京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ジェミニマン』短評

FM COCOLO CIAO 765 朝8時台半ばのCIAO CINEMA 11月5日放送分
映画『ジェミニマン』短評のDJ'sカット版です。

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史上最強と自他ともに認めるスナイパーのヘンリー。彼はアメリカ政府の依頼に基づき、世界の安定のためにと「必殺仕事人」的に暗殺を続けてきたのですが、50代に入って少し衰えを感じるとともに、良心の呵責にもさいなまれ、そろそろ引退しようと考えていました。これが最後かなと取り組んでいたミッションを終えて一息ついたところで、ヘンリーは何者かに襲撃されます。その若者は神出鬼没にして、とても手強いのですが、どうやら自分の動きをすべて把握している様子。それもそのはず、その男ジュニアは、かつて秘密裏に作られていたヘンリーのクローンだったのです。巨大な陰謀の渦の中で、果たしてヘンリーは生き残れるのか。
 
97年に発案されたものの、当時は技術的に困難だとしてお蔵入りしていたこの企画。20年の時を経て、いよいよ形になりました。メガホンを取ったのは、『ブロークバック・マウンテン』と『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』でアカデミー監督賞を2度も獲得している、台湾出身のアン・リー。50歳のヘンリーと23歳のジュニアを、一人二役で演じてみせたのは、ウィル・スミスです。ま、ひとり二役というと語弊があって、ウィル・スミスの動きや表情をCGで再現してあるんですが。

ブロークバック・マウンテン (字幕版) ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日 (字幕版) 

先週この『ジェミニマン』がおみくじで当たってから、eigadaysさんから、観るなら3Dのハイフレームレート方式をオススメいただいていました。一般的な映画は毎秒24コマで撮影されるんですが、これは毎秒120フレームでの撮影なんで、存分に楽しむには、その上映方式が良いと。関西だと、それを完璧な形で余すことなく観せてくれる劇場は、梅田ブルク7のみ。120まではいかなくとも、毎秒60フレーム版の上映ならあちこちであるっちゃあるんですが、上映回数に限りがある中、僕はスケジュールの都合上、不甲斐なくも、ごくごく普通の2Dで先週木曜夜観てしまいました。なので、その技術的すごさは体感しきれていないのが残念なんですが、映画短評、今週もいってみよう!
ファーストカットがいきなり僕の気に入りました。あれはベルギーのリエージュかな。高速鉄道の駅、真っ白な金属製の屋根が湾曲しながら無数に入り組んで、プラットフォームをすっぽり覆っている。その様子を、屋根だけを目いっぱいにカメラは捉え、その白い屋根の網目にまた白い文字でシンプルに「ジェミニマン」というタイトル。クールな見せ方ですよ! この世界には数え切れない思惑があって、そこに主人公が絡められていくことを予感させる。さすがはアン・リー! 待ってました! 
 
その直後、時速300キロ近い高速列車に乗っているターゲットを、数キロ離れた小高い丘からヘンリーが銃で狙う。さらに、今度はヘンリーが何者かに狙われる一連の水辺のシーンでも、僕はかなりワクワクしていました。ウィル・スミスには本当は笑っていてほしいんだよなとか、どうも話の細部で気になるなとかあったけれど、アクションの見せ方の段取りがシャープなんで、とりあえずスルーできるんです。

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で、僕の興奮が最高潮に達するのが、007やミッション・インポッシブルよろしく大胆に場所を移動してのコロンビア、カルタヘナでのバイクチェイスです。あそこで初めて、ヘンリーはジュニアという、若い頃の自分にそっくりな男と相まみえるんだけど、その鏡合わせのシチュエーションに実際に鏡を持ち込む演出でわかりやすくもゾクゾクさせます。そっから、やばい、こりゃヤられるぞってことで建物から外へ出つつ、よりによって警察のオフロードバイクを引ったくってのチェイス。旧市街から新しい街へ移動するのもモチーフに合ってるし、ここがもう最高です。どうやって撮影したんですかって臨場感と、バイクをカンフーのように使ってみせる新鮮なアイデア、しかも、相手は若い頃の自分でCGでこしらえてある。すごい! 2Dで観ざるをえなかった僕ですらシャッポを脱いだくらいなんで、3D + 120ハイフレームレートなら、そりゃもうっていうことですよ。要は、すべての映像が隅から隅まで鮮明で、下手すりゃ現実の僕らの知覚を上回るんじゃないかってな情報量を浴びるスリルときたら。かえすがえすも、体験できていないのが歯がゆいところですが、それでも、つまり普通の映画としてみても、ここには度肝を抜かれました。

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で、そこがクライマックスでしたかね、正直… というのも、今言ったような技術的なハイレベルさや演出の細かい新鮮な工夫の数々が、映画全体のテンポ、話運び、そしてほころびいっぱいの物語と、どうもうまく噛み合ってないんですよ。だいたい、クローンってそりゃDNAはまったく一緒なんだろうけど、育った環境が違うわけだし、年齢も経験も違うってのに、あんな鏡合わせに同じことを考えて同じように行動するものですかって言ったら、そりゃ素人の僕でも違うだろって思ってしまいます。人間って、後天的な要素も大きいはずでしょうから。あと、大義を信じていたとはいえ組織のコマとして動いて人を殺め続けたヘンリーの苦悩と、殺人マシンとして企業に育て上げられたジュニアが、それぞれに覚醒して人生の新たなステージへ入っていくというテーマが後半になって前に出てくると、途端にあの政府の陰謀の話がふにゃふにゃしちゃうというか、主人公たち以外の人間関係がしっかり見えないんで、よくわからなくなってきて、すごく小さな話にも見えてきちゃうという大問題が露呈しました。悪役の言っている「感情のない兵士」がいたほうがいたほうが良かろうって話はテーマとしては面白いんだけど、はっきり言って今の戦場ではドローンとか遠隔操作での爆撃なんかが当たり前になっちゃってるわけで、もちろんPTSDの問題はあるにはあるんだけど、議論の前提がそれこそ20年前からあまり進んでなくてもったいないです。

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それでも、僕は見終わった直後は急いでパンフを買いに行くくらいテンションが上ったんですけど、冷静になって思い返すほどに、技術ばかりを褒めるにいたってしまうのが残念ではありました。とはいえ、もし観られるものなら、映画史に残る果敢なチャレンジを劇場で、しかも極力環境の整った劇場で味わうべき1本であることには変わりありません。
移動手段を都合よくいつも調達してくれるアジア系の調子いい男バロンが、どこからか空飛ぶ応接室ガルフストリームをかっぱらってきて、操縦しながら歌う1曲、Ray CharlesのI Got A Womanを放送ではお送りしました。
 
それにしても、タイトルの『ジェミニマン』ってどうにかならなかったんですかね? だって、このヒーロー映画全盛のご時世ですから、アメコミか戦隊ものかって思っちゃうじゃないですか。英語での響きはわかんないけど、少なくとも日本語で考えると、正直ちとダサいと思うんだよなぁ……


さ〜て、次回、2019年11月12日(火)に扱う映画は、スタジオの映画おみくじを引いた結果、『マチネの終わりに』となりました。日本映画の海外ロケって、微妙な結果を招くことが多いような気がしますが、これはどうでしょうね。原作の平野啓一郎は好きな僕ですが、この作品は未読。はてさて。あなたも鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。