京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年9月12日放送分

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舞台は1969年のハリウッド。主要な登場人物は3人です。50年代からTV俳優として西部劇などで人気を博していたリック・ダルトンですが、現在は悪役となる機会が増え、そのキャリアに明るい展望を見いだせずにいます。そのリックの相棒が、スタントマンのクリフ・ブース。リックの危険なアクションシーンでいつもスタントを務めるばかりか、運転手や身の回りの雑用としても働く良き友達です。ある日、ハリウッド郊外にあるリックの邸宅の隣に、世界が注目する気鋭の映画監督ロマン・ポランスキーと、その妻シャロン・テートが引っ越してきます。ふたりの輝きを目にしたリックは、イタリアでマカロニ・ウェスタンの作品に主演して一花咲かせることを決意するなど、3人はそれぞれの暮らしを送りながら、迎えたのが8月9日。映画史、そしてアメリカ犯罪史においても重要な事件当日を迎えます。

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製作・監督・脚本は、名匠として知られるクエンティン・タランティーノ。リック・ダルトンレオナルド・ディカプリオ。クリフ・ブースをブラッド・ピットが演じます。ふたりはそれぞれ、『ジャンゴ 繋がれざる者』『イングロリアス・バスターズ』でタランティーノ作品への出演がありましたが、言わずと知れた大スターのふたりが共演するのは、これが初めてのことです。まずこのキャスティングを成功させたタランティーノの力にしびれます。さらに、実在の人物シャロン・テートを演じるのは『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』のマーゴット・ロビーです。他にも、アル・パチーノアメリカの俳優をヨーロッパに送り込む代理人のような人物マーヴィン・シュワーズ役で参加していることも付け加えておきましょう。
 
今年5月のカンヌ国際映画祭のコンペに出品されて好評を博したものの、主だった賞は獲得できませんでした。ただ、僕が好きな小さな賞、秀でた演技を見せた犬に贈られるパルム・ドールならぬパルム・ドッグ賞を、クリフの愛犬でピットブルのブランディが受け取っています。
 
僕がこうしてFM802で映画短評をするようになって6年半ほどになりますが、タランティーノ作品は実は一度も扱ってないんですよね。前作の『ヘイトフル・エイト』に女神様のお告げが下らなかったんです。なので、タランティーノの特徴も踏まえつつ…
 
それでは、制限時間3分の短評、そろそろいってみよう!
 
よく知られたエピソードですが、63年生まれのタランティーノは母親の影響で映画好きだったことに加え、20代前半をビデオショップの店員として過ごしたことで、そこで浴びるように映画を鑑賞しました。四方田犬彦という作家が『映画史への招待』という本の中で、こんな趣旨のことを書いています。「いわゆる世界の名作だけを集めて、山の頂と頂とを連ねていけば映画の発展が語れるというものではない」。映画史を編纂していくのは映画学者の仕事ですが、僕が思うに、タランティーノは低い山々、つまりはB級だったり駄作だったりとされる映画にも深い知識と愛情を持っていて、引用やパロディーという手法でそれを自分の作品にふんだんに取り込むわけです。従って、物語は通俗的だし、一見ジャンル映画的なんだけど、結果として高い山、つまり名作をこしらえちゃうんです。その意味で、膨大な過去作に好きな時に触れられるようになったビデオ時代のシネフィル監督という言い方もできるし、同様のことを音楽でもやってのけるという意味で、総合的にヒップホップ以降の映画の申し子という言い方をされることもあります。

