京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ラスト・クリスマス』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 12月24日放送分
映画『ラスト・クリスマス』短評のDJ'sカット版です。

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© Universal Pictures

ロンドンのファンシーな雑貨店で働く歌手志望の女の子ケイト。クリスマスを前に、妖精エルフのコスチュームに身をまとう彼女ですが、オーディションはうまくいかず、ヘマをやらかして居候先の友達の家から追い出されてしまいました。そんな中、ケイトのことを何かと気にかけてくれる青年トムが登場。彼はそそっかしいケイトの様々な問題点を見抜いて導いてくれ、しだいに彼女は心を寄せるようになるのですが、この時代に携帯を持たないトムとは会うのも一苦労。彼がボランティアをしているというホームレス支援の施設へ出入りするするようになり、ケイトはやがて世界の見方を変えていきます。

 
ワム!の大名曲『ラスト・クリスマス』を下敷きに組み上げたクリスマスのラブ・ストーリー。原案と脚本は、ジョージ・マイケルの友人でもあった女優のエマ・トンプソン。監督は、2016年版『ゴースト・バスターズ』のポール・フェイグ。ケイトを演じたのは、ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』のエミリア・クラーク。そして、トムを『クレイジー・リッチ!』のアジア系ヘンリー・ゴールディングが担当した他、脚本を手がけたエマ・トンプソンミシェル・ヨーなどが出演しています。

ゴーストバスターズ (字幕版) クレイジー・リッチ!(字幕版)

 さらに、映画マニアでワム!大好きのポニーキャニオン・プロモーター岩渕氏が教えてくれて知ったんですが、あるシーンでチラリとアンドリュー・リッジリーの姿も垣間見えます。憎いキャスティングですね。

 
日本では12月6日公開で、そろそろ上映回数が減ってきているようですが、僕がMOVIX京都で観た木曜午後の回はそこそこの入りでした。カップルも多かったかな。それでは、特にワム!にそこまで思い入れのない僕がどう観たのか、今週も映画短評いってみよう!

思ってたんと違う! 映画を観ていて、ちょいちょい聞かれる感想の第一声です。ポスターや予告から受ける印象と、実際に観てみての内容のギャップに面食らうという現象。この『ラスト・クリスマス』では、僕も後半にある秘密が明らかになってから、もうなんなら観ながらひとりつぶやいてしまいました。思ってたんと違う。これは否定的なニュアンスで発せられることが多いですが、今回は違う。思ってたんと違って、良い! となるんですよ。どういうことか。
 
だって、クリスマス映画でしょ? ワム!の音楽ものでしょ? となると、ジョージ・マイケルの音楽をバックに、ロンドンの洒落た町並みをバックに、とにかく甘い恋が展開するのだろうと。主人公のケイトはおてんば娘っぽいから、ドタバタのスクリューボール・コメディっぽくいろいろとやらかして、そこにトムという王子様が登場。当初こそ、反りが合わないものの、やがてはロマンティックにひっついていくんだろう。そして、メインの曲は『ラスト・クリスマス』で1年前の別れの歌だから、何かきっとほろ苦いできごとがあって、エンディングでは1年後の様子がエピローグとして描かれるのだろう… ってな具合に、安っぽい脚本家気取りで、お話の流れを予測しながら劇場へ出かけたわけです。いけませんねぇ。だから、実は先週この映画をおみくじで引き当てた際にも、タイミングこそ完璧なものの、結構酷評になったりしてって密かに考えておりました。
 
ところが、思ってたんと違ったわけですよ。どう違うのか。大きくふたつです。

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© Universal Pictures

まずひとつは、個人の小さなお話を描きながら、イギリス社会の、いや、ヨーロッパの、ひいてはグローバルな社会テーマを高い志で語るものだったということ。冒頭で描かれるように、ケイトたち家族というのは、旧ユーゴスラビアからの移民なんですね。この番組でも何度もニュースでお伝えしてきたように、UKは主に年長者がもうEUに見切りをつけよう、離脱しようという声を大にしてブレクジットを進めてきて、年明けにもそれが確定するという流れがあるわけです。これは世界中で起きている現象ですけど、何か自分たちの意に沿わないことがあると、その不満というのは、異邦人に理由が押し付けられ、あいつらさえいなければ問題ないんだと短絡的に排斥されてしまう。ケイトたちも肩身の狭い想いをしていて、それは特に彼女が反りの合わないお母さんが体現しているんですが、彼女自身も名前をイギリスっぽくケイトとしているけれど、本名のカタリアは表に極力出さないようにしていました。悪目立ちしたくない、溶け込みたいという意識の現れです。
 
そうした移民問題以外にも、ジョージ・マイケルが実際に行っていたホームレス支援のチャリティーのエピソードも重要なトピックになってきます。ギスギスしたり、わめいたり、無視したり、誰かに不寛容になるよりも、困っている人がいれば手を差し伸べて、やさしく接することで、社会はもっと、自分にとっても居心地の良いものになるんじゃないかという真っ当なメッセージがあるわけです。そのためには、まず自分が自分を愛すること。下を向くよりも上を向くこと。みんなが普通でフラットより、みんな特別なんだと考えるほうが、ずっと楽しい。そこで、名台詞ですよ。「”普通”なんて、人を傷つける愚かな言葉だ」。あの言葉が放たれた瞬間だけは、ケイトに嫉妬しましたよ。「ト、トム、僕にもそれ言うて!」って思いましたもん。さらに、青年トムは、とにかく上を見ろ、Look Upとさとします。実際、街を見渡すと、楽しいことはいっぱいあるんですよね。それに気づけと。

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© Universal Pictures

そして、もうひとつの思ってたんと違うのは、シンプルに歌の解釈です。まさかそんな風に『ラスト・クリスマス』が聞けるだなんて! それが物語になるだなんて! という目を見開いてしまう受け取り方をエマ・トンプソンはしていて、親交のあった生前のジョージ・マイケルにもこの物語の構想を話して承諾を得ていたのがすごいなと。人によってはね、このあたりは少々ファンタジックが行き過ぎてアクロバティックに思えるかもしれない筋立てと半笑いで受け取ることでしょう。あと、音楽映画だからもっと歌を大事にしてほしかったという声があるのもうなずけます。エミリア・クラークの歌は人を圧倒するものではないでしょう。でも、そこはジョージの歌があちこちで華を添えているわけですし、ケイトが今後歌を生業にする、つまり夢を叶えるというきれいなゴールよりも、僕は今回の流れの方がより現実的で良いと思うんです。クリスマスなんだもの。人にやさしく、歌をみんなで歌うのが良かろうと。

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© Universal Pictures
そして、エミリア・クラークがかわいすぎたので、今まで語ってきたことなど、どうでもいいくらいに、僕は彼女そのものに夢中になったことを最後に付け加えておきます。こうして、もう1枚、ただただ貼り付けたくて画像も貼り付けておきます。ともかく、思ってたんと違って、心に深く残るチャーミングな1本でした。
良い悪いは別にして、今後この曲を聴くたびに、ケイトとトムの物語を思い出すことになるだろうなって思います。それはそれで、悪くないぞ。


さ〜て、次回、2019年12月31日(火)、大晦日に扱う作品は、スタジオの映画神社でおみくじを引いた結果、『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』となりました。どうも、先週からくじ運を映画神社に使っている気がしてなりません。あるいは、僕のフォースが目覚めたか。2020年の夜明けを前に、エピソード9が当たりました。鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!