京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ジョーカー』短評

FM COCOLO CIAO 765 朝8時台半ばのCIAO CINEMA 10月22日放送分
映画『ジョーカー』短評のDJ'sカット版です。

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1981年のゴッサムシティ。アーサー・フレックは、場末のアパートで病気がちの母と二人暮らし。コメディアンを目指しながら、派遣のピエロとして働くことで、糊口をしのいでいます。緊迫した状況になると笑いだしてしまうなど、精神的な持病を抱えていることもあり、市の福祉サービスから支給される薬で症状を抑えてはいたものの、それも市の方針転換により打ち切りとなります。街へ出れば、いわれなき暴力や偏見にさらされる中、ある日、ピエロの同僚から、護身用にと拳銃を受け取るのですが…

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DCコミックスのご存知「バットマン」シリーズに登場するヴィラン=悪役のジョーカー。彼がいかにして生まれたのかを描く前日譚です。がしかし、それはあくまで形式的なことというべきで、鑑賞にあたって特に予備知識の必要を感じないほど、ほぼ独立した物語となっています。アーサー=ジョーカーを演じるのは、ホアキン・フェニックス。そのアーサーが憧れるテレビの人気トーク番組「マレー・フランクリン・ショー」の司会者マレー・フランクリンをロバート・デ・ニーロが担当しています。監督・脚本は、「ハングオーバー」シリーズで知られる、現在48歳のトッド・フィリップス。さらに、ブラッドリー・クーパーが監督と一緒に製作に名を連ねています。
 
先月7日まで開催されていたヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞に輝きました。日本でも公開から2週連続で観客動員数1位を記録していますが、これだけの話題作ということで、僕は先週映画おみくじを引く前に、地元MOVIX京都で観ていました。それでは、映画短評、今週もいってみよう!

この企画を耳にした時に、人気も評価もマーベルの後塵を拝しているDCの起爆剤となれば面白いことになりそうだと思う反面、監督がコメディー畑のトッド・フィリップスなのはなぜなんだろうか、そしてなぜ今ジョーカーなのか、すんなりとはわからずにいました。ところが、鑑賞後、いや、鑑賞中から膝を打つことしきりでした。打ちすぎて、膝がほんのり赤くなったくらいです。まず、トッド・フィリップスのように振り切れたコメディーを手がけられる人は、現実の社会の歪み、そして笑える話の向こうにある悲劇にも敏感であるということ。劇中でチャップリンが何度か引用されていましたが、彼も悲劇と喜劇、そして社会批評を同時に扱えた才人でした。そして、なぜ今ジョーカーかってことですが、このジョーカー誕生の物語がとても今日的だってことです。考えるまでもなく、今のアメリカは国境に壁を作り、国内にも見えない壁をいくつも作って社会の分断が進行しています。日本も社会の格差はずんずん進行中。南に目をやれば、香港では民主化運動が収束の気配を見せないでいます。僕たちは80年代の架空の都市ゴッサムシティで起こるできごとを観るんですが、そこには僕たちが生きる現在が透けて見えるんです。

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僕の嫌いな言葉に自己責任ってのがあります。この映画を観て、アーサーに「自己責任だよ」と吐き捨てることができる人がいるでしょうか。確かに、暴力はいけないことですよ。彼の取る行動の多くは、褒められたものではないです。でも、彼にかけられた優しい言葉は数えるほどしかなく、差し伸べられたのは救いの手ではなく、拳銃でした。これでもかと彼という存在を絡め取っていく理不尽な出来事と状況を前にして、僕たちには笑うことも糾弾することもできないのではないでしょうか。自己責任と人が口にする時、そこに巣食う価値観は無関心です。アーサーは社会の誰からも関心を持たれない中、人々に笑いを提供しようとして涙を流します。

イコライザー (字幕版) 

僕は思いましたよ。ここにデンゼル・ワシントン演じるイコライザーがいればなぁって(笑)
アーサーを気にかけてくれる圧倒的な力と優しさを持つ人がいればなぁって。でも、いるのは、彼をあざ笑い、無下にする人ばかりです。光と闇が強烈に明滅する深夜の地下鉄。ドラマが悲劇へとアクセルを踏み込むできごとが起こるんですが、あの照明はまさに彼の心の揺れを代弁していました。
 
それで言えば、あの急すぎる階段もすごかった。社会の理不尽な厳しさと、そこで生きる辛さ、一歩間違えばたやすく転げ落ちる恐怖を映像で端的に示していました。同様に、坂道の見せ方もうまかったです。さらには、精神的な持病を抱えるアーサーの幻覚を編集でうまく表現していましたね。ハッとギョッとさせられたし、あれほどの絶望はここしばらく味わったことのないってレベルでした。

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でも、それもこれも、もちろん、ホアキン・フェニックスの怪演があってのこと。あの痩せこけた身体。ピエロのメイクをしてもよくわかる悲しみ。不気味さの向こうにある優しさ。相反するものを常に同居させていました。
 
ただ、僕が真に恐ろしかったのは、アーサー個人の物語が一気に社会的なものへと変貌していく後半です。偽善的なメディアがアーサーをさらに追い込むのと同時に、民衆の怒りと鬱憤が一気に沸点へ。あの爆発的な負のエネルギーの中にあっては、スーパーヴィランたるジョーカーですら簡単に身を隠せるのだという現実でした。

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それにしても、『タクシードライバー』や『キング・オブ・コメディ』のデニーロをキャスティングしたのは、映画史的に考えてみても深みがあって見事だったし、チャップリンの特に『モダン・タイムズ』を引用してみせたのは、あれから80年経った今も、個人の尊厳が社会によって奪われるというテーマが有効であるということを僕たちに実感させてくれました。
 
アーサーがピエロ派遣会社を去る時、出入り口に掲げられた「Don’t forget to smile」という札のforget toをマジックで塗りつぶし、「Don’t smile」としてしまったあの絵が、僕の脳裏に焼き付いて離れません。恐ろしい作品が世に出てしまったとも言えるし、出るべくして出たとも言える大傑作でした。

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でも、今話してきたような僕の優等生的な解釈も成り立つのと同時に、トッド・フィリップスの演出が見事なのは、起こった出来事のどこまでが事実で、どこからがアーサーの幻想なのかが逐一ぼかされていることです。だからこそ、みんな眠れなくなるんですよ。わからなくて、考えちゃうから。ってな僕らのもやもや自体をジョーカーがどこかからあざ笑っているようでもあり、トータルとして、やはり徹底してジョーカー映画だってことも言えるのがすごい。サントラにもあったチャップリンのスマイルを、今日は小野リサのカバーでお送りします。
 さっき、僕はイコライザーがいればなぁって言いましたけど、悪人を成敗するイコライザーや、それこそバットマンと、アーサーの取る行動は何が違うんですかっていう見方もできちゃうほど、両義的でもあります。いやはや、とんでもないよ!


さ〜て、次回、2019年10月29日(火)に扱う映画は、スタジオの映画おみくじを引いた結果、『イエスタデイ』となりましたよ! 今月からおみくじスタイルになったことで、毎度お賽銭をマジで300円取られるのは辛いところですが、その分、観たいものが当たるとテンションが急上昇するという利点があることを発見しました。むふふ。やったぜ。まぁ、ジョン・ウィックも観たかったんですが、これはプライベートにとどめるしかなさそう。ともかく、あなたも鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。