京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『テッド・バンディ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 1月7日放送分
映画『テッド・バンディ』短評のDJ'sカット版です。

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©2018 Wicked Nevada,LLC.
1969年、アメリカ、ワシントン州シアトルのバーで、容姿端麗な若者テッド・バンディと、大学の事務員として働く女性リズが知り合って恋に落ちます。リズはシングルマザーで赤ん坊を育てているのですが、テッドはそんなことはお構いなしにリズと娘のモリーに優しく接し、3人は家族同然の暮らしを始めます。ところが、ある日、信号無視をきっかけに警察から呼び止められた運転中のテッドは、後部座席の荷物が不審だとしてそのまま誘拐未遂の容疑で逮捕されます。新聞に大きく報じられたのですが、テッドはまったくの誤解で冤罪だとリズに話し、ふたりは共に戦おうとするのですが、テッドによるものとされる他の事件が次々と明るみに出てきます。
 
アメリカ犯罪史上、最も有名なシリアルキラーとして知られるテッド・バンディの伝記映画ということになるのですが、ちょっと変わった切り口で映像化してあります。監督は、ジョー・バリンジャー。Netflixが配信権を獲得したので、アメリカを始め、ほとんどの国では配信オンリーだったのですが、日本では劇場公開されました。
 
テッドを演じたのは、ザック・エフロン。恋人のリズ役として、フィル・コリンズの娘さんリリー・コリンズ、裁判長としてジョン・マルコヴィッチなど、が出演しています。
 
僕は先週放送中に宣言した通り、大晦日昼過ぎのTOHOシネマズなんば、満席の回に滑り込みました。2019年のシメに、殺人鬼。さぁ、僕がどう感じたのか、今年最初の映画短評いってみよう!
 
原題は、Extremely Wicked, Shockingly Evil and Vile。日本ではキャッチコピーとして使われています。「極めて邪悪、衝撃的に凶悪で卑劣」という言葉。これはテッド・バンディの目の前で、裁判長が実際に語ったものです。となると、映画もその表現通りと思うじゃないですか。だから、僕は先週おみくじが当たった時に、こりゃ参った、映画の神様は僕に大晦日に何を見せるつもりだとビビったわけです。実際、30人以上に彼は手をかけたわけですから、相当おぞましいことになるぞと。ところが、なんですよ。僕はものの見事にバリンジャー監督の手玉に取られた格好になりました。そこが、この映画のポイントにして、語りの妙に直結するんです。というのも、いくつかのカットのためにR-15に指定されてはいるものの、実はほぼ残酷な映像はないんですよ。
バリンジャー監督はこのテッド・バンディに相当ご執心のようで、Netflixオリジナルの全4話からなる「殺人鬼との対談:テッド・バンディの場合」というドキュメンタリーも撮っているんですよ。で、こちらの劇映画ではどうしたかというと、序盤なんかはまさかのラブ・ストーリーなんですね。連続殺人犯を愛してしまったリズを軸に、テッドがいかに魅力的な男なのかってところを見せます。これには面食らいました。だって、史実として、少なくとも彼が実在の人物で死刑を執行された男だということを観客は知っているわけですから、そのチャーミングさを見せられるとは思わないわけですよ。リズとテッドが娘のモリーと暮らしている冒頭の一連のシーンなんて、幸せそのものに感じられるようにしてある。その意味で、バリンジャー監督が極めて邪悪だって思いましたよ。あ、これは褒め言葉です。

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(c)2018 Wicked Nevada,LLC
テッド・バンディはIQが160だったと言われています。要するに極度に頭の切れる男だったらしいですが、この映画も周到に観客の情報量を操作しています。ミステリー用語で言うところの叙述トリック的というか、テッドへの観客の先入観を最大限に利用して、僕らをミスリードするんです。僕らが知ることができるのは、新聞やテレビが出す情報と、テッド本人の巧みな言い逃れだけなんですね。しかも、彼は極めて嘘がうまい、演技がうまい、それをまた演技のうまいザック・エフロンがなりきるものだから、ますますでして、これはもしかしたら冤罪の話かもしれないって思ってしまうんですよ。なんなら、中盤以降くらいまで、下手すりゃテッドに同情すらしてしまいかねない勢いです。人も信じられなくなるし、映画も信じられなくなる。人を信じたい気持ちと猜疑心との間で、僕らをぐらぐらにさせる。そんな術中にはめるテクニックは、考えたら最初からありました。リズが朝起きると、隣にいたテッドがいない。娘の姿もない。僕らも焦るわけです。カメラがキッチンへ移動すると、テッドはおいしそうな朝ごはんを作ってくれていて、娘もミルクを飲んでる。おはよう、なんて、最高の朝じゃないですか。ホッとする。でも、テッドの手には包丁が… 台所だから不思議じゃないんだけど、怖い。

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(c)2018 Wicked Nevada,LLC
中盤からはテッドの身柄が留置されるので法廷劇へと形を変えるんですが、ここでもクライマックス近くになるまで物証がほとんど出てこず、状況証拠ばかりが積み上がります。だから、僕らはテッドの話術に圧倒されるばかり。これは実際のことですが、裁判がテレビで生中継されると、全国から脳天気な女子大生なんかが「かっこいいわぁ」なんていって傍聴しに来てチヤホヤする始末。そして、もろもろあっての死刑判決… で、終わらないんですね。彼を信じたが故に、苦しみ続けたリズが、死刑囚であるテッドと久々に向かい合う場面の厳しさ、そこで初めて彼の口から、ではないんだけど、とある方法で明かされる事実の断片のキツさがまた結構ドラマティックで、語りの順序が卑劣です。褒めてます。
 
さらに僕がキツイなと思ったのは、死刑が執行されてのエピローグですけど、これも事実の通り、現場近くで一般人が集まっていて、歓喜の声を上げたというんですよ。合法的とはいえ国家による殺人が行われて、事実は色々藪の中だってのに、とりあえず復讐がなされたと喜ぶ人々がいる。これって、傍聴でキャッキャやってた女性たちと表裏一体だと思うんです。完全にテッド劇場の観客なんですよ。そして、もっと言えば、僕ら映画の観客もそこにひっくるめられている気がして、つまりはテッドの手玉に取られている。まったくもって後味が悪い。だから、考え込んじゃう。人を信じるってなんだろう。人を裁くってどういうことだろう。そんな映画を撮影したバリンジャー監督の卑劣なアッパレ具合に、僕はもう白旗を揚げてしまいました。
 
もう映画館で観られる日数も限られていますんで、未見の方は、ぜひ劇場へ急いでください。
既存の音楽の使い方も、選曲が鮮やかでした。皮肉が効いているものが多かったんですが、リズとテッドが出会ったバーのジュークボックスからは、こんな曲が… 時代背景もぴったりなんですけど、あまりにも切ない。あぁ、信じましたとも!っていうね…

さ〜て、次回、2020年1月14日(火)に扱う作品は、スタジオの映画神社でおみくじを引いた結果、『男はつらいよ お帰り寅さん』となりました。寅さんかぁ。正直なところ、何本かしか観ていないんですよ。大丈夫かな。でも、この区切りにしっかり勉強しておくのも良いのかなと、武者震いしております。鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!