映画史への招待 

そんな作家性が凝縮された1本と言えるのが、今作です。50年代から60年代いっぱいまでのハリウッドの映画業界、そして街の変化。そこに蠢く、下り坂、上り坂、それぞれの俳優。そして、スタントマンに代表される、直接表には出ないけれど映画作りを支える裏方などなど。メジャーな映画会社の勢いに陰りが見え、インディー系の名作が映画史を塗り替え、ベトナム戦争は泥沼化し始めつつ、ヒッピームーブメントはその吸引力を失いかけている。そんな69年のハリウッドそのものを、タランティーノはフィルムに焼き付けることに成功しています。当時の音楽をふんだんに使い、ファッションにも気を配り、ブルース・リーポランスキースティーブ・マックイーン、そしてシャロン・テートといった実在の人物と、モデルはいるけれどフィクションである人物をうまくミックスしながら、カメラワークや編集のタイミング、ナレーションのトーンまで含めた当時の映画技法をベースに、Once upon a time in Hollywood、つまり「昔々ハリウッドで」という寓話を作ってみせたわけです。だから、事実そのものではないが、大いにあり得たエピソードが連なっています。それを観ているだけで、まず無類に楽しいし、スタイリッシュだし、カッコいいんです。本人の言う集大成的な位置づけというのも大いにうなづけます。で、大事なのは、彼が立派な研究家であり、マニアなんだけど、観客を置いてかないってことです。別に知識がない人も、若い人も、自分の生まれていない時代の遠く離れた夢の街ハリウッドなのに、なぜか懐かしいと感じるような、不思議なデジャヴ満載なんですよ。

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何しろ、スケッチ風のシーンが多いので、「ワンハリ」鑑賞者飲み会があれば、何杯でも飲んで、三日三晩は過ごせるんじゃないかというくらいに多彩な語り口がある中、僕が触れるとすれば、リックとクリフのイタリア行きでしょう。実際、60年代はイタリア製の西部劇、日本で言うマカロニ・ウェスタンが大量生産されていて、とんでも映画も多い中、たとえばクリント・イーストウッドはそこで名を上げてハリウッドに戻ったといういきさつもあります。当初リックは「イタリア野郎の映画になんて出るくらいなら死んだほうがマシだ」なんて言って都落ちのイメージを嫌っていたのが、結局はローマでチヤホヤされて楽しんで映画いっぱい撮って、飯がうまいから7キロ太り、挙句の果てに結婚までして帰ってくるっていう。イタリア大好きやんっていうくだりでした。考えたら、タランティーノもディカプリオもイタリア系だしねっていうのも面白い。
 
とまぁ、こんな風にクスッと笑えるところがエンドロールまでたっぷりな一方で、仕事のキャリアを考える上での不安や自己嫌悪、老い、もっと言えば死を意識させるところも付きまといます。そして、8月9日を迎える。ここで、虚実入り交じるこの映画の設定、寓話であることが結実します。つまり、あり得たかも知れないハリウッドであれば、あの凄惨・残忍なできごとだって、こうなってもいいんじゃないか。ぼやかして言ってますが、要はフィクションの力で、歴史の闇に光を差し込んだ、タランティーノ渾身の救済の映画でもあるんです。あのクライマックスには誰もが度肝を抜かれるはず。
 
これから何度も見返すことになるだろう作品ですが、舞台の69年から半世紀というこの公開のタイミングでスクリーンで観ておくべきでしょう。
 
とにかく使用曲数の多いサントラの中から、今日はDeep PurpleのHushをチョイスしました。僕の世代なら、Kula Shakerのバージョンで知っている人が多いでしょうね。ちなみに、ディープ・パープルもオリジナルではないんですが、68年から69年にかけてヒットさせました。音楽はカーラジオなど、物語内で実際に鳴っているものも多くて、ラジオのジングルがまたかっこいいのです。
 

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リックが出ていたイタリアの架空の映画ポスター2枚。僕が右側ので思い出したのは、イタリアの名優ヴィットリオ・ガスマンがフランスのジャン・ルイ・トランティニャンと共演した『追い越し野郎』(Il sorpasso)です。

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実際のところタランティーノが意識したのかはさておき、こういう想像を膨らませる余地が山ほどあるのは間違いないです。

さ〜て、次回、2019年9月19日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『記憶にございません』です。三谷幸喜監督は、僕は作品によって好き嫌いがはっきり分かれちゃうんですが、今回はいかに? 笑わせてもらえるかしら? あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!