京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『グレタ GRETA』短評

FM COCOLO CIAO 765 朝8時台半ばのCIAO CINEMA 11月19日放送分
映画『グレタ GRETA』短評のDJ'sカット版です。

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ニューヨークの高級レストランでウェイトレスとして働くフランシス。彼女は1年前に母を亡くしたばかりで、まだその悲しみを乗り越えられないまま。ふるさとを離れて、親友のエリカとルームシェアをしています。ある日、彼女は仕事帰りに乗った地下鉄の車内で、誰かが忘れたバッグを見つけます。中身を検めると、持ち主はグレタという女性。家まで届けてあげると、グレタが孤独な未亡人であるとわかり、ふたりは互いの心の隙間を埋めるように、年の離れた友情を育むことになるのですが、フランシスがグレタの家である物を発見したことから、その関係は歪で危険なものへと様変わりしていきます。

マイケル・コリンズ (字幕版) インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア (字幕版) 

監督と脚本は、96年の『マイケル・コリンズ』がヴェネツィア映画祭で金獅子賞、翌97年の『ブッチャー・ボーイ』ではベルリンの銀熊賞を獲得しているニール・ジョーダン。日本では94年の『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』が一番知られていますかね。トム・クルーズブラッド・ピットの共演でした。
 
今作の共演も、最高です。イザベル・ユペールがグレタ、そしてクロエ・グレース・モレッツがフランシスを演じています。ユペールが66歳で、モレッツは22歳。いずれも、キャラクターと同じくらいの年齢で、それぞれ、のびのび魅力を振りまいています。そして、『イット・フォローズ』のマイカ・モンローが親友のエリカ役に起用されています。
 
これは日本では公開規模が比較的小さくて、大阪はステーションシティシネマだけなんですよね。もっと広がってもいいんじゃないかなぁ。僕は先週金曜の昼間の回に行ってきましたよ。久々のスリラーをどう観たのか。それでは、映画短評、今週もいってみよう!

もう怖いの嫌! 観る前はそう思って、南森町映画神社を呪いそうになっていましたが、上映が始まると、むしろ嬉々として喜んでいる僕がいました。すっかり夢中になりました。正直に言って、お話そのものに格別目新しさがあるわけではないのですが、ジャンル映画ならではの愛おしさと、丁寧に作り込まれている部分、女優の魅力の引き出し方、映画史への目配せ、この映画なりのメッセージ… そういったひとつひとつの評価ポイントを加算していくと、今思い出してもやはりこれは好きだなぁと感じられるんです。
 
ジャンルとしてはサイコ・スリラーということになりますが、まず小道具がチャーミングで品があるんですね。人を釣る餌とも言える忘れ物が、まずグレタ、というか、イザベル・ユペールに似合うハンドバッグ。家のピアノや家族写真。聴くピアノ曲。焼くクッキー。ファッション。どれを取っても、しっくりハマる。ジョーダン監督が配置するそのひとつひとつの道具立てや導くキャラクターの所作が、そもそも絶妙なキャスティングの魅力をきっちり引き立てています。これは3人の女の話ですよね。フランシスはまだあどけなさをたたえ、母親の不在がそのまま心の欠落を生んでいる。生真面目でわりと地味。唯一の趣味は読書でしょうか。一方、エリカは自由奔放で快活、ヨガに興じながら、露出度の高い服で健康的な色気を振りまき、ちょいと軽いなって感じで夜遊びもお盛んな様子。なんなら、言葉も軽いし、サイコ・スリラーというこのジャンルのセオリーでいけば、こりゃ痛い目にあうぞってフラグが立っていて、案の定、なんですがという… これ以上はここでは言いませんが。

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そしてグレタですが、彼女はジョーカーを思わせるところがありませんか。映画はフランシスの側からの恐怖ばかりが描かれるわけだけれど、見方を変えればというところ。彼女に何があったのかは描かれていないわけで。なぜ僕がそう思ったのかってことですけど、グレタは前半と後半で、つまり僕らが知識を持つとまったく違う人間に見えるわけです。あのスマイル。あの笑み。これは映画の醍醐味ですよ。そして、ジョーカーのようにも見えた最大の理由は、彼女がダンスする周辺ですね。ブラック・ユーモアにすら見えてしまう。ピエロっぽいというか。ユーモアと恐怖の間に張られたロープの上を、グレタも監督も歩いてる。

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映像面の演出でその綱から軽やかにジャンプしてみせたのは、フランシスの見る悪夢の描写。よく夢だか現実だかわからないって言いますけど、あそこはかなり新鮮な編集テクニックで見事に僕らを混乱させてくれました。そこでの小道具は、ミルク。思い出すのは、サスペンスの神様ヒッチコックの『断崖』です。僕らはそのミルクがどういうものかを知っているから、怖い。そこに、あの電子レンジを組み合わせてくるのも面白い。チン! 

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で、最後に映画のメッセージの部分ですが、打ち出すというより醸すというレベルだと思ってください。母や娘の面影を誰かに重ねすぎた結果、とんでもないことになっていく話であること、そしてトータルに見れば、家族・血縁以外の人間関係が実は人をしっかりつなぐのだということ、さらには男性がほぼ活躍できない話であることを踏まえると、女性のエンパワーメントと社会の連帯や友愛に希望を見出す、伝統という窮屈で古臭い箱に入っていては都会ぐらしなどろくなことはないという攻めた映画にも思えます。
 
いくらなんでも、手口が大胆すぎるとか、不確実性が大きすぎるとか、物語の粗もあるけれど、そんなの差し引いても余りある吸引力に、僕はすっかり吸い込まれた秀作でした。
歌手、女優として活躍したJulie Londonが62年に吹き込んだこんな歌が複数回使われていました。決して彼女の代表曲ではないところに、ジョーダン監督の粋を感じます。そして、この曲も、2回目に聞こえる頃には、なんだか意味合いが違って感じられるのがすばらしかったです。

さ〜て、次回、2019年11月26日(火)に扱う映画は、スタジオの映画おみくじを引いた結果、『ひとよ』となりました。出ました! 白石和彌監督! これまで短評してきた経緯もあるし、何より、僕が繰り返しお会いしてインタビューしている方。今作は僕はもう観ていますが、どうぞ劇場へ! すごいんだから。あなたも鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。