京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『アド・アストラ』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年9月26日放送分
映画『アド・アストラ』短評のDJ's カット版です。

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舞台は、そう遠くない未来。主人公ロイの父は、地球外知的生命体の存在を探求し続け、宇宙探査のパイオニアとして遥か彼方へと飛び立ったのですが、16年後、地球から実に43億キロ離れた太陽系の彼方で行方不明になります。ロイは父の後を追うように宇宙飛行士として活躍していたのですが、ある日、宇宙から到達したサージと言われる電気嵐のおかげで、地球は惨事に見舞われます。そんな折、宇宙軍の上層部からロイにもたらされた知らせは、父が実は海王星で生存していて、地球に壊滅的な被害を及ぼしかねない計画に関わっている可能性があること。ロイは父を説得するため、宇宙へ旅立つのですが…

スペース カウボーイ(字幕版) アルマゲドン (字幕版)

 ロイを演じるのは、2週前に『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でそのあまりのかっこよさに言及したばかりのブラッド・ピット。今作は彼が抱える会社プランBエンターテインメントの制作ということで、プロデュースもブラピが手掛けています。ロイの父を演じるのは、トミー・リー・ジョーンズ。日本では缶コーヒーを飲む宇宙人として知られていますが、かつては『スペース・カウボーイ』にも出演していました。その時に共演していたドナルド・サザーランドが、ロイの父の同僚として登場するので、映画ファンはニヤリです。他にも、『アルマゲドン』のリヴ・タイラーがロイの別れた妻を演じています。

インターステラー(字幕版) ダンケルク(字幕版) 

残念ながら受賞は逃しましたが、今月閉幕したヴェネツィア国際映画祭で初上映された話題作です。監督・脚本は、そのヴェネツィアで銀獅子賞獲得経験のあるジェームズ・グレイ。撮影は、オランダのホイテ・ヴァン・ホイテマ。『インターステラー』『007 スペクター』『ダンケルク』の撮影監督です。
 
それでは、制限時間3分の短評、そろそろいってみよう!

まずはタイトルの『アド・アストラ』ですが、冒頭にテロップで示されるように、英語にすればTo The Stars「星々のかなたへ」という意味のラテン語です。あえてラテン語にすることによって、重厚な雰囲気、神話的なムードを醸しているんだと思いますが、それもそのはずで、これは『インターステラー』や、まして『スター・ウォーズ』とはまるで違う、宇宙を舞台にした内省的な旅の物語です。一応ジャンル上はSFにはなるものの、わくわくする輝かしい未来を見せるフィクションというよりは、現状の宇宙開発の延長にあるファクト=事実に基づいているし、テーマとしてはサイエンス=科学というよりは、精神の話なんです。だから、広大な宇宙空間やそこにポツンと小さく浮かぶ人間なんかの絵面は、むしろ僕らの脳内に広がる内なる世界の比喩のようにすら見えてきます。
 
かといって、抽象的で退屈な作品というわけでは決してない。序盤、地球の大気圏ギリギリに浮かぶ巨大な宇宙アンテナの外で作業中にサージを受けて落下するロイ。月面の荒野で火蓋が切られる西部劇的なカーアクション。何度か起こる宇宙船内でのバトルなど、手に汗握る、背筋が寒くなる場面もあちこちに効果的に配置されています。だから、見せ場はちゃんとあるんだけど、全体として、主題が哲学的だってことです。

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こういう宇宙ものですから、必ず引き合いに出されるのは、去年このコーナーでもIMAXリバイバル上映を扱ったキューブリック68年の『2001年宇宙の旅』。画面構成や宇宙服のヘルメットに映るイメージの活用など、映像的にはもちろん影響下にありますが、50年経った今、テーマはこちらは随分違います。「2001年」では、人が生み出したAIに人が翻弄されるという図式がありましたけど、今作ではむしろ人間そのものの孤独とか、人と人との心の距離、もっと言えば、人間を人間たらしめるものは何かってことだと思います。探究心を突き詰めた結果、どんな生物もいない宇宙の果てで、人の心はどうなるのか。その意味で同時に振り返りたいのは、監督や共同脚本家がインタビューで語っている通り、コッポラの映画『地獄の黙示録』とその原作となったジョゼフ・コンラッドの小説『闇の奥』です。

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ロイは厭世的で、批判精神が旺盛、だけれども、常に冷静沈着、それがゆえに心拍数も上がらない人物として描かれています。そんな彼が、英雄たる父に会いに、地球、月、火星、海王星と、宇宙の奥へ奥へと旅立つ。そこで次々と遭遇するのは、人間と文明の闇です。恐らくはロイの予想を越えた闇。だから、これは一種の地獄めぐりでもあるんです。最初からほぼ最後まで、作品には常に死の気配が漂っていますね。あるいは死そのものも目撃することになる。しかし、考えてみれば、ロイはもともと死んだように生きてきた人です。シンプルにまとめればただの「行って来い」のこの物語の中で、人間のアイデンティティ・クライシスをいくつも目撃する中で、闇の奥で、無重力で、絶望の先にかすかな希望を見出し、宙に浮いていた人生の意味にタッチして、生きる喜びに重力を与えて着地することはできるのか。死んだ目をした彼は生き返ることができるのか。そのあたりがポイントですかね。

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いくぶん抽象的な表現をしましたが、それぐらい文学的な内容を感覚的に経験させてくれる作品です。何より、ホイテ・ヴァン・ホイテマの生み出す映像の圧倒的な美しさは大きなスクリーンで観ないといけないし、練られたサントラと宇宙ならではの無音も映画館でないと味わえません。さらには、やはりブラピです。初めて宇宙へ行ったブラピ。ヘルメットを被っている場面が多いので、必然的に表現は顔に集約されます。クローズアップでこれでもかと堪能できるブラピの顔面力。眉毛や頬の動きで見事に伝えきる演技には仰天です。
 
じっくり鑑賞して秋の夜長に余韻に浸るには最高の『アド・アストラ』。あなたも、いざ宇宙へ。

 

 もちろん、サントラからではなく、僕の鑑賞後の余韻はこういうテンポ、雰囲気なんだよなって感じで、今年のグラミー賞最優秀カントリーソングであるSpace Cowboy / Kacey Musgravesをお送りしました。トミー・リー・ジョーンズドナルド・サザーランドが出てるってので、どうしたって『スペース・カウボーイ』も意識しますしね。
 
さて、Ciao Amici!では1年半、そしてFM802では前の番組Ciao! MUSICAの頃から合わせると、計6年半にわたって、毎週実施してきた映画短評も、これが最後。放送では、毎週お告げをくれていた109シネマズ大阪エキスポシティ、箕面HAT神戸それぞれの映画の女神様からリクエストまでいただき、僕としてはそりゃもう感無量でした。そして、何より、毎週の課題作につきあってくれたリスナーのひとりひとりに感謝申し上げます。ありがとうございました。

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↑ 109シネマズ大阪エキスポシティでの試写会MCに備える僕(笑)
 
なんか、もうラジオでの映画評はやらないみたいになっていますが、10月1日からは姉妹局FM COCOLOの新番組CIAO 765(月ー木、6時ー11時ちょっと前)に舞台を移して、これからも毎週実施していきますので、変わらぬご愛顧、よろしくお願いします。課題作の選定方法などやり方を変更するつもりですので、まずは初日の10月1日(火)、朝8時台にそのあたりをまとめてお話しますね。ということで、すみませんが、映画評は1週お休みいたします。

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