝手だ。間違っても巻き込まれたくない。原題は“A casa tutti bene”。直訳すれば、「家ではみんないい感じ」。このタイトルがあくまで表面的なものであるのは、イスキア島の天気が急変するところから僕らはわかり始めることになる。いや、正確に言えば、その以前から、つまり一同が船に乗り込むところから、あるいはイスキア島に親戚を迎え入れるところから、雲行きは怪しかった。つまり、天候は急変するべくして崩れたのだとも言える。

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そこで幕が上がるのは、激情の劇場だ。表面張力いっぱいでこぼれ出さないようにしていた欲望、羨望、渇望、嘱望が雨後の筍のようにニョキニョキと顔を出す。彼らは時に自らの、時に誰かの化けの皮を剥がし、その下の顔を見ては驚き、笑い、涙する。まさに「大騒動」である。家族とは憩いの場であると同時に個人を幽閉する檻でもある。のびのびもできるが、窮屈でもある。そう、あの風光明媚なイスキア島のように。

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乾杯は麗しいものだが、あたりが強ければグラスは割れる。その表裏どちらをも描くのがムッチーノだ。役者たちの演技合戦のお膳立てが実にうまい。なにしろ、登場人物は19人。この相関図を見るだけでややこしくてクラクラしてしまうが、鑑賞にあたっての心配は御無用。交通整理はきっちりしてあって、混乱させられることはない。
 
はてさて、笑って鑑賞したのはいいが、家路につきながら考える。自分の親族は果たしてどうか。その余韻がまたビタースイートでやめられない。ムッチーノ、よくぞイタリアへ戻ってくれた。Ben tornato in Italia.
 
それにしても、イタリア映画の新作と言えば、全国公開されるものはゴールデンウィークのイタリア映画祭を経由するものがほとんどだったが、近年は配給会社の事情も変わってきたようで例外も多い。最近だと『幸福なラザロ』もそうだった。つまりは観られる本数が増えているとも言えるのだが、うっかりすると見落としかねないので注意が必要だ。自戒を込めてということだが。
 
<文:野村雅夫>