京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ヒキタさん! ご懐妊ですよ』短評

FM COCOLO CIAO 765 朝8時台半ばのCIAO CINEMA 10月15日放送分
映画『ヒキタさん! ご懐妊ですよ』短評のDJ'sカット版です。

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49歳の作家、ヒキタクニオは、一回り以上年下の妻、サチと二人暮らし。夫婦円満、仲睦まじいふたりは、子どもは作らずにやっていこうと決めていましたが、ふとした拍子に心変わりしたサチが「ヒキタさんの子どもが見たい」と打ち明けたことで、ふたりの妊活が始まります。ところが、ファーストステップであるタイミング法を取り入れてみるものの、1年経っても授かりません。それではと、ふたりはクリニックで検査を受けることに。すると、不妊の原因はサチではなくクニオにあるとわかります。そこからふたりのさらなる奮闘が始まるのですが…
作家ヒキタクニオが2012年に光文社新書で発表したエッセイ『「ヒキタさん! ご懐妊ですよ」ー男45歳・不妊治療はじめました』を、『ぱいかじ南海作戦』や『オケ老人!』で知られる細川徹監督が脚本も書いて映画化。主人公のヒキタを、これが実は映画初主演となる松重豊が演じる他、サチを北川景子、担当編集者を濱田岳、サチの父親を伊東四朗、夫婦の担当医を山中崇(たかし)がそれぞれ担当しています。プロデュースは、前田浩子。彼女は『スワロウテイル』でプロデューサーとしてデビューした人ですが、タランティーノの『キル・ビル』にも関わりつつ、『百万円と苦虫女』など、硬軟、そして洋邦問わず、映画的嗅覚に相当優れている方とお見受けしました。公式サイトでは、監督との対談も読めるので、ぜひ。
 
大作、話題作がたくさん劇場にかかる中、僕につきあって観に行ってくれた皆さん、ありがとうございます。調べて驚いたのが、たとえば梅田ではまったくかかってないし、僕の住んでいる京都市内でも中心部の劇場ではどこもやっていなかったんですよ。そんな中、僕は先週木曜の昼下がり、MOVIX尼崎でばっちり観てまいりました。それでは、4分弱でお送りする映画短評、今週もいってみよう!

僕は今40歳ということで、周囲の友達にも色んなケースが当然ながらあります。好むと好まざるとにかかわらず、シングルでいる人。結婚はしたけれど、子どもは作らない選択をしている人。妊娠を望んではいるものの、なかなか授からず、ヒキタ夫婦のように、妊活にいそしむ人。それから、若い時に子どもが生まれた人、アラフォーになってから授かった人、子だくさんの人などなど。僕の身の回りだけでも、千差万別ですよ。この作品は、そのどのケースの人にとっても満足度の高いものになっていると思います。晩婚化、少子化という社会問題にも直結するし、性や人生設計にまつわるナイーブなテーマでありながら、深刻になりすぎず、かといって軽んじることなく、ちょうどいい加減でヒキタ夫婦を笑いながら涙しながら応援できるような作りになっているんです。というわけで、脚本と監督、いずれもを手がけた細川徹さんの手腕の一端を見ていきたいんですが、その前に、一言だけ言わせてください。
 
役者が全員、うますぎる!
 
松重豊にしろ、北川景子にしろ、まちゃおに言われなくても、うまいのは知ってるって話でしょうが、本作での演技は出色です。なおかつ、ラーメン屋の兄ちゃんや、サチの両親、そして出版社のスタッフたち、看護師、そしてクリニックでふと出会うような、名前がはっきり出てこないような役にいたるまで、みんなそれぞれの人生を生きてるんだってことが伝わってくるんです。あの世界を、あの現実をそれぞれのやり方で生きてるってことがわかるんです。たとえば、濱田岳演じる担当編集者が自分の私生活を語る時のバツの悪そうな顔。そして、クリニックの受付でヒキタさんが握手をする看護師の手つき。こうした仕草や細かい顔の表情がどれひとつ取っても、そこにさり気なくも強烈な実在感を与えているんです。

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とまぁ、演技のことは枚挙にいとまがないんですが、それもこれも話運びと演出の巧みさがあってのこと。基本的には、作りはオーソドックスで、劇映画の基本である、繰り返しとそこで生じる差異・違いをベースにしています。ロボット掃除機、カレンダー、飼っているクラゲ、壁の張り紙、ヒキタさんが自分の体液を運搬する様子、クリニックの小窓に提出する様子、そしてジョギング。そして、サチの親との対話。編集者たちとの対話。いずれも何度も画面に出てくるんだけれども、似たようなシチュエーションでありながら、ひとつとして同じではない。その差異が伏線となり、その回収となって、彼らの人生における非日常的な日常生活を立体的に描写します。これを徹底してやっているんです。役者も役者で、似たような場面だからこそ、それぞれ異なったアプローチが求められるし、それに愚直に対応した結果、さっき触れたような一級の演技がスクリーンに焼き付いていると言えます。しかも、誰もクドクドと説明しないし、想像の余地を残しているからこそ、多くの観客に付け入る隙きを与えています。

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音楽も良かったです。大間々昴さんという88年生まれの新進の音楽家なんですが、バンドサウンドのサントラは英語詞の上質なインディー・ロックのテイストで、爽やかで切ないし、ホーンセクションのラテンのリズムもお手のもの。適切な距離感で物語を彩っていました。
 
考えてみれば、タイトルで究極のネタバレをしている本作ですが、この物語が描いているのは、子どもが生まれるか否かではないとも言えるんです。ふたりの人間としての成長であり、当たり前だけど、大人も成長するし、それが仕事にまつわるものには限らないってことですよ。そして、究極に一般的・普遍的なことを言えば、生きるって困難だらけだけど楽しいじゃんってこと。
 
スタジオの映画神社よ、ありがとうと心から感謝できる良作でございました。みんなして応援しようって言いたくなる一本を、ぜひあなたもお近くの、いや、遠くとも劇場で観てください。
 
 不妊治療そのものが、劇映画の題材となることはまだまだ少ないわけですが、特に男性のものとなると、輪をかけて僕の記憶にも引っかかりません。例外は、イタリア映画『モニカ・ベルッチの恋愛マニュアル』。ラジオDJの放送が各エピソードを紡いでいくオムニバス作品ですが、そこでやはりラジオDJとして実際に有名なファビオ・ヴォーロが、イタリアからわざわざバルセロナまで不妊治療を受けに行くというお話がありました。こちらもやはり、軽妙なタッチ。僕はローマの映画館で鑑賞したんですが、劇場では観客がどっかんどっかん笑っていたことを覚えています。全体としてもとても面白いので、比較してみると良いかもしれません。それにしても、イタリアと日本は色んな社会問題を共有する相似形の国だと前から思っていたけれど、人口のせいなのか何なのか、必ずと言っていいほど、その問題を先んじてイタリアが経験するんです。この映画は2007年ですからね。その意味でも、イタリア映画の鑑賞は、僕たちの社会の行く末を垣間見るようで面白いですよ。

モニカ・ベルッチの恋愛マニュアル [DVD]

さ〜て、次回、2019年10月22日(火)に扱う映画は、スタジオの映画おみくじを引いた結果、『ジョーカー』となりました。やったやった! 当たりました。でも、これはこれで観るにはいいけど、評するのは大変そうだ。ま、あなたも鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。