京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『リチャード・ジュエル』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 2月4日放送分
映画『リチャード・ジュエル』短評のDJ'sカット版です。

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1996年、オリンピック開催中のアトランタ。音楽イベントの行われていた公園で、警備員のリチャード・ジュエルは不審なリュックサックを発見します。警察へ連絡をし、中身を確認してもらうと、それは時限パイプ爆弾でした。やがて爆発するのですが、訓練通りに事前に行動したジュエルのおかげもあり、被害は最小限にとどまったことで、彼は一夜にしてメディアから英雄視されます。ところが、FBIは第一発見者であるジュエルを容疑者として捜査を開始。メディアも手のひらを返しだしたため、彼はあれよあれよという間に度重なる人格攻撃を受けます。助けを求められた弁護士のワトソンとジュエルの母ボビは、息子の無実を訴えるのですが…

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© 2019 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
御年89歳の巨匠クリント・イーストウッドが実際のアトランタ爆破テロ事件を基にメガホンを取ったこの作品。脚本は、『ハンガー・ゲーム』や『ジェミニマン』のビリー・レイ。共同製作には、監督のほか、レオナルド・ディカプリオの名前もあります。主演は『アイ, トーニャ 史上最大のスキャンダル』のポール・ウォルター・ハウザー、母親のボビは今作でアカデミー賞助演女優賞にノミネートしている『ミザリー』のキャシー・ベイツ。弁護士のワトソンは『スリー・ビルボード』のサム・ロックウェルがそれぞれ演じています。
 
僕は先週木曜日にTOHOシネマズ梅田へ観に行ってきました。話題作が次々と公開される中で、1月17日公開の本作は上映回数がもう既に少なくなってきていましたが、平日昼間にも関わらず、結構入っている印象でした。それでは、今週の映画短評いってみよう!

80代に入ってからのイーストウッドは、特にここ5本ほど、実話ベースの映画ばかりです。前作『運び屋』もそうでしたよね。さらに、主人公の勇気ある行動が当初は讃えられ、やがて一転して疑惑の眼差しで見られるというのは『ハドソン川の奇跡』もそうでした。
 
SNSによって誰もが小さなメディアと化している一方で、互いが互いを監視し合うような格好になっているとも言われる昨今だけに、以前にも増してアクチュアルなテーマです。ステレオタイプやイメージを含めて、それがいかにメッキの施されたものであるか、脆いものかがいつしか露呈して、見方が変わっていく。登場人物たちがその渦中で何をどう見ているのか、そんなところにイーストウッドは関心があると考えられます。

ハドソン川の奇跡(字幕版)

たとえば『ハドソン川の奇跡』だったら、あれはパイロットの話でした。憧れられる職業だろうし、実際にその職業に就いている人が主人公だったんですけど、今回のジュエルさんは違います。人一倍正義感の強い男なんだけど、どうもちょいちょいそれが空回りしていて、憧れの法の執行者である警察やFBIになり損ねている末端の警備員なんですね。要は、憧れ倒しているが故にちと倒錯している部分もあって、その職業につけておらず、くすぶっている。
 
だからこそ、犯人が見つからないことに焦ったFBIにもばっちりつけこまれるわけです。なんで君は奴らに協力しちゃうんだっていう言動に僕らはもうハラハラしっぱなしです。その様子がコミカルですらあるんですよ。たとえば、弁護士のワトソンから「FBIが家宅捜索に来るから家の銃器は隠さずに素直に出しとけ」って言われて実際に出してきたあのおびただしい数ね。持ち過ぎだろうっていう。火薬は入っていないものの、手榴弾までコレクションしてんだもの。笑っちゃいます。お母さんも呆れ顔ですよ。それから、予告でも使われていた場面ですけど、録音機材を持ち込んだFBI相手に、言われるがままに「それ言っちゃダメだろ。不利だろ」って発言を半ば進んで口にしちゃったり。バカなのかって思っちゃいます。だから、つけこまれて罠にかけられるんだろうが! 僕らはハラハラを通り越して、ヤキモキする。

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ⓒ2019 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
あの一連のFBIの罠ってのは、実際のやり口だったそうで、本当に腹が立ちます。法治国家推定無罪の原則はないのか、と。それはFBIからリークを引き出した地元新聞を始めとするメディアも同じ。この映画で大事なのは、こうと決めてかかった時の人の眼の曇り方なんですよ。まだよく分からないグレーゾーンにいるはずの人を、白ではなく安易に黒に染め上げてしまう。キャシー・ベイツ演じる母親ボビの好きなテレビ司会者が、息子リチャードのことを決めつけて悪く言う場面なんていたたまれないですよ。僕が思い出したのは『ジョーカー』ですよ。あの主人公だって、あらゆる人からなめられちゃって、テレビ司会者に愚弄されるわけです。人を蔑む、小バカにする、愚弄するという下劣な行為がどれほどの不幸せを招くのか。最近はそういう映画が多いなぁ。

ジョーカー(字幕版) 

その意味で、この作品で議論を呼んでいるのは、あの野心たっぷりな地元女性記者の行動です。とくダネを獲るタメなら、色仕掛けだけでなく、弁護士への距離の詰め方ではくノ一かってくらいの大胆不敵なことをするんだけど、そこは事実というよりはフィクション・ファンタジー・推測のようでして、やはりどうも浮いちゃうなぁと思います。彼女もジュエルも既に亡くなっているだけに、名誉毀損だと思う人がいても仕方のないことかなと。

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© 2019 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
とまぁ、そんな、ありそうっちゃありそうだけど、イーストウッドにしてはやりすぎな展開も控えてはいるものの、淡々としている語り口にもしっかりカタルシスがあります。それは、ジュエルがバカにされているだけではなかったというか、俺にだって尊厳があるんだとばかりにきっちり反撃する場面です。それまで積み上げてきたハラハラが反転するあの堂々とした語り口にスカッとすること! 
 
自分の信じてきた価値に裏切られた男が、それでも自分のモットー・信条を盾に権威に立ち向かう様子は、一見の価値大アリです。この現代社会においてどうしたって曇ってしまいがちな眼をクリーニングして透明度を高めてくれる作品を、ぜひあなたも。
爆破テロ事件の起こる記念公園では、複数日にまたがって野外ライブが行われていて、まさにその瞬間には、ソウルバンドJack Mack and the Heart Attackのパフォーマンスの真っ最中で、ジュエルは何度かバックヤードへ行って、訓練で教えられた通り、PAやカメラスタッフに現場を放棄して逃げるよう諭します。そんなステージラインナップの中で、みんなが同じ(今見れば衝撃的にダサい)振り付けで踊っていたのがこの曲でした。


さ〜て、次回、2020年2月11日(火)に扱う作品は、スタジオの映画神社でおみくじを引いた結果、『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』となりました。『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』ではちとかわいそうな役回りになってしまったライアン・ジョンソン監督が満を持して手掛ける、アガサ・クリスティに捧げるミステリー。前評判は上々ですね。「007」最新作の前に、ダニエル・クレイグのひと味違った勇姿を楽しみましょう。鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!